賑やかだった一日も、家族が帰宅すれば一層静かに感じる。
昨日はローラの友人である大学教授の元へ出かけ、大学の見学に赴いた。夜はアナベルの妹たちへの絵本の読み聞かせ大会を開いた。彼らが帰るときは、また集まろう、会おうと温かい言葉を交わし別れた。奇跡の新聞と充実した時間をお土産に、家族は屋敷へと戻っていった。
家族を見送った後、執事筆頭のナルシスより『お手伝い』の申し出があった。
キャンベル家の領地に関する詳細を教えてもらう座学である。二日間という短い時間の中で、学べることなどほんの一角でしかないが、ナルシスは要点を適切に、的確にアナベルに教授した。
ナルシスは単なる執事筆頭ではない。デービッドから事業の一つを任せられた社長でもある。今は息子のレイモンドもサポートしているが、未だ現役。さらにキャンベル家の次期当主であるイーサンの指導者の一人でもあり、彼を度々しごいているという話はよく聞いていた。アナベルもみっちり授業を受けた。たった二日にもかかわらず、終わりを迎えた時にはどっぷりとした疲労感に襲われる。
「お疲れ様でしたアナベル様」
「こちらこそ。イーサンや侯爵ご夫妻からお話を伺ってはいましたが、もっと深く知りたいと思っていました。とてもわかりやすかったわ」
「アナベル様でしたら、次回はさらに内容を深めても問題ないでしょう」
教えた側の彼も疲れているはずだが、まだ余裕が伺える振る舞いだ。これが長年キャンベル侯爵家で働き、デービッドの片腕として、人生の濁流に揉まれてきた人である証拠だ。
アナベルはまた機会をもらえることが、嬉しかった。色々と知りたいことが、教えてもらいたいことが存分にある。
疲れていてもやる気を見せるアナベルに、ナルシスも至極満足そうに微笑んだ。
勉強道具を片付ける間、アナベルはナルシスに夏の思い出を聞いてみた。今年でも昔でも、何か深く記憶に残っていることは何か。彼とも時間が合わず、あまり話をできていなかったのを、惜しく思っていたところだった。
「そうですね。息子の宿題の方が難しかったですね」
執事見らないの息子でもあるレイモンドの学校での夏休みの宿題。途中から大人の方が本気になるのだと。虫の観察日記も、工作も。ナルシスの妻の本気に感化され、キャンベル屋敷の人も手伝うために自由研究は毎回壮大なものになった、と彼は穏やかに笑う。懐かしさに優しい顔つきは父親のものである。
扉がノックされナルシスが応えれば、イーサンとレイモンドであった。勉強後の脳へのご褒美、つまり甘いものを食べようと誘いに来てくれたのだ。
レティシアとデービッドは、婦人会会長のお屋敷で開かれるお茶会に誘われて外出中だ。二人で冷たいデザートを食べながら、キャンベル家での勉強の話から、昔の宿題について思い出話に話を咲かせていた。
夏休みの宿題、その単語にレイモンドは果てを見つめるほど遠い目をした。比較的歳の近い彼はイーサンの話し相手として、よく屋敷に出入りしていた。心優しく、面白いことが好きなキャンベル家族も、仲間も何かと手伝ってくれたが、身の丈以上の出来栄えに学校では注目を浴びていた。毎夏、楽しみでありながらも恐縮してしまう思い出であった、と彼は語る。
宿題を手伝った1人であるイーサンは急にデザートを口に運び皿を空にすると、立ち上がった。
「久しぶりに遊んでもいいかな? 懐かしくなってきた」
物を用意すると、レイモンドを連れイーサンは席を離れる。何か手伝うか聞けば、楽しみに待っていて欲しいと言われ大人しく、アナベルはゆっくりとおかわりしたデザートを堪能しながら待つ。
三十分経って彼が抱えてきたのは紙や端材、さらには糸、色鉛筆やビーズ、接着剤にやすり。透明なガラスケースもある。
地面にシートを引き、工作の時間だ。床の方が楽しみが増すのだと言うイーサンに対し、レイモンドは困った顔を浮かべている。イーサンの主張には個人差があるようだが、アナベルも彼倣うことにする。学園では習わなかった遊び方に、ワクワクが止まらない。大きな紙を縦に半分に、さらに横に四等分に折る。真ん中に切り込みを入れ簡単な絵本型を作る。端材を繋ぎ、形を作る。アクセサリーをつくる。紐を組み合わせて模様を編んだり、光り物をケースに入れる。上下逆さにすればピカピカと光る。
イーサンは実に器用に制作する。慣れた手つきだ。
「こうしてみんなと遊んだんだ」
屋敷に篭りがちだった頃、外で遊ぶのは本当に特別だった。だから動物園や美術館、森の探索や庭遊びすらイーサンにとっては宝島であった。
普段は本を読み、日記をつけ、あとは体操をしたり。石鹸を作ってみたり、虫眼鏡で地図を作ったり。
「イーサン様は昔から器用でしたね」
ビーズに糸を通そうと苦戦するレイモンドの横で、すんなりと小さな穴に細い糸を通している。
「色々教えてくれたからじゃないか」
イーサンとレイモンドの付き合いはアナベルよりも長い。イーサン三歳、レイモンド八歳の出会いだ。年が近いと言う理由だけで引き合わされた。イーサンたちキャンベル家が保養地区に引っ越すと聞いた時は、当然付いて行くと考えていた。
「苦労はそれなりにありました。こればかりは嘘は言いません。それでも、それ以上の体験をさせていただきました。新しい友人とも出会えましたし、私はキャンベル家が好きですよ」
成長してから早起きしたり、逆に遅くまで起きてみたり。
「この間も思ったけど、まだまだ私、知らないことが多いわね」
「これから嫌と言うほど知って行きますよ。隠さなければ、ですが」
いつの間にか輪に混ざり、紙一枚で竜を作ってみせるポーラを横目に、イーサンは顔をしかめる。
「うん、色々話すよ。アナベルもたくさん話しよう」
くだらないことから、大変なことまで。
「えぇ」
興が乗り出来上がった作品は、中央へ持ち帰り飾ることにした。
「後少しで夏休みも終わりか」
「そうね」
あと数日で夏休みが終わる。充実、以上。過去1番詰まった思い出ばかり。あとやり残したことなど……。
「こわい話ですよぉ」
「え?」
✴︎
夏といえばホラーなどと、誰の言葉か。
「それはDNAに刻まれた、先人たちからの伝達です」
熱く語る。ふと思い出したバーベキューの会話を口にした結果、ひっそり準備していたナナが主導権を握った。蝋燭を灯した暗い部屋で、こわい話大会が開かれた。我ぞ、と名乗りをあげた人が怖い話をする。笑えるものから肝が冷えるまで色々であった。
隣で聞いていたイーサンと、時々悲鳴を上げながら、恐怖を楽しむ。
大陸で怪異迷宮を専門で片付ける探偵の話が、アナベルにはお気に入りだ。イーサンは幽霊系の話が気に入ったようだ。
怖い話を百話話すと厄介なことになると、怪談会は九十九話で打ち切られた。
たっぷり深夜を迎えた屋敷の雰囲気は変わったように感じられたという。
(これ、目が覚めたら全て幻だった、なんて嫌な話よね)
アナベルは宝石、そして馬の蹄鉄を枕元に置き、それらを守るように人形を置いた。これで何があっても大丈夫。
良い夢が見られますようにと、アナベルは眠りについた。
「さぁ! アナベル様! イーサン様! お手伝いをお願いします!」
目が覚めればいつも通り。元気な声が屋敷中に響き渡る。
サイドハウス・ノアでの夏休みも後少しで終わりを迎えようとしている中、アイザックたち料理人らのお手伝いが始まった。
昨日はローラの友人である大学教授の元へ出かけ、大学の見学に赴いた。夜はアナベルの妹たちへの絵本の読み聞かせ大会を開いた。彼らが帰るときは、また集まろう、会おうと温かい言葉を交わし別れた。奇跡の新聞と充実した時間をお土産に、家族は屋敷へと戻っていった。
家族を見送った後、執事筆頭のナルシスより『お手伝い』の申し出があった。
キャンベル家の領地に関する詳細を教えてもらう座学である。二日間という短い時間の中で、学べることなどほんの一角でしかないが、ナルシスは要点を適切に、的確にアナベルに教授した。
ナルシスは単なる執事筆頭ではない。デービッドから事業の一つを任せられた社長でもある。今は息子のレイモンドもサポートしているが、未だ現役。さらにキャンベル家の次期当主であるイーサンの指導者の一人でもあり、彼を度々しごいているという話はよく聞いていた。アナベルもみっちり授業を受けた。たった二日にもかかわらず、終わりを迎えた時にはどっぷりとした疲労感に襲われる。
「お疲れ様でしたアナベル様」
「こちらこそ。イーサンや侯爵ご夫妻からお話を伺ってはいましたが、もっと深く知りたいと思っていました。とてもわかりやすかったわ」
「アナベル様でしたら、次回はさらに内容を深めても問題ないでしょう」
教えた側の彼も疲れているはずだが、まだ余裕が伺える振る舞いだ。これが長年キャンベル侯爵家で働き、デービッドの片腕として、人生の濁流に揉まれてきた人である証拠だ。
アナベルはまた機会をもらえることが、嬉しかった。色々と知りたいことが、教えてもらいたいことが存分にある。
疲れていてもやる気を見せるアナベルに、ナルシスも至極満足そうに微笑んだ。
勉強道具を片付ける間、アナベルはナルシスに夏の思い出を聞いてみた。今年でも昔でも、何か深く記憶に残っていることは何か。彼とも時間が合わず、あまり話をできていなかったのを、惜しく思っていたところだった。
「そうですね。息子の宿題の方が難しかったですね」
執事見らないの息子でもあるレイモンドの学校での夏休みの宿題。途中から大人の方が本気になるのだと。虫の観察日記も、工作も。ナルシスの妻の本気に感化され、キャンベル屋敷の人も手伝うために自由研究は毎回壮大なものになった、と彼は穏やかに笑う。懐かしさに優しい顔つきは父親のものである。
扉がノックされナルシスが応えれば、イーサンとレイモンドであった。勉強後の脳へのご褒美、つまり甘いものを食べようと誘いに来てくれたのだ。
レティシアとデービッドは、婦人会会長のお屋敷で開かれるお茶会に誘われて外出中だ。二人で冷たいデザートを食べながら、キャンベル家での勉強の話から、昔の宿題について思い出話に話を咲かせていた。
夏休みの宿題、その単語にレイモンドは果てを見つめるほど遠い目をした。比較的歳の近い彼はイーサンの話し相手として、よく屋敷に出入りしていた。心優しく、面白いことが好きなキャンベル家族も、仲間も何かと手伝ってくれたが、身の丈以上の出来栄えに学校では注目を浴びていた。毎夏、楽しみでありながらも恐縮してしまう思い出であった、と彼は語る。
宿題を手伝った1人であるイーサンは急にデザートを口に運び皿を空にすると、立ち上がった。
「久しぶりに遊んでもいいかな? 懐かしくなってきた」
物を用意すると、レイモンドを連れイーサンは席を離れる。何か手伝うか聞けば、楽しみに待っていて欲しいと言われ大人しく、アナベルはゆっくりとおかわりしたデザートを堪能しながら待つ。
三十分経って彼が抱えてきたのは紙や端材、さらには糸、色鉛筆やビーズ、接着剤にやすり。透明なガラスケースもある。
地面にシートを引き、工作の時間だ。床の方が楽しみが増すのだと言うイーサンに対し、レイモンドは困った顔を浮かべている。イーサンの主張には個人差があるようだが、アナベルも彼倣うことにする。学園では習わなかった遊び方に、ワクワクが止まらない。大きな紙を縦に半分に、さらに横に四等分に折る。真ん中に切り込みを入れ簡単な絵本型を作る。端材を繋ぎ、形を作る。アクセサリーをつくる。紐を組み合わせて模様を編んだり、光り物をケースに入れる。上下逆さにすればピカピカと光る。
イーサンは実に器用に制作する。慣れた手つきだ。
「こうしてみんなと遊んだんだ」
屋敷に篭りがちだった頃、外で遊ぶのは本当に特別だった。だから動物園や美術館、森の探索や庭遊びすらイーサンにとっては宝島であった。
普段は本を読み、日記をつけ、あとは体操をしたり。石鹸を作ってみたり、虫眼鏡で地図を作ったり。
「イーサン様は昔から器用でしたね」
ビーズに糸を通そうと苦戦するレイモンドの横で、すんなりと小さな穴に細い糸を通している。
「色々教えてくれたからじゃないか」
イーサンとレイモンドの付き合いはアナベルよりも長い。イーサン三歳、レイモンド八歳の出会いだ。年が近いと言う理由だけで引き合わされた。イーサンたちキャンベル家が保養地区に引っ越すと聞いた時は、当然付いて行くと考えていた。
「苦労はそれなりにありました。こればかりは嘘は言いません。それでも、それ以上の体験をさせていただきました。新しい友人とも出会えましたし、私はキャンベル家が好きですよ」
成長してから早起きしたり、逆に遅くまで起きてみたり。
「この間も思ったけど、まだまだ私、知らないことが多いわね」
「これから嫌と言うほど知って行きますよ。隠さなければ、ですが」
いつの間にか輪に混ざり、紙一枚で竜を作ってみせるポーラを横目に、イーサンは顔をしかめる。
「うん、色々話すよ。アナベルもたくさん話しよう」
くだらないことから、大変なことまで。
「えぇ」
興が乗り出来上がった作品は、中央へ持ち帰り飾ることにした。
「後少しで夏休みも終わりか」
「そうね」
あと数日で夏休みが終わる。充実、以上。過去1番詰まった思い出ばかり。あとやり残したことなど……。
「こわい話ですよぉ」
「え?」
✴︎
夏といえばホラーなどと、誰の言葉か。
「それはDNAに刻まれた、先人たちからの伝達です」
熱く語る。ふと思い出したバーベキューの会話を口にした結果、ひっそり準備していたナナが主導権を握った。蝋燭を灯した暗い部屋で、こわい話大会が開かれた。我ぞ、と名乗りをあげた人が怖い話をする。笑えるものから肝が冷えるまで色々であった。
隣で聞いていたイーサンと、時々悲鳴を上げながら、恐怖を楽しむ。
大陸で怪異迷宮を専門で片付ける探偵の話が、アナベルにはお気に入りだ。イーサンは幽霊系の話が気に入ったようだ。
怖い話を百話話すと厄介なことになると、怪談会は九十九話で打ち切られた。
たっぷり深夜を迎えた屋敷の雰囲気は変わったように感じられたという。
(これ、目が覚めたら全て幻だった、なんて嫌な話よね)
アナベルは宝石、そして馬の蹄鉄を枕元に置き、それらを守るように人形を置いた。これで何があっても大丈夫。
良い夢が見られますようにと、アナベルは眠りについた。
「さぁ! アナベル様! イーサン様! お手伝いをお願いします!」
目が覚めればいつも通り。元気な声が屋敷中に響き渡る。
サイドハウス・ノアでの夏休みも後少しで終わりを迎えようとしている中、アイザックたち料理人らのお手伝いが始まった。

