溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

「いただきまーす」

 にこにこ笑う太陽。その隣には、守兄。

 小さなちゃぶ台を囲んで、三人で向かい合っていた。


 あのあと、守兄は私の家にやってきた。
 太陽は大喜びで、二人はすぐに打ち解けて楽しそうに話している。

 ほほえましい光景のはず、なんだけど。

 なんか、複雑。

 さっきのあきらとのこともあるし。
 どうしてこうなっちゃったんだろう。

「おいしい! 星、料理上手だねえ」

 豆腐とわかめの味噌汁をすすりながら、守兄が幸せそうに笑う。

 その言葉に、太陽がすかさず乗ってきた。

「姉ちゃん、家事だけはできるからなあ。
 ま、貧乏だから節約のために仕方なく身についたって感じだね。これぞ生きる知恵」

「なに、偉そうなこと言ってんの! 少しは感謝しなさいよ」

 睨むと、太陽はへへっと悪戯っぽく笑った。

 ほんと、しょうがないんだから。

「ははっ、仲いいね。昔と変わらない」

 守兄が目を細めて、私たちを見つめる。
 その一言で、懐かしい記憶がよみがえった。

 あの頃、私は守兄に夢中で……他の男の子なんて眼中になかった。

 って、何考えてんの。
 食事に集中しなきゃ。

 自分で作った卵焼きを口に放り込む。

 うん、我ながら美味しい。


 そうやって食事を楽しんでいると、不意に視線を感じた。
 顔を上げると、守兄がじっと私を見ている。

「な、なに?」

 そんなに見られると、ドキドキして箸がうまく動かない。

「ううん、星は相変わらず可愛いなあと思ってさ」

 照れくさそうに笑う守兄。
 心臓が大きく跳ねる。

 な、なんでそういうことを、さらっと言うかな。

 昔から「可愛い」って言ってくれたけど、それは子ども扱いの延長で……。

 でも今は違う。
 彼の気持ちを知ってしまった今は、どうしてもその意味を考えてしまう。

 ああ、ダメダメ。考えない!

 慌てて食事に集中し直す。視線をテーブルの上へ落とした。

 ご飯に、味噌汁に、卵焼き。夕食はそれだけ。
 育ち盛りの太陽には、せめてウインナーをプラスしたけど。

 やっぱり質素だよねえ。

 弟はともかく、せっかく守兄が来てくれたのに。
 こんな食事でがっかりしたかな。

 だって、彼は見るからにお金を持っていそうだし。
 きっと普段は、もっといいものを食べてるに決まってる。

 ちらりと、守兄を見つめた。

 守兄は箸を止めることなく、もくもくと食事を続けている。
 「おいしい」「本当においしい」と繰り返しながら、嬉しそうに笑って。

 ……気を遣ってくれてるのかな。

「守兄、ごめんね。こんな食事しかなくて。
 事前に来るってわかってたら、もうちょっと豪華にしたんだけど」

 申し訳なくてうつむくと、守兄がくすっと笑った。

「星は優しいなあ。そんなの全然いいんだよ。
 こうして二人と一緒に食事ができて、しかも星の手料理が食べられるなんて。
 こんな幸せなことはないよ」

 ふわりと、優しい笑み。

 胸がじーんと熱くなり、ときめきで鼓動が早まる。

 やっぱり守兄は優しい。そして昔から変わらない。

 困っているときはすぐに助けてくれて、そっと手を差し伸べてくれる。
 いつも側で見守ってくれた。
 私にとって、ヒーローみたいな存在。

 私の、大好きな人。

「やっぱり守兄と一緒だと楽しいね、お姉ちゃん」

 太陽が無邪気に笑いかける。

「う、うん。そうだね」

 反射的に頷くと、守兄が嬉しそうに声をあげた。

「本当? 嬉しいな。
 そうだ、太陽。今度どこか連れてってやろうか?」

 太陽の瞳がぱっと輝く。

「え! いいの?」

「ああ、どこでもいいぞ。行きたいところ言ってみな」

 太陽はそわそわしながら俯き、しばらく考え込んでいた。
 やがて、顔を上げる。

「じゃあ、遊園地!」

「へえ、遊園地か。俺もずっと行ってないな。
 っていうか、太陽はまだまだお子ちゃまだな」

 守兄が太陽の頭をくしゃっと撫でる。
 太陽は照れたように頬を膨らませた。

「なんだよ、どこでもって言ったじゃん。
 ……だって、うち貧乏だから。そういうとこ行けないし」

 一瞬、弟の瞳に影が差し、ズキンと胸が痛んだ。

 そうだよね。太陽にはいつも我慢ばかりさせてきた。
 遊び盛りなのに、いろんな場所に連れて行ってあげられてない。

 心の奥で、そっとため息をつく。

 三人の間に、重たい沈黙が落ちる。

 その空気を振り払うように、守兄が明るく声をあげた。

「よし、決まりだ。今度の休み、三人で遊園地に行こう。
 いいだろ? 星」

 ウインクが飛んできて、心臓が跳ねる。

「え……まあ、別にいいけど」

 こくりと頷いた瞬間、太陽がぴょんと跳ねた。

「やった!」

 満面の笑顔。
 弟のこんな顔を見たら、断れるはずないじゃない。

 まあ、守兄と二人きりじゃないんだから。これはデートじゃない。
 あきらだって、きっと許してくれるよね?


 夕食を食べ終えたあとも、たわいもない会話で盛り上がった。
 すごく幸せなひととき。

 ひとしきり太陽と笑い合ったあと、守兄が立ち上がる。

「さて、帰るかな」

「守兄、また来てね」

 寂しそうな太陽の声。守兄は優しく頭を撫でた。

「ああ、また来るよ」

 太陽に向けていた微笑みが、次に私へと向けられる。
 そのまっすぐな眼差しにドキッとしたが、すぐにやわらかい笑みに変わった。

「じゃあ、また連絡するから。連絡先、教えてくれる?」

 あまりにも自然な言い方に、私もつられて答えてしまう。

「え? ああ、うん」

 スマホを差し出すと、守兄はささっと登録を済ませる。

「俺の番号入れといた。気楽に連絡して」

 爽やかな笑みとスマホを見比べ、うーんと悩む。
 完全に、守兄のペースだ。

 そのとき、彼の顔がふいに耳元に寄せられた。

「じゃあ、おやすみ、星」

 頬にやわらかな感触。
 頭が真っ白になる。

 え? い、今のって……守兄にちゅーされた!?

 驚いて目を丸くする。

「ひゅー」

 太陽が口笛を吹き、にやにやとからかってくる。

「じゃあ」

 余裕の笑みを残し、守兄は颯爽と去っていった。
 呆然と立ち尽くす私を置き去りにして。