溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

 や、やっと解放された。

 胸を押さえ、ほうっと息を吐く。
 観覧車を降りるまで、あきらに抱きしめられ、守兄に腕を掴まれたまま、
 身動きが取れなかった。

 まだ感触が体中に残っている。
 あんなに長く抱きしめられたのは初めてで。

 思い出すだけで顔から火が出そう、そのうえ守兄のあの熱烈視線まで浴びて……。

 もう、嬉しいを通り越して緊張感しかない。
 まさに地獄絵図だった。

「姉ちゃん、僕眠い……」

 太陽が目を細め、私の服の裾を引っ張る。

「ごめんね、太陽。眠いの? じゃあもう帰ろうか」

 二人に目を向けると、
 あきらと守兄は、背中合わせのまま立っていた。

 互いに視線すら合わせようとしない。

「ねえ、二人とも」

「なに?」
「どうした?」

 二人は同時に私に笑いかけ、その直後、また睨み合う。
 本当に犬猿の仲だ。

「太陽が疲れちゃったから、今日はもうお開きにしよう」

 そう告げると、あきらが子どものように口を尖らせる。

「えー、つまんない」

「ふん、これだからお子ちゃまは」

 守兄は馬鹿にするように吐き捨てながら、私には柔らかな笑みを向けた。

「もちろんいいよ。俺も仕事の予定があるから、そろそろ切り上げようと思ってたところだ」

 その余裕ある態度に、あきらは驚いた顔で口をあんぐり。
 「しまった」とでも言いたげな表情を浮かべる。

「じゃあ帰ろう。あ、守兄はこのまま行ってくれていいよ。私たちは電車で帰るから」

 そう言った途端、守兄が近づいてきた。
 ぎゅっと手を握られ、熱い視線を浴びる。

「……星は優しいね。でも、送らせてくれ」

「ちょーっと待った!
 星は俺が送ってく。おまえは大事な仕事とやらに行け!」

 あきらが割り込んできて、二人の間に再び火花が散る。

 守兄が言い返そうとしたそのとき――

「そうだね。ここはあきらに送ってもらう。だから、守兄は仕事へ行って」

 私はにこりと微笑みながら言った。
 穏便に収めるには、二人を引き離すのが一番。

 それに、あきらとゆっくり話したい気持ちもあった。

 守兄が現れてからというもの、あきらはずっとピリピリしていた。そのせいでいろんな誤解も生まれているような気がする。
 ちゃんと向き合わなきゃって思ってた。

 その想いが伝わったのか、それとも空気を読んでくれたのか。
 守兄がふっと笑い、軽く頷いた。

「わかった。星を困らせたくはないからな。
 じゃあ、また連絡する」

 そう言って優しく微笑むと、守兄はあっさりと踵を返し、そのまま去っていく。
 やけにあっさりとした別れに、ちょっと拍子抜けする。
 さっきまであんなにギラギラしていたのに。

 ……あれ? なんだか寂しい。
 いや、違う。そんなことない。だって、あきらがいるんだから。

 私はあきらに向き直った。
 ムスッと頬を膨らませ、ご機嫌斜め。

 そっと近づいて、優しく声をかける。

「あきら、帰ろう」

 ちらりと視線を向け、あきらは照れ臭そうに頷いた。

「おう……」

 こうして、目まぐるしい一日がようやく終わった。



 遊園地をあとにした私たちは電車に揺られ、やがて地元の駅に降り立った。

 本当なら、あきらの家からはだいぶ離れている。
 けれど彼は、どうやら私を家まで送るつもりらしい。

 ほんと、優しいよね。

 三人で並んで改札を出たとき、太陽がふいに声をあげた。

「僕、ちょっと用事あるから。二人は先に行っといて」

 にこりと笑ったかと思うと、あきらに向かってウインクまでする。

「ちょ、太陽!」

 私の声なんて完全に無視して、弟はそのまま駆け出した。
 遠ざかる背中を見つめながら、あきらがぽつりとつぶやく。

「あいつ……いいとこあんじゃん」

 へへっと笑うその顔は、なんだか嬉しそう。

「え、どういうこと?」

「ん? あいつも男だってこと。さっすが星の弟だよな」

 ご機嫌になったあきらが、私の肩を抱き寄せる。

「あ、あきら……」

 上目づかいで見上げると、彼は少し頬を赤らめて囁く。

「やっと、ふたりきりになれたな」

 至近距離からの愛しい人の声。その視線は熱を帯びている。
 頬がじんわりと熱くなった。

 彼が私の手をそっと握り、そのまま歩き出す。

「さ、行こうぜ」

「う、うん」

 手を引かれるまま、私は彼についていった。