溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

 太陽が燦々と照りつける中、眩しさに目を細める。

 いい天気だなあ。
 なんて思いながら、盛大なため息がもれた。

「はあー」

 今日は日曜日。
 さて、溜まった洗濯物を片付けますか。

 庭の洗濯竿に、次々と洗濯物を並べていく。
 皺にならないようにつまみをピッと引っ張る。我ながら、なかなか手際がいい。

 ふと青空を見上げた。
 あまりにも晴れ渡った空が、自分の心とは正反対で、思わず苦笑してしまう。

 あきらのマネージャーに言われた言葉が、まだ頭を離れない。

 別に、嫌味を言われるのは日常茶飯事。
 それほど落ち込んではいない。

 でも、あきらのことが心配だった。

 彼は仕事を何よりも大切にしている。真面目に、懸命に、そして誠実に。

 ファンだって同じ。
 誰よりも想い、大切にしているからこそ、あんなに愛されているのだと思う。
 世間の人が惹かれるのは、外見だけじゃない。
 あきらからにじむ人柄や優しさ――そのすべてが、彼の魅力なのだ。

 私との付き合いも、世間に知られないよう細心の注意を払っている。
 それも、ファンを悲しませたくないから。

 今回、あきらが取られたという仕事は、きっと心から楽しみにしていたはずだ。
 それをライバルに奪われ、どれだけ悔しかっただろう。
 できることなら、そばで慰めてあげたかった。

 なのに、あきらは元気なふりをした。
 私を心配させないように。

 その気持ちが分かってしまった今、何もしてあげられなかった自分が悔しい。

 不甲斐なさに、もう一度そっとため息をつく。

 そのとき、

「……星?」

 声に、トクンと心臓が跳ねた。
 この声って。

 私はゆっくりと振り返る。そこに立っていたのは――

「やあ、ひさしぶり」

 爽やかな笑顔を向ける男性に、ぽかんとした表情を返す。

 一度も忘れたことのない姿。
 凛とした佇まいに、すらりとした長身、そして優しい笑顔。

 しばしの沈黙のあと、思わず叫んだ。

「ま、守兄(まもるにい)!?」


 ***


 本条(ほんじょう)守(まもる)。――通称、守兄。

 私の記憶が正しければ、今は二十六歳。
 幼馴染であり、私の初恋の人。

 まだ両親が生きていた頃、彼は近所に住んでいた。
 私と太陽のことをいつも気にかけてくれて、よく一緒に遊んでくれた。

 十も年が離れているから、幼い私たちにとっては本当のお兄ちゃんのような存在だった。

 頭も良くて、成績優秀で、頼りがいがあって。
 見た目だって、そこらの男子とは比べ物にならないほど格好良かった。
 誰に対しても優しくて、まるでスーパーマンみたいな人だった。

 近所でも評判で、おばさんたちが噂していたのを覚えている。

 私の中で、彼は理想の王子様になっていった。
 憧れが、好きという感情に変わるのに、そう時間はかからなかった。

 でも、好きだと自覚したとき、ひとつの不安がよぎった。

 きっと彼は、幼い私のことなんて、可愛い妹としか思っていない。
 それでも、彼のそばにいられるだけで幸せだった。

 大人になれば、いつか振り向いてくれる。ずっと一緒にいられると、信じていた。


 しかし、私が十二歳のとき。

 彼は二十二歳。某有名大学を卒業し、卒業と同時にアメリカへ旅立つことになった。

 その知らせを聞いた瞬間、雷に打たれたような衝撃を受けた。
 大好きな人と離れ離れになる悲しみは、身を裂かれるようだった。

 衝撃の言葉を聞いたその場で、私は泣いた。
 泣きじゃくって、すがりついて、彼を困らせた。

 なんとか行かせたくなくて、必死にあがいた。
 でも、努力は実らなかった。

 別れ際、守兄は優しく言った。

「必ず迎えにくる」

 本当かどうかはわからなかった。けれど、その言葉が希望になった。
 胸の奥に、小さな光が灯ったような気がした。


 けれどそのあと、私の身に次々と襲いかかる不幸の数々によって、初恋の甘い余韻は一瞬で吹き飛んだ。

 守兄が旅立ったすぐあと、両親は交通事故で亡くなった。
 私と太陽は、親戚の家に引き取られることになった。

 そこは最悪の環境だった。

 私たちを引き取ったおばさんは、自分の子を優先し、私たちには最低限のものしか与えなかった。
 いや、最低限すら与えられていなかったかもしれない。

 毎日のように浴びせられる鋭い視線と罵声。
 食事も、自分の子どもとは比べ物にならないほど質素で、おやつなんて一度ももらった試しがない。
 時には軽い暴力もあった。

 なんで、こんな目にあうんだろう。

 そう思いながらも、耐えた。
 弟と二人で生きていくために。

 私は太陽を守らなきゃいけなかった。彼にだけは、辛い思いをさせたくなかった。

 その思いだけで、私は毎日を乗り越えた。

 そんな日々が続いたある日、私が十四歳になったとき。
 おばさんが突然、私たちに新しい住居を与えた。

 そう。今、太陽と暮らしている古い一軒家だ。

「あんたら二人、あそこに住むんだ」

 冷たい目でそう言い放たれた瞬間のことを、今でも鮮明に覚えている。

 けれど、私はラッキーだと思った。
 あの家でこれ以上、傷つくよりはましだった。

 多少貧乏でも、苦労があっても、二人だけの暮らしのほうがずっといい。

 経済的にはきつかったけど、
 おばさんの支配から解放された自由の空気は、何よりも心地よかった。

 自由って、こんなに素敵なことなんだ。そう思った。


 そんな怒涛の人生を過ごしてきたこの四年間。

 守兄のことを思い出す余裕なんて、ほとんどなかった。
 暮らしが落ち着いたころ、ふと「どうしてるかな」と思うことはあっても、それくらいだった。

 恋に焦がれる暇なんて、なかった。

 それに、途中からはあきらという彼氏もできた。
 私はてっきり、守兄ももう私のことなんて忘れて、アメリカで幸せに暮らしていると思っていた。

 もう一度会えるなんて――夢にも思わなかった。