溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

 というわけで、私たちは観覧車に乗り込んだ。

 私の隣には守兄。向かいには、不機嫌オーラ全開のあきら。
 そしてその隣では、眼下を嬉しそうに眺める太陽。

 どうしてこんな座席順になったかというと。

 さっきまで揉めに揉めていた二人に、太陽が「じゃんけんで決めよう」と提案したのだ。
 年下にたしなめられ、渋々じゃんけんに応じた二人。
 その結果が、これ。

 太陽は最初から私の隣を譲ってくれた。
 あの二人と争う気なんて、初めからなかったんだろう。

「わあ、きれー。ね、姉ちゃん」

 太陽が無邪気に笑いかけてくる。

「え、ええ……そうね。よかった」

 けれど正直、景色どころじゃない。
 この狭い箱の中に漂う空気が重すぎて、綺麗なんて言える余裕はなかった。

 あきらと守兄は沈黙。けれどピリピリとした気配だけは充満している。
 そんな中でも太陽は、にこにこ鼻歌まで歌っていて。ほんと、マイペースで羨ましい。

 私は、また喧嘩が始まるんじゃないかと気が気じゃなかった。

「ね、星」

 ふいに名前を呼ばれ、顔を向けると、ぐいっと守兄の綺麗な顔が近づいてきた。

 ち、近い。

「思い出さない? 前もこうやって三人で遊んだな。楽しかったなあ」

 爽やかな笑顔と、熱い視線。
 頬が一気に熱くなる。しかも、至近距離すぎて照れる。
 そ、それに。

 おそるおそるあきらに視線を向けると、鬼のような形相で睨まれていた。

「おい、おまえ、星に近づきすぎなんだよ!」

 限界を迎えたように、あきらが叫ぶ。

「あー、余裕のない男って嫌だな。ね、星」

 挑発するように、守兄は私の手を握った。

「おい、こらっ!」

 あきらが立ち上がろうとした瞬間、ゴンドラがぐらりと揺れる。

「わあ、やめてよ!」

 太陽が声を上げた。

「あ、わりぃ」

 素直に座り直すあきら。その姿がちょっと可愛い。
 なんて見惚れていると――

「……星」

 頬に大きな手が触れた。優しく包み込まれ、守兄の方へ向かされる。
 至近距離の視線に息が詰まる。

「な、なに?」

 まん丸の目で見返すと、ふっと微笑まれた。

「かわいい……」

「なっ――」

「てめえ!」

 あきらが、もう我慢できないように私の腕をぐいっと掴んだ。
 そのまま引き寄せられ、私は彼の腕の中にすっぽり収まってしまう。

 体温、吐息、すべてに包まれ、鼓動が早鐘を打つ。

 しかしその瞬間、あきらの動きでゴンドラが大きく揺れた。

「もう! 揺らさないでよ!」

 太陽が怯えたように身体を縮める。

 そんな中、守兄はただ黙って、あきらを鋭く睨みつけていた。



 しばらく私はあきらの腕の中で、ゴンドラの揺れが収まるのを待った。

 やっと落ち着いてきたころ、守兄がぽつりと口にする。

「……お子様だな」

「あ?」

 今にも切れそうな顔で、あきらが睨み返す。
 せっかく収まりかけていた空気が、またピリピリと張りつめた。

 っていうか、それより。
 私、あきらに抱きしめられたままなんですけど!?

 心臓はバクバク、体は密着、吐息も近すぎる。
 ち、近い、近いよ~!

「なに? 星、照れてるの?」

 ニヤニヤ顔で覗き込んでくるあきら。

「え、だって……そりゃ、そうだよ」

 恥ずかしくて俯くと、彼は嬉しそうに笑った。

「何言ってんだよ。いつもはもっとすごいことしてるだろ?
 キスとか、それ以上とか……」

「えっ――!」

 顔が一気に熱くなる。
 火照る頬の熱を感じつつ視線を動かすと、目に映ったのは、鬼のような形相の守兄。

 さっきとは逆に、今度は彼が烈火のごとく睨みつけていた。

 二人の視線がぶつかり合い、激しい火花が散る。

「ちょっと、こんなとこでやめてよ」

 太陽の冷めた声で、我に返る。
 そ、そうだ。弟がいるんだった。忘れてた!

 弟の前でこんなこと、恥ずかしすぎる。

「そうだよ、もういいじゃない? 二人とも落ち着いて。
 こんな観覧車の中で何やってんのよ」

 私は必死であきらの腕から抜け出そうとした。

 けど。ん? 動けない?
 がっちりホールドされていた。

「あきら?」

 恐る恐る振り返ると、彼はにこりと笑って言った。

「もう離さない。いいじゃん、このままで」

「な、なに言ってんの! せ、狭いでしょ」

「ううん、全然。むしろ、この方が落ち着く」

 そう言って、さらに抱き寄せ、頬ずりまでしてくる。

「ちょ、ちょっと――」

 そのとき、別の手に腕をぐっと掴まれた。

 えっ?
 守兄だった。真剣な眼差しで、私の腕を握っている。

「ま、守兄……どうしたの?」

 目を瞬かせる私に、彼は淡々と告げた。

「彼が君を離さないのなら、俺もこの手を離さない」

「はい?」

 目が点になる。なにそれ、どういう理屈!?
 まさか、守兄まで張り合ってるの? そんな子どもじみたこと。
 でも、彼の手はびくともしない。

 あきらは不機嫌オーラを隠さず、守兄を睨み続けている。もちろん、私を抱きしめたまま。

 太陽はというと、ゆっくり首を振って、ふぅっとため息。
 完全にあきれ顔だ。

 ちょっと待って。もしかして、地上に着くまでこのまま!?

 いやーーー!


 重苦しい空気の中、私は冷や汗をかきつつ必死で打開策を探した。
 けれど何ひとつ思いつかず。

 結局、あきらの腕の中、守兄に腕を掴まれたまま。

 その緊張を抱えながら、私はただ観覧車が地上に降りるのを待つしかなかった。