溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

 駅前を少し歩けば、にぎやかな通りに出る。
 古着屋やアクセサリーショップなどが並び、休日のせいか若者たちでいっぱいだ。

 カフェの前には順番待ちの列ができていて、甘い香りがふわりと流れてくる。

 隣にあきらがいるだけで、この景色さえ特別に見える。
 歩きながら、繋がれた手をそっと見つめた。

 ……なんだか照れる。
 触れているだけで胸が熱くて、くすぐったい。

 いつまで経っても慣れないな。こうしていられる時間が、ただ愛しい。

「ん? どうしたの?」

 考えごとをしていた私に、あきらが顔を近づけてくる。
 その距離の近さに、心臓が跳ねた。

 付き合ってもう一年。
 体の関係こそまだだけど、キスだってしてるのに――いまだにこんなにときめく。

「ううん、何でもない。楽しいね」

 そう笑うと、あきらも同じように笑った。

「うん! 星と一緒だから」

 その無邪気な笑顔に、心があたたまる。

 パーカーにジーンズのラフな格好なのに、彼だけ光をまとっているようだ。

 あきらが人気なの、わかる気がする。
 黙っていると格好良くて、笑うと可愛い。しかも、まっすぐで一生懸命。
 そんな人を応援したくならないわけがない。

 なんて一人で考えていたとき、あきらが何かを見つけたように声を弾ませた。

「あ、クレープ食べる? 星、好きでしょ?」

 少し先のクレープ屋を指差している。
 クレープは私の大好物。

「うん、いいね」

 そう言うと、あきらの顔がぱっと華やいだ。



 それから私たちは、仲良くクレープを食べた。
 たまにお互いのを一口ずつ交換して。

 ほんと、仲良しカップルみたい。

 嬉しくて、頬が緩む。

 食べ終わったあとは、見たかった映画を観て、また街をぶらぶらと歩いた。

 それだけのこと。
 なのに、満たされていく。

 普通のデート。

 けれど、それは私たちにとって、とても貴重な時間だった。

 あきらはアイドル。
 本当なら、こんなふうに街中を歩くのは危険だし、マネージャーさんに怒られることだってある。
 それでもあきらは、私との時間を優先してくれた。

 少しでも会えるときは会おうとして、寂しくならないようにメッセージも電話も欠かさない。

 彼は、何よりも私を大切にしてくれる。

 ……ときどき思う。
 もし私が「アイドルをやめて」と言ったら、きっとあきらはやめてしまうかもしれない。
 でも、そんなこと絶対に言えない。

 だって、彼はアイドルという仕事に誇りを持っていて、
 何より、その仕事を心から愛しているから。

 だから私は、そんなあきらを応援したい。
 頑張ってほしいし、隣で支えたい。
 夢を追いかける姿を、ずっとそばで見守っていたい。

 こっそり会わなきゃいけない。公にはできない関係だけど、それでもいい。

 あきらと一緒にいられるなら。

 それは覚悟の上だった。

 ふと、小森さんに言われた言葉が頭をよぎる。

 私だって、あきらの邪魔になりたいわけじゃない。
 ……でも、会いたいんだもん。

 そんなことを考えていたら、気持ちが少し沈んでしまった。
 歩く足が自然と遅くなる。

「どうしたの?」

 あきらが振り返る。

「え……うん」

 言葉を探していると、あきらが優しく微笑みかけてくる。

「どうした?」

 澄んだ瞳に見つめられ、胸がきゅっとなる。
 彼はふわりと私の両手を包み込み、至近距離で見つめてきた。

「あの、この前は、ごめんね」

「何のこと?」

 首をかしげる仕草が可愛くて、ずるい。

「小森さんから聞いたの。あの時、あきらが落ち込んでた理由……。
 一緒にいたのに、気づけなくて」

 肩を落とすと、あきらがくすっと笑った。

「なんだ、そんなことか。星は気にしなくていいんだよ。
 それに、星に会えたから元気になったんだ。あれからちゃんと頑張れてる。大丈夫!」

 ガッツポーズをして笑うあきら。
 きっと私を励ましてくれている。

 ああ、愛おしい。本当に優しいんだから。

 そんなふうに言われて、ほっと気持ちがゆるんだ。

「そっか……でも、やっぱり気づきたかったな。
 あきらを慰めてあげたかった。知ってたら、もっと優しくできたのに」

 ぽつりとこぼした瞬間、あきらの瞳がぱっと輝いた。

「本当? じゃあ今、優しくしてよ」

 マスクを下げ、目を閉じる。
 顔を近づけ、じっと待っている。

 え、ここで!?

 思わず辺りを見回すけれど、誰もこちらを気にしていない。
 それでも、あきらが顔をさらしていることが心配でたまらない。

 そっと目を開けた彼が、小さく催促する。

「はやく」

「う、うん……」

 わかってる。彼はキスをおねだりしているのだ。
 ダメなのに、「してあげたい」と思ってしまう。

 少しだけなら、いいよね。

 私はゆっくりと顔を近づけていった。
 唇が触れそうになった、そのとき――

「星!」

 鋭い声が響いた。
 心臓が跳ね、息が止まる。

 振り返ると、そこに立っていたのは守兄だった。