溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

 小森さんがこっぴどく叱られたあと、撮影は一時中断になった。
 俺はひとり廊下に出て、近くの椅子に腰を下ろす。

 心の底から、深いため息がこぼれた。

「あきら」

 スタジオから出てきた小森さんが、心配そうに歩み寄ってくる。

「どうしたの、調子悪い?」

 そう言いながら、隣へ腰掛けた。
 肩がかすかに触れ、俺はそっと距離を取った。

「……やっぱり、星ちゃんのこと?」

 はっと顔を上げる。
 目が合った瞬間、小森さんの瞳が鋭く細められた。

「前から言ってるけど。あの子、あきらにとってプラスになるのかな。
 逆にマイナスになってるんじゃない?」

「ちがう! そんなことない!」

 思わず声を荒げた。
 静かな廊下に、俺の声が響く。

 小森さんは目を丸くし、気まずそうに視線を逸らした。

「べ、別に今すぐ別れろなんて言ってない。
 あなたがどれだけ入れ込んでるか、知ってるし」

 そこで言葉を切る。
 重たい沈黙が落ちた。

 やがて、小森さんが静かに口を開く。

「でもね、見ていられないの。
 あの子のせいで、あなたが苦しんでるの」

 俯いていた俺は、顔を上げ呆然と見つめる。

「なに……言ってるんだよ」

 かすれた声が漏れる。
 小森さんは優しい目で微笑んだ。

「私はあなたの成功を祈ってる。全力で支えたいと思ってるわ。
 だから、あなたの邪魔になるものは排除しなきゃいけないの」

 そこで一拍、間を置き。

「星ちゃんはお荷物になるかもしれない」

 その一言に、頭の中が真っ白になる。

「小森さん!」

 カッとなり、全身が熱くなる。

 星のことを荷物だなんて、そんなふうに思ったこと、一度だってない。

 俺が睨みつけると、小森さんは悲しげに眉を寄せた。
 一瞬、胸がちくりと痛む。でも。

 次の瞬間、彼女は俺の手を強く握った。

「ごめんなさい! 本当は言いたくなかった。
 でも、見ていてわかるの。
 あきら、星ちゃんのことで集中できなくなってるでしょ?」

 耳が痛い。
 確かに思い当たることばかりだ。言い返せない。

 でも、それは星のせいじゃない。俺が弱いからだ。
 彼女を悪く言うなんて、絶対に許せない。

 小森さんが視線を伏せ、ぽつりとつぶやく。

「あの人、幼馴染の彼もいることだし。
 星ちゃんの幸せも、考えてあげたら?」

 幼馴染……本条守。
 あの男の顔が脳裏に浮かび、腹の底が熱くなる。

「どういうことだよ」

 声が震える。怒りを抑えきれない。

「星ちゃんだって大変でしょ? あきらと付き合うの。
 息苦しいんじゃないかしら。
 だから、あの幼馴染と――」

「そんなことない!
 俺たちのこと何も知らないくせに、わかったような口を聞くな!」

 叫んでいた。止められなかった。
 そのまま立ち上がる。

「あ……ごめんなさい」

 慌てて伸ばされた手を振り払うと、俺はスタジオへと歩き出した。

 わかってる。
 星にとって、俺と付き合うことがどれだけ大変か。

 普通の恋人みたいに、堂々とデートできない。
 外へ出るとき、俺は常に帽子とマスク。
 服装だって、彼女はわざと地味にしてくれてる。
 本当はおしゃれしたいだろうに、俺のために我慢してるんだ。

 会える時間だって限られてる。
 それでも星は、文句ひとつ言わずに笑ってくれる。

 ……愛しい。
 そんな君が、たまらなく愛しい。

 優しくて、まっすぐで、いつも一生懸命な君が大好きだ。

 俺は星と一緒にいたい。
 誰にも渡さない。

 あの男にだって、絶対に渡すもんか。