溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

「ふーん」

 あきらとの馴れ初めや経緯を話し終えたとたん、守兄が不機嫌そうな顔をした。

 ……え、なんでこんなに機嫌悪いの?
 理由が分からず、戸惑う。

「アイドルねえ。遊ばれてるんじゃないのか」

 ぶっきらぼうなその一言に、私はムッとした。

「ちがうよ! あきらはそんな人じゃない。傍にいて、それくらい私にもわかる。
 彼は嘘をついたり、人を弄んだりする人じゃないんだから」

 必死に訴えると、守兄の表情はさらに険しくなった。

 すごく怒ってる、よね。なんで?

「そいつに会わせろ」

 顔を背けながらも、強い声で言い放つ守兄。

「え!? でも、それはちょっと……」

 彼は一応芸能人だし、そう簡単には会わせられない。

 それに、やきもち焼きだし。
 守兄みたいな格好いい人を紹介したら――いや、絶対まずい。
 あきらはかなりの嫉妬深さを持っている。
 真面目で純粋だからこそ、変な誤解をしかねない。

 しかも守兄は私の初恋の人。
 そんな二人が顔を合わせるなんて、どう考えてもまずいでしょ。

 視線を泳がせ、言葉を詰まらせていると、

「わかった……もういい。それより」

 急に真剣な顔つきになった守兄が、私をじっと見つめてきた。
 その瞳には、心配の色が濃く浮かんでいる。

「今の暮らし、辛くはないか?」

 いきなりで驚いたけれど、素直に答える。

「う、うん。別に。そりゃあ、正直辛いと思うときはあるよ。
 でも、太陽と二人で暮らせることは幸せだし。
 なにより、あのおばさんと一緒に暮らすより、断然いい!」

 散々な目に遭ってきた日々を思い出し、ぞっとする。
 あれが大人になるまで続くなんて、考えるだけでも嫌だ。

「……そうか」

 守兄はほっと息をつき、俯いて何かを考え込んだ。
 しばらく沈黙が落ちる。

 次の瞬間、勢いよく顔を上げる。

「なあ、俺のところへ来ないか?」

 ――はい?

 あまりの唐突さに、私は固まり、瞬きを繰り返す。

「ずっと考えていたんだ。そのために帰ってきたようなもんだし」

 ぶつぶつとつぶやく守兄。どこか様子が変だ。

「星!」

「は、はい!」

 突然の大声に反射的に返事をしてしまう。

 真剣な眼差しがまっすぐ突き刺さる。
 数秒間、見つめ合ったまま、彼がゆっくりと口を開いた。

「俺は、おまえのことが好きだ」

 一瞬、時が止まったような錯覚を覚えた。
 思わず目を瞬かせる。

 情熱を帯びた瞳が、まっすぐ私を射抜いていた。

「ななっ、なんで……」

 あたふたしながら、ぽつりとこぼす。
 すぐに返事が返ってくる。

「ずっと好きだったんだ。アメリカに立つ、ずっと前から」

 夢? 嘘でしょ。守兄が私のことを?
 信じられない。だって、そんな素振り一度もなかった。
 ずっと可愛い妹として見ていたんじゃないの?

 守兄は少し俯き、頬を赤らめていた。

「いつから好きになったかなんて、無粋なことは聞くなよ。
 自分でもわからない。ただ、気づけばいつも目で追っていて、星のことばかり考えるようになって……愛おしくてたまらなくなった。
 ずっと一緒にいたいと思った」

 とんでもないことが起きてしまった。

 驚きすぎて、言葉が出ない。
 熱を帯びた眼差しが、私をとらえて離さない。

 本気なんだ。そう確信した。

「でも、どうしてもアメリカでやらなくちゃいけないことがあって。
 星と離れたくはなかったけど、あのときは仕方なかった。
 やっと、こうして迎えに来られた」

 守兄がぐっと距離を詰め、私の手を握った。
 すぐそばに迫る端正な顔。心臓が破裂しそうなくらい大きな音を立てる。

「もう離れない。星、好きだ。俺を選んでほしい」

 眉を寄せ、切実な表情で懇願される。
 体が硬直して、動けなかった。

 息も絶え絶えになりながら、やっと声を絞り出す。

「い、今さら……そんなこと言われても。私には……」

「わかってる。あきら、だっけ? 彼氏がいるんだろ。
 だったら、これからその彼氏より俺を好きになればいい。
 いや、そうなるかもしれない。その可能性はゼロじゃない」

 あぜんとする。
 かなり強引だな、こんな人だったっけ?

 焦りながら、無我夢中で首を振る。
 だめ、冷静になれない。
 まさかこんな展開になるなんて思わないし、しかも綺麗な顔が目の前にあって意識が飛びそう。

 そのとき、横から声がした。

「守兄、とりあえず落ち着いて」

 太陽だ。この状況を見かねて、とうとう口を出したらしい。
 彼が守兄を私から引き離す。

「邪魔をするのか? おまえはあきらとかいう奴の味方なのか」

 恨めしそうに睨みつける守兄に、太陽はわずかに怖気ずいた。
 太陽は守兄のことが大好きで、尊敬している。そんな相手に嫌われるのは、きっとショックだろう。

「ち、ちがうよ。僕は守兄が大好きだよ。
 あきらさんのことも別に嫌いじゃないけど、そんなに好きじゃない」

 そう言って太陽が私を見る。
 その表情は少し拗ねたようだった。

 ……え? あきらのこと、好きじゃなかったの? 初耳だ。
 思えば、太陽はあきらにあまり好意的じゃなかった気がする。

「とにかく、姉ちゃんに迫るのは間違ってるよ。
 ここはいったん落ち着こう」

 太陽が正論を口にする。その大人びた対応に、少し驚いた。

 諭された守兄は、納得したような、していないような複雑な顔をしたが、
 やがて私からすっと離れた。

「ふんっ。まあ、太陽の言うことも一理あるな」

 そう言って静かに頷き、正面に座り直す。
 そしてまた、じっと私を見つめてきた。