溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

「やあ、星」

 爽やかな笑みを浮かべ、守兄がこちらへ歩み寄ってくる。

 薄手の白いニットに、すらりと伸びる黒のパンツ。
 程よく体に沿ったラインが、彼のスタイルをいっそう際立たせていた。

 私の目の前まで来ると、守兄はにこりと微笑んだ。

「奇遇だね、こんなところで。……紹介してくれる?」

 その視線が、あきらへと向かう。
 声は穏やかでも、どこか刺のある響き。

 空気がぴんと張りつめた。

 私は慌てて、あきらと守兄を交互に見た。

「あ、えっと……」

「星の彼氏の、杉本あきらと申します」

 彼氏のところ、強調したよね?

 あきらは私と守兄の間に一歩入り、堂々と名乗った。
 私はその背中の陰から、二人の様子をうかがう。

 二人は、まるで火花を散らすように睨み合っていた。

 な、なんでこんなことに。
 目に見えない緊張が、じわりと広がっていく。

「ふーん、そうなんだ。初めまして。俺は本条守。星の幼馴染です」

 その一言に、あきらの眉がぴくりと動いた。

「幼なじみ?」

 あきらの視線が私に向く。
 目が合った瞬間、びくっと肩が跳ねた。

 だって、すごく鋭い眼差し。
 怒ってる? なんで私が睨まれなきゃいけないの。

 あきらはすぐに笑顔を作ったが、どこか引きつって見えた。

「そうでしたか。どうぞよろしく。それにしても、今まで全然知りませんでしたよ。
 星があなたのこと、まったく話さないから」

 声のトーンが低い。
 あきらがこんな声を出すなんて、珍しい。

「それは当然でしょう。ずっとアメリカにいましたから。昨日戻ったばかりなんです。
 四年ぶりに会って、驚きましたよ。星がずいぶん綺麗になっていて」

 守兄の視線が私に注がれる。
 その優しい眼差しに、胸がざわつき落ち着かない。

「そうでしょう? 星は可愛くて、綺麗ですからね」

 あきらは笑顔のまま返したが、こめかみの筋がわずかに浮かんでいた。

「ええ。……ああ、そうだ。星の彼氏なら、彼女のこと何でも知ってますよね?」

 意味深な言葉に、あきらの表情がこわばる。

「何でも?」

「ええ。例えば、星の家が――」

「ちょっ、待った!」

 私は条件反射で、守兄の口をふさいでいた。

 今、何を言おうとしたの!?
 思わず睨むと、守兄は口の端をわずかに上げた。

 やっぱり、わざとだ。

「ちょ、ちょっと、こっち来て!」

 私は彼の腕をつかみ、あきらから引き離す。
 少し距離を取って、声をひそめた。

「守兄、もしかして、あきらに私の家庭のこと言おうとした?」

「そうだよ。いけない?」

 あっさりとした口調。

「だって大事なことだろ。彼氏なんだから知ってて当然じゃないか。
 ……もしかして彼、知らないの?」

 わざとらしく目を丸くする守兄。
 私は戸惑いと悔しさから、唇をぎゅっと噛んだ。

 そう、あきらには、家庭の事情を詳しく話していなかった。
 余計な心配をかけたくなかったし。何より、知られたくなかった。

 貧しい暮らしを知れば、きっと彼は気に病む。
 優しい人だから、絶対に心配する。

 それに……家庭のことは、正直知られたくない。
 どう思われるのか、少し怖くもある。
 もちろん、あきらはそんなことで人を判断したりしない。それはわかってるんだけど。
 やっぱり複雑で。乙女としては、ね。

 沈黙したままうつむく私を、守兄が覗き込む。

「やっぱり、言ってないんだ?」

 耳元で囁かれ、一歩退く。

「う、うん……まあ」

 しどろもどろに答えると、守兄はにこりと笑った。

「そっか。じゃあ、星と俺だけの秘密ってことで」

 どうしてそんなに嬉しそうなの。
 その言い方、なんだかやだ。

 あきらに隠し事してるみたいじゃない。まあ、そうなんだけど。

「べ、別に」

「わかった、わかった」

 言葉を遮るように、守兄は私をくるりと方向転換。
 目の前には、腕を組んだまま不機嫌そうに立つあきら。

 視線がぶつかり、ぎくりとする。

「今は邪魔しないよ。また今度ね」

 耳元で落とされた低い声。
 守兄は私の背をそっと押して、あきらのもとへ返した。