「ねぇイーサン、夏休みの時に話した…そう、課題で提出しなかった方。出来上がったのよ。時間がある時に見てくれない?」
夏は終わったとはいえ、蒸し暑さは残っている。それでも咲く花やレストランのメニューが秋のものへと変わり、季節は少しずつ移ろっている。夏休みから1ヶ月経った今日、学園後、生徒会の集まりもない日であった。
二人はバーンズ家のアナベルの部屋で過ごしていた。部屋の模様替えがひと段落し、イーサンはアナベルから部屋への招待を受けたのだ。
おやつを食べているところ、アナベルはイーサンに厚いの紙束を渡した。
夏休み後もアナベルとイーサンは、少しずつ一緒に時間を過ごして、以前よりも絆を深めている。
渡せたそれをイーサンが捲れば微かにインクの香りがする。彼は目を輝かせて束の一枚目、タイトルを読み上げた。
「『休み下手の人でも楽しめる休み方』……!」
自身の過去の出来事から休みの重要性を語る冒頭から始まる。夏休みでの体験を纏め、ゆっくり見る場合と、時間がない人向けにアナベル流の効率良く場所を巡る方法が記載されている。また、観光スポットの歴史や建物の仕組みなども調べていたら興が乗り、推敲も重ねたため完成までになかなか時間がかかったが、アナベル自身も納得する渾身の一冊が出来上がった。
「本当にありがとうイーサン。とっても楽しい時間だったわ」
夏の経験がなければ出来上がらなかった。アナベルが改めてイーサンに礼を伝えると、突然のきっかけを作った青年ははにかんだ。
「こちらこそ。本当に楽しかったよ。それに一冊に纏めてくれて嬉しいよ」
イーサンは顔を綻ばせながら、アナベルが書き上げたレポートに目を通していく。ペラリペラリと軽快な音であるが、その眼差しは真剣そのもの。
イーサンが読んでいる間、アナベルは昨日買ったばかりの王都観光雑誌を読んでいた。夏休み明けから家族や友人たちとの外出も増えている。ノンカフェインのお茶を飲みながら、挿絵の美しいページと面白い情報に目を輝かせる。
一時間半かけて、レポートを読み切ったイーサン。硬く瞼を閉じ、何かに耐えるように、椅子に深く座り天井を見上げる。しばらく細く、深く息を吐くと再び紙を捲り、目を通す。何度も、何度でも。
ようやく満足したのか、そのライトグリーンの瞳が、今度はアナベルへと向けられた。
「……アナベル。父さんたちにも読ませてみない?」
「え? 構わないけど」
「すっごく面白い」
その真剣な眼差しに、アナベルの口角が上がる。楽しんでもらえ、素直に褒めてもらえた。褒められたいために作られた訳ではないのだが、それでも嬉しいものは嬉しい。最初にイーサンに読んでもらい、次にどちらの両親にも読んでもらおうと思っていた。
「あと、出版社に友人がいるから声をかけていいかな?」
「え? 出版社?」
なんだか、話の風呂敷が一気に広げられた。
アナベルが緻密に仕上げた、楽しさと面白さと、ためになる情報を詰め込んだ1冊は、アナベルの両親はもちろん、デービッドやレティシアといったキャンベル家の人たち、そしてイーサンの友人たちにも非常に面白いと、話がトントンと進んでいき……。
課題になるはずだった紙束は、本となって冬に出版された。
夏に話題となった令嬢が出した本はいかほどか。様々な評価が渦巻く中、アナベルの著書は多くの人の”時間”を見つめ直させた。
なにより休みを愛する我々の、新しいバイブルとなって親しまれている。
北風の精霊が大陸中をめぐり、本格的に冬を迎えた。
屋敷の外は厚い厚い雲に覆われ、しんしんと雪が積もって銀白色の世界に変わっている。夏の暑さも一切忘れさせるほど、冬の体に刺すような冷たさが広がる。
今日のアナベルは、ゆっくり自室で過ごしていた。白く染まっていく庭を眺め、黙々と手編み作業に精を出していた。ライトグリーンの瞳を輝かせる婚約者へ贈る毛糸のマフラー。自他共に認める不器用さで、何度もやり直しているが根気よく編み続けた結果、あと少しで完成しそうだ。
コンコンコン。
三つ編みの似合う頼もしい侍女が、温かい飲み物を持ってきてくれた。それはジャックに教えてもらった、丸々としたマシュマロが3つ乗った豪華仕様のホットチョコレート。さらにはシンプルなドーナツ付き。昔落ち込んでいるときに元気を貰ってから好物になったデザートだ。嫌な思い出にちくりと胸が痛むが、何よりも自身を心配してくれた彼の姿が一番記憶に残っている。
「そういえばちゃんとお礼いったかしら……。今度言いましょ」
今は少し休憩だ。アナベルは汚れないように道具を少し離したところに置く。
受け取ったホットチョコレートは、少し苦く、丁度良い甘さであった。
夏は終わったとはいえ、蒸し暑さは残っている。それでも咲く花やレストランのメニューが秋のものへと変わり、季節は少しずつ移ろっている。夏休みから1ヶ月経った今日、学園後、生徒会の集まりもない日であった。
二人はバーンズ家のアナベルの部屋で過ごしていた。部屋の模様替えがひと段落し、イーサンはアナベルから部屋への招待を受けたのだ。
おやつを食べているところ、アナベルはイーサンに厚いの紙束を渡した。
夏休み後もアナベルとイーサンは、少しずつ一緒に時間を過ごして、以前よりも絆を深めている。
渡せたそれをイーサンが捲れば微かにインクの香りがする。彼は目を輝かせて束の一枚目、タイトルを読み上げた。
「『休み下手の人でも楽しめる休み方』……!」
自身の過去の出来事から休みの重要性を語る冒頭から始まる。夏休みでの体験を纏め、ゆっくり見る場合と、時間がない人向けにアナベル流の効率良く場所を巡る方法が記載されている。また、観光スポットの歴史や建物の仕組みなども調べていたら興が乗り、推敲も重ねたため完成までになかなか時間がかかったが、アナベル自身も納得する渾身の一冊が出来上がった。
「本当にありがとうイーサン。とっても楽しい時間だったわ」
夏の経験がなければ出来上がらなかった。アナベルが改めてイーサンに礼を伝えると、突然のきっかけを作った青年ははにかんだ。
「こちらこそ。本当に楽しかったよ。それに一冊に纏めてくれて嬉しいよ」
イーサンは顔を綻ばせながら、アナベルが書き上げたレポートに目を通していく。ペラリペラリと軽快な音であるが、その眼差しは真剣そのもの。
イーサンが読んでいる間、アナベルは昨日買ったばかりの王都観光雑誌を読んでいた。夏休み明けから家族や友人たちとの外出も増えている。ノンカフェインのお茶を飲みながら、挿絵の美しいページと面白い情報に目を輝かせる。
一時間半かけて、レポートを読み切ったイーサン。硬く瞼を閉じ、何かに耐えるように、椅子に深く座り天井を見上げる。しばらく細く、深く息を吐くと再び紙を捲り、目を通す。何度も、何度でも。
ようやく満足したのか、そのライトグリーンの瞳が、今度はアナベルへと向けられた。
「……アナベル。父さんたちにも読ませてみない?」
「え? 構わないけど」
「すっごく面白い」
その真剣な眼差しに、アナベルの口角が上がる。楽しんでもらえ、素直に褒めてもらえた。褒められたいために作られた訳ではないのだが、それでも嬉しいものは嬉しい。最初にイーサンに読んでもらい、次にどちらの両親にも読んでもらおうと思っていた。
「あと、出版社に友人がいるから声をかけていいかな?」
「え? 出版社?」
なんだか、話の風呂敷が一気に広げられた。
アナベルが緻密に仕上げた、楽しさと面白さと、ためになる情報を詰め込んだ1冊は、アナベルの両親はもちろん、デービッドやレティシアといったキャンベル家の人たち、そしてイーサンの友人たちにも非常に面白いと、話がトントンと進んでいき……。
課題になるはずだった紙束は、本となって冬に出版された。
夏に話題となった令嬢が出した本はいかほどか。様々な評価が渦巻く中、アナベルの著書は多くの人の”時間”を見つめ直させた。
なにより休みを愛する我々の、新しいバイブルとなって親しまれている。
北風の精霊が大陸中をめぐり、本格的に冬を迎えた。
屋敷の外は厚い厚い雲に覆われ、しんしんと雪が積もって銀白色の世界に変わっている。夏の暑さも一切忘れさせるほど、冬の体に刺すような冷たさが広がる。
今日のアナベルは、ゆっくり自室で過ごしていた。白く染まっていく庭を眺め、黙々と手編み作業に精を出していた。ライトグリーンの瞳を輝かせる婚約者へ贈る毛糸のマフラー。自他共に認める不器用さで、何度もやり直しているが根気よく編み続けた結果、あと少しで完成しそうだ。
コンコンコン。
三つ編みの似合う頼もしい侍女が、温かい飲み物を持ってきてくれた。それはジャックに教えてもらった、丸々としたマシュマロが3つ乗った豪華仕様のホットチョコレート。さらにはシンプルなドーナツ付き。昔落ち込んでいるときに元気を貰ってから好物になったデザートだ。嫌な思い出にちくりと胸が痛むが、何よりも自身を心配してくれた彼の姿が一番記憶に残っている。
「そういえばちゃんとお礼いったかしら……。今度言いましょ」
今は少し休憩だ。アナベルは汚れないように道具を少し離したところに置く。
受け取ったホットチョコレートは、少し苦く、丁度良い甘さであった。

