溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

「ごめん。強く言いすぎた。俺としたことが、動揺してしまった。
 まさか星に彼氏がいるなんて、ちょっと想定外で」

 視線を逸らしながら言った守兄の言葉に、ひっかかる。

「待って。それってちょっと酷くない? 誰にも相手にされないと思ってたわけ?」

 怒り気味に返すと、彼は慌てて首を振った。

「ち、違う! そうじゃなくて……星も俺のこと好きなのかと思ってた。
 だから、ずっと待っててくれるって信じてたんだ」

 ドキリ。
 え、まさか。私の気持ち、バレてた?

「じゃあ、どうして告白してくれなかったの? ちゃんと言ってくれたら……」

「だって、おまえまだ十二歳だったんだぞ。 俺、ロリコンに思われるだろ」

「ロリコンじゃん」

 横から太陽がぼそっと突っ込み、守兄がぎょっと目を丸くする。

「お、おまえ! それ言うなって!
 ……いいだろ、十歳くらい。すぐ大人になる。そうすれば誰にも何も言われない、そう思ったんだ。
 だから迎えに来たら、告白しようって決めてた」

 照れたように笑う守兄の頬は、ほんのり赤い。

 そんなこと、全然わからなかった。
 私、守兄と両想いだったんだ。

 でも、それを今知ったとして、どうすればいいの?

 私にはあきらがいるのに。

 心が大きく揺れて、胸がざわめく。
 あきらへの想いだって本物。
 いい加減な気持ちなんかじゃない。彼のことが好きで、愛おしい。

 でも――。

 そっと守兄を見やると、彼は私の視線に気づいて、再び熱を帯びた眼差しを向けてきた。

「俺のこと、もう一度考えてくれないか?
 待つよ、何年だって待つ。ずっと待ってきたんだ。だから」

 必死に訴える守兄の姿に、胸が締めつけられる。

 本当に、大好きだった。

 あの頃の疼きが、鮮やかによみがえる。
 だけど、私はその気持ちにきちんと区切りをつけたはずだった。

 まさか、またこんなふうに揺さぶられるなんて。

 だめ。私にはあきらがいるんだから。

 ぎゅっと目を閉じ、心を振り切るように言葉を吐き出した。

「ごめん……あきらを裏切れない。私は、彼が好きなの」

 言った瞬間、胸が痛くて、苦しくなる。
 今好きなのはあきらなのに、どうしてこんなに。

 守兄は初恋の人。
 ずっと想い続けてきた。
 だから、今も少しだけ。

 その先を振り切るように、顔を背けた。

 ふたりの間に重い沈黙が落ちる。
 静寂の中、時間だけが過ぎていく。

 やがて守兄が口を開いた。

「……わかった。今日はもう帰る。ただ、考えてくれないか?
 今は混乱してると思う。でも、これだけは覚えていてほしい。
 俺は本気だ。ずっと、ずっと想ってた。君を忘れたことなんて、一度もない」

 そう言って、力なく微笑む。
 それは、昔から知っている、誰かを気遣うときの優しい笑顔だった。

「ま、守兄……」

「じゃあ、帰るよ」

 そう告げると、守兄は背を向けた。
 太陽が戸惑ったように後を追う。

 しばらくして、扉が閉まる音が虚しく響いた。
 私は、動くことができなかった。



 その夜。
 静まり返った部屋の中で、胸のざわめきだけがいつまでも鳴りやまない。

 眠ろうとするけど、まったく眠気は訪れなかった。

 原因はわかっている。本条守。
 守兄のせいだ。

 一方的に私の前から姿を消し、そしてまた突然現れて。
 さらには「好きだった」なんて、あんな唐突な告白……どう受け止めればいいのよ。

 もちろん、私だって昔から守兄のことは好きだった。
 初恋の人だったのだから。

 彼がアメリカへ旅立ってからも、しばらくは忘れられなくて……
 でも一年、二年と時が過ぎるうちに、忘れなきゃって。
 無理やり気持ちに蓋をして、やっと落ち着いた頃、彼と出会った。

 杉本あきら。今の私の彼氏。

 あきらと過ごすうちに、初めて知った恋のドキドキやときめき。
 最初は自分の気持ちもよくわからなかったけど、
 少しずつ、彼を本当に好きになっていって。

 ようやく守兄への想いにも区切りをつけられそうだったのに。

 なんで、このタイミングで現れるの。
 まるで神様が悪戯しているみたい。
 運命って、こんなふうに人を振り回すものなの?

 あきらのことだって、最初は半信半疑だった。
 なんで私なんかを選んでくれるのか、ずっと不安で、疑いの気持ちが抜けなかった。
 彼のこともよくわからなくて、戸惑うことばかり。

 けれど今では、すっかりあきらの虜になっていた。

 純粋で優しく、いつも全力で愛してくれる人。

 仕事にも真摯に向き合い、努力を惜しまない。
 何事にも一生懸命で、そんな姿を見るたび心から素敵だと思った。

 支えてあげたい、応援したい。そう思える人だった。

 彼と一緒にいると、心から楽しくて、嬉しくて。
 嫌なことさえ忘れられた。

 ときどき、息が止まりそうなくらいドキドキさせられるのは困りものだけど、
 それさえも、嬉しい悩みだった。

 嫉妬だってする。
 特に、あの色気たっぷりなマネージャーの小森さんの存在には、いつもハラハラらさせられる。
 彼女があきらの傍にいると思うだけで、気が気じゃない。

 でも、そんな嫉妬を感じるときこそ、自分がどれだけ彼を好きかって実感した。

 だから――
 今さら初恋の人が現れたくらいで、簡単に心が揺らぐなんてことない。

 ない、はずなのに。

 気づいてしまった。
 私、まだ守兄のことを忘れられていなかった。

 再会した瞬間、ときめいた。
 心臓が早鐘を打って、「好き」という感情がふっと湧いた。
 頭ではダメだとわかっているのに、心は勝手に動いてしまう。

 そして、守兄に告白されたとき。やっぱり、嬉しかった。

「あーっ……」

 思わず頭を抱える。

 どうしよう、最低だ。私にはあきらがいるのに。
 自分の気持ちが、もうわからない。

 そのまま、もんもんと悩み続け、

 ほとんど眠れないまま、朝を迎えてしまった。