レディ・クロックの夏休み〜働き者の令嬢は、婚約破棄により「お休み」いたします?!〜

 今日は主役が交代である。
 日中を燦々と照らす天体が本領を発揮する、晴れやかで気持ちのいい日であった。夏の暑さもなかなかのものだが、明るさの権化であるレティシアの誕生を祝うのには最も相応しい。
 各々が手に飲み物を持ち、グラスを掲げる。

「レティシア、おめでとう!」

「レティシア様、おめでとうございます!」

「レティシアちゃん、おめでとう!」

 四十二歳となった貴婦人の誕生日会に招待された客の9割は、昨日の夜会にも出席していたが、皆元気この上ない様子だ。
 なにより主役のレティシアこそ、かつてないほど上機嫌だ。義母から贈られたレースのワンピースドレスに、胸元には夫から贈られたブローチを身につけ、どこにいくにも可愛いアナベルを連れて回る。その後ろをイーサンが追いかけ、はしゃぐあまりに三人が怪我をしないか心配するデービッドが後をついて回る。

 まるでアヒルの親子のよう。

 レティシアが輝きを振り回すために、全員その眩しさに目を細めながら祝いの言葉を贈る。ノエは慣れた様子でサングラスをかけている。
 会場では話を弾ませる母親の横で、ビジューとミラたちが完全に意気投合し遊びに行く予定を立て、チャーリーはイーサンの祖父たちに捕まっている。
アリアンヌはレティシアの友人たちから、同級生の子息にマラソンに勝ち、テニスの試合で優勝したなど、何度も聞いたレティシアの武勇伝に胸を熱くする。
 その側では、夫と息子たちが従業員たちと近況を話し、仕事のアイデアを膨らませる。
 ノエは相変わらず気ままに酒や料理を堪能するなど、思い思いに会を楽しんで過ごしていた。
 ゲームの余興も交え、オードブルだけでなく甘美な巨大なホールケーキを分け合う。

 レティシアは狭くはない会場を隅々まで、己が主役の会を謳歌している。
 パーティーは成功と言える。あれだけ喜んでいる姿を見れば、企画準備した側とすれば嬉しい限りだ。
 レティシアとイーサンが談話する様子を眺めていたデービッドは、少し離れた場所で笑みを浮かべるアナベルに声をかけた。

「レティシア様が心から楽しんでいるのが嬉しくて」

「うん。それは本当にそうだね」

 アナベルが優しく緩む表情に、デービッドは随分馴染んで来ているとそっと安堵する。夏休みの始まりは「まだ気難しい様子だ」と、妻からの手紙には書かれていた。
 仕事の都合でサイドハウス・ノアでの休暇には途中参加だったが、その時もまだ少ししこりが残っていた。
 それも、随分柔らかくなった。今朝も自分たちが大きく載った新聞に目を丸め、どう扱えばわからないながらも表情を緩ませていた。彼女がこれからどう生きるかは、わからない。予期せぬ方向へ飛んでいくかもしれない。しかしどうなっても、アナベルはアナベル。どこへ飛んでゆこうとも、彼女はその力で羽ばたいていく。そして息子も。人生の交わりとは、そういうものだ。悪友の言葉を借りれば、近くで眺めていけるのは面白い。

「改めてありがとう。プレゼント、心底喜んでくれたよ」

「はい! お力になれ、喜びに参加できたならとても嬉しいです。見ているこちらこそ嬉しくなる反応でしたね」

 思い出したのかアナベルの表情は大きく破顔する。口元を押さえても隠せない喜びに、デービッドも同意を示す。本当に気持ちの良いほど、レティシアは贈られたプレゼントを喜び受け取ってくれた。暗い服を着て毎日落ち込んでいた過去など忘れたように、毎日彼女らしく過ごしている。
 それは間違いなく、アナベルのおかげでもある。

 わいわいと盛り上がりをみせる会場。そこで過ごす大切な人たち。どんな財貨も宝石も価値が無いと断言できる素晴らしい光景だ。眩しさにデービッドは目を細める。

「毎日思うよ。自分がここに立っていられるのは奇跡のようだと」

 アナベルは少し顔を上げ、隣に立つ未来の義理父を見つめる。彼が何を思い発言しているのか伺えるかと思ったが、ただ懐かしそうに周囲を見つめるだけで、それ以上は分からなかった。

「デービッド様は、今が信じられない、のですか?」

 すると立派な口髭の下にある口元が弧を描いた。普段家族のこと以外では滅多に表情を崩さない彼にしては珍しい反応で、アナベルは思わず固まってしまうも、何を思っているのか、興味もそそられる。

「少し昔話に付き合ってくれるかい?」

 そんな、息子の長年の想い人兼婚約者で、妻の大好きな娘の好奇心などお見通しの男は、ここで初めてある出来事を話し始める。


✴︎


 デービッド・キャンベルは昔から頭の巡りは良かった。貴族だろうが専門家だろうが、大学の教授だろうが、大人の会話に難なく混じれ弁説でも負けなかった。
 まあ簡単に言えば聡い子であった。故に自分が周りとは違うのだと理解していた。あまりにもよく物を知り、理解が早すぎるために、大人でも彼に引け目を感じるほどだった。子供であれば、あまりに規格の違いに関わり方が分からず避けた。関わるのは家族か、使用人たち、一人の悪友。
 本人にとって数少ない人付き合いには別に問題なかったが、今後家族に迷惑がかかるのは避けるべきだとは考えた。キャンベル家は皆、デービッドが変わっている子であると一番理解していたが変わりなく愛を注いでいたからこそ、彼は悩むことにした。
 可愛げがない子供、その親は周囲と付き合いにくいのではないか。生まれたばかりの妹も友人との付き合いに支障が出るのではないか。

 ならば、普通がいいのか?

 デービッドは”普通”の子供のように振る舞った。今から三十六年前のことだ。周りに気を使い、柔かに過ごしてみたデービッド少年。子供らしく指をさして物を尋ね、転んで泣いてみせ、無邪気を絶やさなかった。

 すると黒服に身を包んだ紳士に、突然辛辣な言葉を送られた。

『化け物が人真似事とは醜い。しかしそれも生きる術ならばしょうがない。真似で残りの時間を嘘に費やすか、人に理解されないながらに己の大事なものと生きるか。選ぶんだな』

 なんてことを言う紳士か。そんなことを年端もない子に言うものか。
 その発言は失礼なものであったが、デービッドの心には深く刺さった。少年は半日悩んで、元に戻ることにした。
 可愛げがなかろうが子供らしさが無くとも、自分は自分だと。
 聡い子であったから、自分の限界を早々に理解していた。結果、得体が知れなくともデービッドに信用を置いた人々が集まり、デービッド本人も未だに信じられないが大切な彼女と、さらに息子と出会えた。
 乗り越えるには厳しい時期もあったが、実に充実して楽しく、面白愉快な毎日を送れている。
 もしあのまま偽って過ごしていたら、どうなっていたか。
 考えたくもないと、デービッドは珍しくその思考を放棄していた。考えるだけでおぞましいのだ。ならば考える時間の分、目の前の大切な物を思い行動する時間に費やすべきだ。


 つまり。
 あの失礼な紳士のおかげで、己の道を踏み外さずに済んだわけだ。





 デービッドの細やかな思い出はそこで終わり。
 なんとも感想に困る話であるが。デービッドは少し伏せていた目線を上げ横に移せば、アナベルは言葉を失っていた。それはそうだろう。デービッドは彼女の反応に己の抱いてきた疑問は間違っていなかったと確信する。彼女にも聞き覚えがあるはずだ。デービッドを元の道に戻すきっかけとなった、失礼な紳士の物言いに。借金を背負わされ、家族のための選択を選ぼうとした部下のパーキングの前に姿を現し、言い放ったらしいヘンリーの言葉と同じだと。

 かの紳士は息を潜めていた。カフェでコーヒーを嗜んでいると言うのに、新聞を盾に周囲を見渡す鋭い目つき。厳しく彫り深い、苦労の刻まれた手。力強い声音。深く帽子をかぶり、顔を見せないようにしていたが、一度遠くでその姿を見たことがあった。デービッドは直接会ったことはなかったが、華やかな貴族社会では印象に強く残る男であった。パーティーで他の出席者たちに『成金が貴族に舞い戻ってきた』と揶揄されながら、堂々と振る舞うバーンズ伯爵。

 しばらく唖然とし、口元を隠すアナベル。ポツリと呟かれたのは「まさか。祖父が?」と話を信じられない、いや、あり得ないと言いたげな様子である。デービッドも深く頷いた。

「うん。その反応はもっともだ」

 ヘンリー・バーンズはオマケが出るほどの愛想もよく無く、家の再興に奮起する彼が他人を慮る暇があったとは思えない。そんな彼が、関わりのない見ず知らずの子供に親切にする謂れがない。公爵家の子息だったのが理由ならば、それをきっかけにキャンベル家に縁を結べばいいものを、彼は以降関わろうとしなかった。昔からキャンベル家とバーンズ家には縁があった、運命だ、なんて簡単に説明してはいけない何かがある。
 デービッドもずっと考えていた。ヘンリーがデービッドにおせっかいを焼くに至る”何かがあった”に違いないと。

「その理由を知っているだろう人は亡くなったからな。あの人は最後まで教えてくれなかった」

 面白そうに微笑んだあの人。しわくちゃの手でデービッドの頭を撫でた人は、未来を見れないのが残念だと言っていた。今は天への階段を上った彼は、含み笑いと意味深な言葉を残しただけだ。
 残った真実は巧妙に隠され、デービッドにとって残る最大の謎となって燻っている。解かなければ気持ちが悪い。

「だから、ご快諾してくれたのですね」

 ヘンリー探しをあっけなく受け入れられた理由が分かり、アナベルの気持ちは一層晴れ晴れとする。
 デービッドにとってヘンリーは恩人であるが、息子と彼女を潰そうとした老人は放っておけない。レティシアとてそうだ。そうならば家族皆が、そうなる。

「あと父さんたちは鬼ごっこ好きだからね。難しい相手ほど燃えるんだ」

 子供達とはしゃく父親らは、昔から難しい事こそ楽しむ性質だ。今だってレティシアの誕生日会を謳歌しながらも、既に領地の使用人に指示を出し捕まえる準備を進めている。

「あの老人は絶対にやる。痕跡を残さない人などいない。狙い続ければ追い詰めることができる」

 デービッドの疑問や誘拐事件を引き起こすまでの理由、今更アナベルを巻き込んだ理由は。それに至る、彼の過去…色んな疑問が渦巻いている。
 憶測はできる。確信はない。今明らかにせねば、彼の年齢を考えれば、答え合わせができない恐れがある。それは心底不味い。

 今回はバーンズ家、さらにはレティシアの実家も鬼側だ。彼らの人脈から、新しい追い立てができるに違いない。穴倉に潜る彼をあぶり出す。その真意ごと。さあ、逃げれるならやってみろ。
 名探偵よりも狩人の意気込みだ。

 両家の抱える謎を解き、陽の元へ!

 横から感じる熱意にアナベルも改めて決意を固め、胸の前で拳を握っている。絶対に見つけ出すのだ!

「……らしくなく昔話をしたな。今を楽しまなければな。さ、レティシアのところへ」

「アナベルちゃん! デービッドも! 皆さんもこっちへ!」

 話にも上がったイレールが元気に手を振り、参加者へもおいでと招いている。何か面白いことを思いつき巻き込むらしい。

「……悪いが、まず先に義祖父とも仲良くしてくれると嬉しい」

「はい!」

 元気に返事したアナベルは、早速彼らの元に駆けつける。デービッドは思考を切り替えるためにも1度息を吐くと、隣に立つ気配に顔を上げる。
 もう一つのプレゼントである、帽子を被る妻がいる。レースと白生地のツバ広帽子に、リボンの飾りがよく似合っている。
 母――レティシアにとっては義母であり、デービッドの実母であるローラのこと。夫であるイレールの幼馴染で5つ年上。義理の子供達にも深い愛情を見せるー一風変わった息子を深く愛してくれるレティシアを心から可愛がっている。今はセーブしているがアナベルもその内レティシア以上の歓待を受けるーから贈られたドレスと相まって、いつもの可憐さがより引き立っている。
 やはり歳に相応しい服を、なんて言わずに好きな服を、似合う服を着てほしいものだ。それにしてもいつの間にドレスなんて用意していたのか。すまし顔でイレールの横に立つ逞しき彼女に、こっそり話を聞こうとデービッドは心に決めた。
 ちなみに堂々と聞かないのは父のテンションが上がってしまい、騒ぎに発展するからである。下手すれば今の即興が可愛く見えるほどの事を起こすのがイレール・キャンベルという男だ。七十歳近いというのに、彼こそ年相応を投げ捨てて生きている存在だ。今はその相手をしなければ事あるごとに小言を言われる。全くとデービッドは肩を落としてみせるが、父を敬愛している彼に付き合わない選択肢はないのだが。

「さ、あなた?」

「うん」

 手を差し伸べれば、彼女の手が重なる。何度も触れてきても、手袋越しにその細さと温もりを感じるたびに感慨深くなる。

「逃しやしませんよ。今度こそ。私も伺いたいことがあるもの。皆んなで引っ捕らえるわよ」

 距離はあったはずだが、話を聞かれていたのか。それとも考えることなどお見通しなのか。
 まあ今はそんなことはいい。大事なことは、目的は定まっていること。
そして誕生日を祝うことだ。

「あぁ。まずはゲームへと興じようか」

「えぇ! さ、今度は何を考えたのかしらね。やりがいがあるといいわぁ!」

 デービッドのエスコートに、レティシアはしっかりと腕を組み、共に大好きな彼らの元へと向かう。





 イレールの提案に巻き込まれ、参加者はなかなか難しい即興のゲームに巻き込まれる。巨大なすごろくゲームが、ポーラの簡易魔法で難易度が上がっている。

「見た目よりも難易度は簡単だそ!」

 イレールは胸を張って言い切るが、思っていたよりも本気の即興だ。これは秘密裏に企画していたな、とイーサンもデービッドも忌々しそうに黙って眉間にしわを寄せる。パーティーの参加者も苦笑を浮かべながら、ゲームに取り掛かる。無茶振りに慣れた様子のローラとレティシア、さらにはアナベルも黙々と取り組んでいる。実に颯爽と笑顔と行動力で乗り越えていく。暑さにも負けぬ接戦で、1番にクリアしたのは、今日の主役のレティシアだ。
 ゴールと共に、高らかに宣言した。

「皆様のおかげで、また一年楽しく過ごせそうです。加えて楽しさも倍増!こ れからもどうかよろしくね!」

 まるで第二の燃える天体だ。彼らは彼女に、最大の拍手で改めて祝福を贈ったのだった。

 舌もほっぺたも心もとろけてしまいそうなほど美味なバースデーケーキー今年はレモンをベースにした、なんとも大きな三段重ねのフラワーケーキだ。食べられる生花と、砂糖やチョコレートで作られたお菓子の花との違いを見つける面白さに食感の違いを楽しめ、スポンジとあっさりクリームーの塩梅が絶妙な一品。もう一カット食べたくなっても大丈夫。だってそれを見越した三段重ねなのだからーを食べ終え、トランプゲームを興じて、笑い声で溢れながら誕生日会は夕方締められたのだった。