溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

 守兄が、ゆっくりと近寄ってくる。
 私は視線を逸らせず、息をするのも忘れてその場に固まった。

「あのまま、父にがんじがらめにされていたら、星と向き合うことすらできなかった。
 もっと成長して、自由になって――
 星も大人になった頃に、正々堂々と迎えに行こうって……想いを伝えようって、ずっと思ってた」

 目の前に迫る顔。守兄が、そっと私の頬へ手を伸ばす。
 至近距離から見下ろされ、その瞳に吸い込まれるみたいに見返してしまう。

「君を忘れたことなんて、一度もなかった。
 アメリカにいる間も、ずっとずっと星のことを想ってた」

 苦しげに唇を噛み、視線を伏せる。

「こんなことになるなら、もっと早く言えばよかった」

 再び向けられた眼差しは、切なくて、どこか訴えるようで……胸が締めつけられる。

「星も、俺のこと好きでいてくれてるって、どこかで思い込んでた」

 ふっと自虐めいた笑みを浮かべる守兄。
 私は緊張から身じろぎもできず、口をわずかに動かすのが精一杯だった。

 ずっと片思いしていた相手。
 こんな完璧なスパダリに迫られて、平気でいられる女の子なんていない。

 守兄の手が頬を包み込む。
 そのぬくもりに反応するように、体が熱を帯びた。

「星、好きだよ」

 顔が、ゆっくり近づいてくる。

「……っだ」

 声にならない声が漏れる。

「もう!」

 不意に飛び込んできた声に、心臓が跳ねあがった。
 同時に、私たちは動きを止める。

「あのさ、僕がいること忘れてない?」

 この声は――太陽!
 振り返ると、あきれ顔の弟が仁王立ちしていた。

 一気に熱が冷める。
 そ、そういえば、太陽がいたんだった。
 いつから見られてたの? 恥ずかしすぎる!

 私が俯くと、守兄がさらりと言った。

「ごめん、ごめん。すっかり星に夢中になってた」

「なっ……」

 さらっと爆弾発言しないでよ。
 顔がふたたび熱くなる。

「そういう慌てた顔も、可愛いね」

 にこりと余裕の笑みを向けられ、鼓動の速度が増す。

 帰国してからの守兄は、確実に積極さが増している。
 心臓がもたないよ~。

 何事もなかったかのように、彼はさっと立ち上がった。

「じゃあ、そろそろ帰るよ。もう遅いしね」

 ウインクを残し、玄関へ向かう守兄。

「あ、そこまで送るよ」

 言ってから、しまったと思った。
 けれど、もう遅い。

 振り返った守兄が、嬉しそうに笑って頷いた。



 外に出ると、夜はすっかり更けていて、辺りは真っ暗だった。
 外灯の明かりが道路を淡く照らし、二つの影が長く伸びる。

 守兄が振り返る。
 光に照らされた横顔が浮かび上がり、それだけで胸が跳ねる。
 目が離せない。

 さっきの出来事を引きずっているせいかな……鼓動が落ち着かない。

 夜風がひゅうと吹き抜け、思わず肩をすくめる。

「大丈夫? もうここでいいから」

 やわらかな声。それだけで心臓がトクトク鳴る。
 絡まった視線を外すことができない。

「じゃあ、また」

 潤んだ瞳、熱を帯びた眼差し。
 どうして? どうしてそんな風に見つめるの。

 今さら、そんな目をされたって……。

「星」

「え?」

 不意に名前を呼ばれ、顔を上げた瞬間。
 ふわりと守兄の顔が近づき、

 唇が重なった。

 ほんの数秒。なのに、まるで時が止まったみたいだった。
 体は硬直し、動けない。

「ふざけるなあ……っ!!」

 夜の住宅街に、鋭い叫びが響き渡った。
 聞き慣れた声だ。

 意識が一気に引き戻される。
 振り返ると、街灯の下を誰かがこちらへ走ってくる。

 ――あきら。

 その勢いのまま、彼は拳を振り抜いた。

 鈍い音が響き、守兄がよろめく。

 あきらは肩で息を荒げながら、守兄を睨みつけていた。
 その顔、その目。見たことがない。

 怖い。
 いつもの優しいあきらじゃない。荒々しい気配が全身から立ちのぼっていた。

「てめえっ……なにした!」

 低く掠れた声が、空気を震わせる。
 守兄は一瞬だけ驚いたように目を瞬き、ふっと笑った。

「なにって、キス」

 余裕の笑みさえ浮かべながら。

 なんで。どうしてそんなに余裕なの?

「ちょ、ちょっと待って!」

 私は慌てて一歩踏み出し、ふたりのあいだに割って入ろうとした。