溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

 そのあと、守兄はあっさりと背を向けて去っていく。
 遠ざかる背中が小さくなり、やがて片手を上げてのんきに手を振った。

 ……なんだったの。
 ほっとしたような、でもまだ胸のざわつきは消えない。

 守兄がいなくなった途端、あきらと私のあいだに気まずい沈黙が落ちた。
 やばい、この空気。ご機嫌斜め?

 そっと横目でうかがうと、あきらの眉間にはくっきりシワが。
 口元はへの字で、明らかに怒ってる。

「あ、あきら」

 おそるおそる声をかけた、その瞬間。

「さっき、何話してたの? 二人で」

 刺さるような鋭い声。
 こそこそ話していたのが、よほど気に食わなかったらしい。

「あ、あれは別に……ほら、挨拶してただけだよ。
 それに、あきらとデート中だから邪魔しないでって言ったの。だから帰ったでしょ?」

 必死に笑顔を作って言い訳するけど、あきらはじっと目を細め、私を見据える。

「家がどうとか聞こえたけど。あいつ、星の家に行ったことあるの?
 俺なんて一度しか行ったことないのに」

 憤慨した声で詰め寄ってくる。
 ぎらついた視線に、思わず一歩下がった。

 そう、あきらが私の家に来たのは一度きり。
 しかも外からちらっと見ただけで、あんまりじろじろ見られると困るから、急いでその場を離れた。
 中まで入られたら、貧乏なのは一目でバレる。

 そんな生活を、赤裸々にさらす勇気なんてない。

 ここは、なんとか誤魔化すしかない。

「えーと、それは……幼馴染だから。小さいころに来たことを言ってるんだよ」

 嘘。本当は昨日来た。
 またひとつ、あきらへの嘘が増えてしまった。

「ふーん、ずいぶん仲良いんだね、守兄と」

 あきらは唇を尖らせ、腕を組んで横目で睨んできた。

 険悪な空気がどんどん濃くなっていく。
 うぅ、どうしよう。

「守兄のことはもういいでしょ。今は私とデート中なんだから、楽しもう?
 せっかくの休みだよ?」

 そっと腕を絡ませ、彼の隣にぴたりと寄り添う。

 あきらが一瞬きょとんとして、照れたように視線を逸らした。
 こういうとこ、ほんと可愛い。

「え? まあ、うん」

 まだ不満げだけど、なんとか頷いてくれた。

 ほっと息をついた私の目に、照れたあきらの顔が映る。
 その表情がたまらなく愛しくて、そっと頬にキスをした。

「っ……ひ、星?」

 大きく目を見開いたあきらと目が合って、つい口元がゆるんだ。

「ふふっ」

 視線を落とすと、彼の気配が近づいてきて、唇を塞がれた。

 しばらく、静かな甘い時間が続く。

 長く深い口づけのあと、ふたりでそっと顔を離した。
 お互いに照れたように目を合わせ、くすりと笑う。

「星……好きだよ」

「私も、あきらが好き」

 小さく囁き合い、指先を絡めて歩き出す。

 ひとまず、守兄のことは納得してくれたみたい。よかった。
 でも、いつかは話さないといけないのかな。

 守兄が初恋の人だったことも、私の複雑な家庭のことも。

 わざわざ言うことじゃないと思ってる。
 聞かれてもいないのに告げるのは、なんだか違う気がするし。
 それに、あきらに余計な心配をかけたくないしね。

 けど……隠し続けるのも、正直苦しかった。
 あきらへの嘘や秘密がどんどん増えていくみたい。

 いつか話す日が来るのだろうか。


 ***


 そして、数日後。

 校門を出たところで、私は足を止めた。
 あんぐりと口を開け、視線の先を凝視する。

「やあ、星」

 校門のすぐ外で、爽やかな笑みを浮かべて手を上げる人物。

 守兄。

 急いで駆け寄り、彼の腕を掴み、校門の死角へと引っ張り込んだ。
 人目を避けるようにして、小声で問いただす。

「ちょっと、いったいどうしたの? こんなところまで」

「星に会いに来たんだけど?」

 きょとん顔で返されてしまう。
 私は怒りを込め、詰め寄った。

「なんでわざわざ学校に来るの!?」

「ちょうど仕事が終わったところでね。時間を見たら下校時刻だったから、迎えに来たんだ」

 悪びれもなく、にこりと微笑む顔を見ながら、私は大きくため息をついた。

 ……いや、別にいいんだけど。

 でも、周りの視線が痛い。

 こっそり周囲を見回すと、女生徒たちの視線が一斉にこちらへ集まっていた。
 当然、視線の先にいるのは守兄。

 やっぱり目立つんだよね。

 整った顔立ちに、すらりとした体型。立っているだけで絵になる人。

 小さい頃から、わかってた。
 守兄と一緒に歩くと、いつだって視線を浴びる。

 あの頃はただの「妹分」に見られていたんだけど、今は違うのかな。
 私たち、いったいどういう関係に見えてるんだろう。

 じっと彼を見つめると、ぐっと顔が迫ってくる。

「なに? 俺に見惚れて」

 不意打ちの距離に、息が止まりそうになる。

「な、なんでもないよ」

 ぷいっと顔を背け、慌てて離れる。

「ここじゃ目立つから、移動しよ!」

 そう言って一歩踏み出した、その瞬間。

「いたっ」

 誰かとぶつかった。
 目の前に見慣れたパーカーが映る。

 嫌な予感が走った。

 顔を上げると、
 そこには――あきらがいた。