台所でお客さん用の湯飲みを取り出し、高級茶葉にお湯を注ぐ。
まさか、これを使う日が来るなんて。買っておいてよかった。
逸る心をなだめるように、ゆっくりと深呼吸。
よし、大丈夫。落ち着け、落ち着け……と自分に言い聞かせる。
だけど、久しぶりの再会に胸の高鳴りはどうしてもおさまらなかった。
ふと、居間から太陽の明るい笑い声が響いてくる。
きっと嬉しいんだ。あの子、守兄に懐いてたからなあ。
本当のお兄ちゃんみたいに。
彼がいなくなったあと、しばらく元気がなかったくらい。
……それは私もだけど。
そんなことを思えば、自然と頬がゆるんだ。
お茶を載せたお盆を手に、居間へと向かう。
そこで目にしたのは、太陽と楽しそうに話す守兄の姿。
胸に、あたたかいものがじんわり広がった。
「どうぞ」
守兄の前にお茶を差し出す。
「ありがとう」
ふわりと微笑むその顔に、またドキッとした。
もう、私ったら。さっきから何してるの。
これじゃ心臓がもたない。
それにしても、まだこんなにときめくなんて。
……まあ、そうだよね。だって、ずっと好きだったんだもん。
六歳で出会ってから、ずっと片思い。
気持ちを伝えることもなく終わった初恋。
アメリカへ行ってしまったあと、しばらくは辛くてたまらなかったけど、
忙しい日々の中で少しずつ薄れて、もう昇華できたと思っていたのに。
「ん? どうした?」
黙り込んだ私の顔を、守兄がそっと覗き込む。
その声に、はっと我に返る。
私、見惚れてた?
「な、なんでもない!」
恥ずかしさに耐えきれず、ブンブンと頭を振る。
「ははっ、姉ちゃん、照れてるんだろ? あいかわらず守兄かっこいいもんなあ」
太陽がキラキラした目で守兄を見つめ、冷やかすように笑った。
「そ、そんなんじゃ……」
――ない。とは言い切れない。
だって、本当に格好いいんだもん。
「はははっ、ありがとう、二人とも。本当に変わってないな。なんだか安心するよ」
守兄が嬉しそうに目を細め、短く息をつく。
そして少し間を置いてから、もう一度笑った。
「こうしていると、昔を思い出すよ」
***
私と守兄が出会ったのは、今から十年前。
まだ私が六歳で、守兄は十六歳のころだった。
よく遊びに行っていた近所の公園でのこと。
その日。ひとりで遊んでいた私は、大きな石につまずいて派手に転んだ。
膝がじんじんして痛かったけれど……泣いたらもっと痛くなる気がして、ぎゅっとこらえてニコッと笑った。
そのとき、ふっと誰かの笑い声が耳に届く。
顔を向けると、制服姿の男の人がゆっくりと近づいてくるのが見えた。
彼は私の前にしゃがみ込み、そっと絆創膏を差し出した。
「大丈夫?」
そのときの笑顔を、私は今でもはっきり覚えている。
すごく綺麗で、格好よかったから。
ぼうっと見惚れていると、彼はまたくすっと笑った。
そう、その人こそ守兄だったのだ。
それから、私と守兄は、その公園でちょくちょく顔を合わせるようになった。
公園にいると、ふいに現れて声をかけてくれる。
仲良くなるまで、時間なんてほとんどかからなかった。
だって、守兄は最初から私を受け入れてくれた。優しく、包み込むように。
それが嬉しくて、私は毎日公園に通った。
守兄は学校の帰りに寄ることが多かったから、その時間を狙って待ち伏せ。
……作戦は大成功。
彼も、ほぼ毎日のように顔を見せてくれた。
守兄は本当に優しくて、いつも笑顔で私を見守ってくれていた。
一緒に遊んでくれたし、休みの日には太陽も誘って、動物園や遊園地にも行ったっけ。
よく私の家にも遊びに来てくれた。
父も母も、すぐに守兄を気に入ったみたいだった。
それもそのはず、守兄は絵に描いたような好青年だった。
いつも笑顔で、優しくて、明るくて、面倒見もいい。人当たりもよくて、頭もいい。
しかも、ここら辺で一番のイケメン。
近所の女性たちは、守兄をひと目見たくて私の家に寄ってくるほどだった。
そんなときも、彼は誰に対しても丁寧に接していた。
でも、女性たちに優しくしている姿を見ると、よく嫉妬したっけ。
今となっては、それもいい思い出。
ただ――私は、彼が抱えているものが気になっていた。
ときどき見せる、どこか寂しげな表情。
それが妙に印象に残っている。
どうしてそんな顔をするのか、幼い私にはわからなかった。
でも今なら思う。守兄は家庭や学校で、何か辛いことを抱えていたのかもしれない。
一度だけ「守兄の家に行ってみたい」と言ったことがあった。
そのとき彼は少し困ったような顔をして、「ごめん」と断った。
きっと、人には言えない事情があったのだろう。
大きくなった今なら、もうわかる。
みんな、何かを抱えながら、それでも生きている。
まさか、これを使う日が来るなんて。買っておいてよかった。
逸る心をなだめるように、ゆっくりと深呼吸。
よし、大丈夫。落ち着け、落ち着け……と自分に言い聞かせる。
だけど、久しぶりの再会に胸の高鳴りはどうしてもおさまらなかった。
ふと、居間から太陽の明るい笑い声が響いてくる。
きっと嬉しいんだ。あの子、守兄に懐いてたからなあ。
本当のお兄ちゃんみたいに。
彼がいなくなったあと、しばらく元気がなかったくらい。
……それは私もだけど。
そんなことを思えば、自然と頬がゆるんだ。
お茶を載せたお盆を手に、居間へと向かう。
そこで目にしたのは、太陽と楽しそうに話す守兄の姿。
胸に、あたたかいものがじんわり広がった。
「どうぞ」
守兄の前にお茶を差し出す。
「ありがとう」
ふわりと微笑むその顔に、またドキッとした。
もう、私ったら。さっきから何してるの。
これじゃ心臓がもたない。
それにしても、まだこんなにときめくなんて。
……まあ、そうだよね。だって、ずっと好きだったんだもん。
六歳で出会ってから、ずっと片思い。
気持ちを伝えることもなく終わった初恋。
アメリカへ行ってしまったあと、しばらくは辛くてたまらなかったけど、
忙しい日々の中で少しずつ薄れて、もう昇華できたと思っていたのに。
「ん? どうした?」
黙り込んだ私の顔を、守兄がそっと覗き込む。
その声に、はっと我に返る。
私、見惚れてた?
「な、なんでもない!」
恥ずかしさに耐えきれず、ブンブンと頭を振る。
「ははっ、姉ちゃん、照れてるんだろ? あいかわらず守兄かっこいいもんなあ」
太陽がキラキラした目で守兄を見つめ、冷やかすように笑った。
「そ、そんなんじゃ……」
――ない。とは言い切れない。
だって、本当に格好いいんだもん。
「はははっ、ありがとう、二人とも。本当に変わってないな。なんだか安心するよ」
守兄が嬉しそうに目を細め、短く息をつく。
そして少し間を置いてから、もう一度笑った。
「こうしていると、昔を思い出すよ」
***
私と守兄が出会ったのは、今から十年前。
まだ私が六歳で、守兄は十六歳のころだった。
よく遊びに行っていた近所の公園でのこと。
その日。ひとりで遊んでいた私は、大きな石につまずいて派手に転んだ。
膝がじんじんして痛かったけれど……泣いたらもっと痛くなる気がして、ぎゅっとこらえてニコッと笑った。
そのとき、ふっと誰かの笑い声が耳に届く。
顔を向けると、制服姿の男の人がゆっくりと近づいてくるのが見えた。
彼は私の前にしゃがみ込み、そっと絆創膏を差し出した。
「大丈夫?」
そのときの笑顔を、私は今でもはっきり覚えている。
すごく綺麗で、格好よかったから。
ぼうっと見惚れていると、彼はまたくすっと笑った。
そう、その人こそ守兄だったのだ。
それから、私と守兄は、その公園でちょくちょく顔を合わせるようになった。
公園にいると、ふいに現れて声をかけてくれる。
仲良くなるまで、時間なんてほとんどかからなかった。
だって、守兄は最初から私を受け入れてくれた。優しく、包み込むように。
それが嬉しくて、私は毎日公園に通った。
守兄は学校の帰りに寄ることが多かったから、その時間を狙って待ち伏せ。
……作戦は大成功。
彼も、ほぼ毎日のように顔を見せてくれた。
守兄は本当に優しくて、いつも笑顔で私を見守ってくれていた。
一緒に遊んでくれたし、休みの日には太陽も誘って、動物園や遊園地にも行ったっけ。
よく私の家にも遊びに来てくれた。
父も母も、すぐに守兄を気に入ったみたいだった。
それもそのはず、守兄は絵に描いたような好青年だった。
いつも笑顔で、優しくて、明るくて、面倒見もいい。人当たりもよくて、頭もいい。
しかも、ここら辺で一番のイケメン。
近所の女性たちは、守兄をひと目見たくて私の家に寄ってくるほどだった。
そんなときも、彼は誰に対しても丁寧に接していた。
でも、女性たちに優しくしている姿を見ると、よく嫉妬したっけ。
今となっては、それもいい思い出。
ただ――私は、彼が抱えているものが気になっていた。
ときどき見せる、どこか寂しげな表情。
それが妙に印象に残っている。
どうしてそんな顔をするのか、幼い私にはわからなかった。
でも今なら思う。守兄は家庭や学校で、何か辛いことを抱えていたのかもしれない。
一度だけ「守兄の家に行ってみたい」と言ったことがあった。
そのとき彼は少し困ったような顔をして、「ごめん」と断った。
きっと、人には言えない事情があったのだろう。
大きくなった今なら、もうわかる。
みんな、何かを抱えながら、それでも生きている。


