「では粉を混ぜていきますよ」
アイザックから教えられながら、アナベルとイーサンは、キッチンの一角でお菓子づくり。動きやすい服装に髪型、お揃いのエプロンを身につけて作業に取り掛かる。
二人の周りでは他の料理人たちが、今夜行われる催しに向けて、精を出していた。
今夜は中庭にシーツを広げ、星空を見る夜間ピクニックだ。
そこでアナベルとイーサンは、ピクニックで出すお茶菓子の準備を手伝うこと、それがアイザックから頼まれたお手伝いである。
昨日は構想を得るためにグルメ巡りをした。イーサンと料理人たち全員、さらにカイやタイスも一緒のお出かけだ。今回はスイーツだけでなく、フードもである。あんなに大人数で、また賑やかなお出かけは初めてだ。
休みが始まった最初の週は、夏真っ盛りのテイストだったものが、もう秋の食材やデザインへ変わっていた。
料理人たちが言うには、もうしばらく経てば、クリームやバターをふんだんに使った食べ物へ一斉に変わるという。
帰宅してから情報を見直し、各々方向性を定めた。そしてアナベルはクッキーを、イーサンは葉の形のスポンジケーキを作ることになったのだ。
アイザックは二人に教えつつ、自身の担当料理も作っていく。
イーサンも手際良く仕上げていた。驚くほど手馴れている。学園では年に2度ほど調理実習があるが、彼とは同じクラスになったこともないため知らなかった。手先が器用なことは重々承知していたが。やはり長い付き合いであっても、まだ知らないことがあるのだ。アナベルはバターをクリーム状になるまで混ぜる作業に苦戦しながら思いを馳せる。これからもっと知り合っていける、それを楽しみにできる存在がいるのは大変嬉しいものだと、なんとか柔らかくなるまで必死に腕を動かす。
ようやくクリーム状になった時には、既に大仕事をやり遂げた充実感に満たされていた。
他の食材を入れて混ぜ合わせ、生地をまとめる。棒で伸ばして冷やしてからの型抜きは、スタンプをたくさん押しているようで特に楽しかった。
完成が待ち遠しくて、生地を焼いている間、アナベルはお手伝いをしながらも時々オーブンの前を覗き込んでしまう。そんな姿を、料理人たちは微笑ましく顔をゆるめながら、己の仕事に手を抜かずに取り組んでいる。
焼き上がったクッキーを、手作りの特権だからと、出来立てのうちに1つ摘む。それは指が痺れるほど熱く、慌てて口の中に放り込む。必死に空気を取り入れて熱を逃がす。舌が火傷する一歩手前であったが、その出来はーアイザックに手伝ってもらったとはいえー自分で作ったとは思えないほど美味しい。
イーサンのスポンジケーキも美しい黄金色に焼かれている。上に、溶かした砂糖をかける。白く染まる様子は、まるで雪が降り積もった山のような美しさがあった。
夕方になり、出来上がった品々をバスケットに詰め、庭にシーツや荷物を広げれば、ピクニックの始まりだ。
いくつものキャンドルを灯せば、ポツリポツリと光が集まり雰囲気が増す。
「おいしい……!」
「うん。初めてと思えないほど、良い出来だ」
クッキーは嬉しいことに好評であった。レシピはアイザックが考えてくれたが、アナベルのアイデアで加えたジャムが味のアクセントになっている。
「ね、また手持ち花火を用意して貰ったのよ。後でやりましょう?」
「いいですね」
「やりたいです」
後ろで花火を広げるソフィアたち。前回のバーベキューでは見なかった、細いものから謎の生き物の紙あしらいが付いたものもある。レティシアの面白そうな提案に乗れば、灯など不要なほど輝かしい笑顔が返される。隣に座るデービッドがタイミング良くサングラスを掛けた。夜会後から明るさの増した妻の神々しさへの応急処置だ。
これからさらに磨きがかかりそうな雰囲気に、本格的に夜用のサングラスを検討している。
アナベルは自分で作ったクッキーを摘み、眺める。
まだ時間に余裕があった頃。稀にバーンズ家でも料理の下準備に混ぜさせて貰っていたのを思い出した。自分でもほっぺたが落ちるようなお菓子や料理を作れるならいいなと夢見ていた。そんな時間も、いつしか忘れてしまっていた。
サクリと食べ、その美味しさに思わず笑ってしまう。
(帰ったら作ろう)
大惨事にならない保証はないが、家でもこの味を再現できたら素敵だと思える。家に帰ったらパオロ(バーンズ家の厨房責任者)にお願いしてみようとアナベルは決めた。
イーサンが作った葉の形のパウンドケーキは、スポンジはしっとりしていて、中には無花果が入っていた。見た目と味わいに秋らしさを感じられる、これもずっと食べていたくなるほど美味しい。
他にも料理人たちが作ってくれたオードブル、サンドウィッチやスコーンなどの多種多様なパン類、スープ。
隣に座るイーサンが、空を見上げていた。アナベルも顔を向けた。
数えきれないほどの星が輝いている。あれは何の星か、どの星座かを指差しながら、空をなぞる。
(なんて)
「綺麗だね」
風が吹き抜ける。温い風の中に、ほんのすこし、微かだが涼しさを感じた。
もうすぐそこまで、秋が来ているようだ。
一抹の寂しさを感じるのは、この夏が本当に楽しかったから。目を閉じれば、脳裏に鮮やかに描き出される。
だが寂しさを感じる必要などない。
辺りを見渡せば、その確証が広がっている。
何より胸に手を当てれば、誰よりも未来を楽しみにしている自分がいる。
「綺麗ね」
だから今は、その寂しさごと包み込んで。
見上げるこの時間を過ごそう。
夜が明けて朝が来れば、荷物を纏める日。
夏の思い出を沢山抱えて、明後日王都へと帰るのだから。
アイザックから教えられながら、アナベルとイーサンは、キッチンの一角でお菓子づくり。動きやすい服装に髪型、お揃いのエプロンを身につけて作業に取り掛かる。
二人の周りでは他の料理人たちが、今夜行われる催しに向けて、精を出していた。
今夜は中庭にシーツを広げ、星空を見る夜間ピクニックだ。
そこでアナベルとイーサンは、ピクニックで出すお茶菓子の準備を手伝うこと、それがアイザックから頼まれたお手伝いである。
昨日は構想を得るためにグルメ巡りをした。イーサンと料理人たち全員、さらにカイやタイスも一緒のお出かけだ。今回はスイーツだけでなく、フードもである。あんなに大人数で、また賑やかなお出かけは初めてだ。
休みが始まった最初の週は、夏真っ盛りのテイストだったものが、もう秋の食材やデザインへ変わっていた。
料理人たちが言うには、もうしばらく経てば、クリームやバターをふんだんに使った食べ物へ一斉に変わるという。
帰宅してから情報を見直し、各々方向性を定めた。そしてアナベルはクッキーを、イーサンは葉の形のスポンジケーキを作ることになったのだ。
アイザックは二人に教えつつ、自身の担当料理も作っていく。
イーサンも手際良く仕上げていた。驚くほど手馴れている。学園では年に2度ほど調理実習があるが、彼とは同じクラスになったこともないため知らなかった。手先が器用なことは重々承知していたが。やはり長い付き合いであっても、まだ知らないことがあるのだ。アナベルはバターをクリーム状になるまで混ぜる作業に苦戦しながら思いを馳せる。これからもっと知り合っていける、それを楽しみにできる存在がいるのは大変嬉しいものだと、なんとか柔らかくなるまで必死に腕を動かす。
ようやくクリーム状になった時には、既に大仕事をやり遂げた充実感に満たされていた。
他の食材を入れて混ぜ合わせ、生地をまとめる。棒で伸ばして冷やしてからの型抜きは、スタンプをたくさん押しているようで特に楽しかった。
完成が待ち遠しくて、生地を焼いている間、アナベルはお手伝いをしながらも時々オーブンの前を覗き込んでしまう。そんな姿を、料理人たちは微笑ましく顔をゆるめながら、己の仕事に手を抜かずに取り組んでいる。
焼き上がったクッキーを、手作りの特権だからと、出来立てのうちに1つ摘む。それは指が痺れるほど熱く、慌てて口の中に放り込む。必死に空気を取り入れて熱を逃がす。舌が火傷する一歩手前であったが、その出来はーアイザックに手伝ってもらったとはいえー自分で作ったとは思えないほど美味しい。
イーサンのスポンジケーキも美しい黄金色に焼かれている。上に、溶かした砂糖をかける。白く染まる様子は、まるで雪が降り積もった山のような美しさがあった。
夕方になり、出来上がった品々をバスケットに詰め、庭にシーツや荷物を広げれば、ピクニックの始まりだ。
いくつものキャンドルを灯せば、ポツリポツリと光が集まり雰囲気が増す。
「おいしい……!」
「うん。初めてと思えないほど、良い出来だ」
クッキーは嬉しいことに好評であった。レシピはアイザックが考えてくれたが、アナベルのアイデアで加えたジャムが味のアクセントになっている。
「ね、また手持ち花火を用意して貰ったのよ。後でやりましょう?」
「いいですね」
「やりたいです」
後ろで花火を広げるソフィアたち。前回のバーベキューでは見なかった、細いものから謎の生き物の紙あしらいが付いたものもある。レティシアの面白そうな提案に乗れば、灯など不要なほど輝かしい笑顔が返される。隣に座るデービッドがタイミング良くサングラスを掛けた。夜会後から明るさの増した妻の神々しさへの応急処置だ。
これからさらに磨きがかかりそうな雰囲気に、本格的に夜用のサングラスを検討している。
アナベルは自分で作ったクッキーを摘み、眺める。
まだ時間に余裕があった頃。稀にバーンズ家でも料理の下準備に混ぜさせて貰っていたのを思い出した。自分でもほっぺたが落ちるようなお菓子や料理を作れるならいいなと夢見ていた。そんな時間も、いつしか忘れてしまっていた。
サクリと食べ、その美味しさに思わず笑ってしまう。
(帰ったら作ろう)
大惨事にならない保証はないが、家でもこの味を再現できたら素敵だと思える。家に帰ったらパオロ(バーンズ家の厨房責任者)にお願いしてみようとアナベルは決めた。
イーサンが作った葉の形のパウンドケーキは、スポンジはしっとりしていて、中には無花果が入っていた。見た目と味わいに秋らしさを感じられる、これもずっと食べていたくなるほど美味しい。
他にも料理人たちが作ってくれたオードブル、サンドウィッチやスコーンなどの多種多様なパン類、スープ。
隣に座るイーサンが、空を見上げていた。アナベルも顔を向けた。
数えきれないほどの星が輝いている。あれは何の星か、どの星座かを指差しながら、空をなぞる。
(なんて)
「綺麗だね」
風が吹き抜ける。温い風の中に、ほんのすこし、微かだが涼しさを感じた。
もうすぐそこまで、秋が来ているようだ。
一抹の寂しさを感じるのは、この夏が本当に楽しかったから。目を閉じれば、脳裏に鮮やかに描き出される。
だが寂しさを感じる必要などない。
辺りを見渡せば、その確証が広がっている。
何より胸に手を当てれば、誰よりも未来を楽しみにしている自分がいる。
「綺麗ね」
だから今は、その寂しさごと包み込んで。
見上げるこの時間を過ごそう。
夜が明けて朝が来れば、荷物を纏める日。
夏の思い出を沢山抱えて、明後日王都へと帰るのだから。

