溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

 遊園地当日の朝。

 太陽と一緒に出かける準備をしていると、チャイムが鳴った。
 玄関が開く音に続き、「お邪魔します」と声がする。

 この声は。

「やあ、おはよう。今日はいい天気でよかった」

 目の前に現れたのは守兄。

 って、勝手に入って来たの!?

 爽やかすぎる笑顔に、一瞬ときめいてしまい、突っ込みそびれた。

 はっとして自分を戒める。
 何やってんの、私。油断は禁物。
 だって、この前……。

 頬の感触を思い出し、慌てて首をぶんぶん振った。

 ダメ、ダメ。今は目の前のことに集中よ!
 準備に没頭しようとするけれど、どうしても視線が気になって仕方ない。

 だって、ずっと見られている気がして。

 そっと視線を向けると、目が合ってしまい、慌てて逸らした。
 小さな笑い声が聞こえる。は、恥ずかしい。

 落ち着かないまま支度を終えると、私たちは守兄に導かれ、外へ出た。



 道路脇には、高級そうな車が停まっている。
 私は車に詳しくないけれど、見ただけで「すごい」とわかるやつ。

「どうぞ」

 エスコートされ、車へ乗り込む。

 やっぱり、流されてる気がする。

 太陽と二人、後部座席に腰を下ろした。
 ふかふかのシートに体が沈み、ふわりといい香りが漂う。

「わあ、姉ちゃん。すっごいね、ふかふかだね! 格好いいなあ」

 太陽は目を輝かせて、きょろきょろと車内を観察している。

「お、落ち着きなさい。わかったから」

 こんな車、生まれて初めて。
 そりゃ驚くよね。私だって、びっくりしてる。

 運転席に乗り込む守兄をそっと見つめると、ふいにこちらを振り返った。
 目が合い、心臓が跳ねる。

 守兄は私と太陽に向かってにこりと微笑んだ。

「シートベルトしたね? じゃあ、行こうか」

 こうして私たちは、守兄の運転する車で、遊園地へ向かった。



 「いえーい! 遊園地だあ!」

 入場ゲートをくぐるや否や、太陽が子どものようにはしゃぎだした。
 スキップしたり、くるくる回ったり。まるで小さな子どもみたいに忙しい。

 ふふっ、あんなに楽しそうにしちゃって。連れてきてよかった。
 普段は大人ぶってるけど、やっぱりまだ子どもなんだよね。
 我慢ばかりさせてるからなあ。私も嬉しいや。

 太陽を眺めていたら、前をよく見ていなかったらしく、人とぶつかってしまった。

「きゃっ」

 よろけた体を、誰かの腕が支える。

「大丈夫?」

 顔を上げると、すぐ近くに守兄の顔。
 触れた部分が熱くなり、胸が高鳴る。

「う、うん……ありがとう」

 慌てて距離を取る。
 気持ちを紛らわせるように、わざと大きな声を出した。

「人、多いね!」

「そうだね、日曜だし。人気スポットだから。
 はぐれないように気をつけて」

 にこりと微笑まれ、頬が熱くなる。
 だめだ、完全に彼のペース。
 いかんいかん! しっかりしろ、私。

 ふとあたりを見渡せば、人、人、人。
 日曜の遊園地、恐るべし。
 人波に飲まれてしまいそう。

 そんなことを考えていると、手を握られた。

 ドキッ。
 振り返ると、守兄が私の手をしっかり握っていた。

「あ、あの、その……」

 戸惑うと、彼は照れくさそうにはにかむ。

「いいだろ? はぐれないようにさ」

 心臓が破裂しそうなほどうるさい。
 ど、どうしよう。

「なら、太陽と繋いでやれよ」

 突然、背後から声がした。

 ――この声。まさか。

 振り返った瞬間、背筋が凍る。

 パーカーにジーンズ。キャップを目深にかぶり、マスクをしている。
 その人物は、仁王立ちでこちらを睨んでいた。

「あ、あきら!? ど、どうしてここにっ」

 声が裏返る。
 ゆっくりと近づいてくるあきらから、不穏な空気が漂っていた。

「何だよ? 来られちゃマズいことでもあるのか?」

 低く言い放ち、視線を下げる。
 その先にあるのは、繋がれた手。

「っ……!」

 慌てて手を振りほどく。

「なんで、こいつと遊園地に来てんだよ」

 ジト目で睨まれ、言葉が出ない。

「うっ……そ、それは」

 私だって説明できない。成り行きなんだもん。どう答えれば。

 ふいに守兄が割り込んできた。

「俺が誘ったんだよ。星とデートしたくて」

「……なんだと?」

 あきらの声に、凍るような棘が宿る。

「ちょ、ちょっと守兄、そうじゃないでしょ!?
 これはね、太陽のためなの!」

 私はあきらに向き直った。

「太陽の?」

 あきらは意外そうに目を見開く。

 ほっ、よかった。怒りが少し和らいだ。

「そうなの。太陽が遊園地に行きたがって。
 本条さんが幼馴染のよしみで連れて行ってくれることになったの。ね、太陽!」

 助けを求めるように弟に視線を送る。

「うん、そうだよ。僕が行きたいって言ったんだ」

 にこにこ顔の太陽。さすが察しがいい。

「ふーん……」

 あきらが仏頂面のまま、小さく頷いた。