アナベルはレティシアの元に足を運んだ。彼女に見てほしいものがあったからだ。ソフィアから、温室で植物の手入れをしていると教えてもらった。日課の邪魔をするのは悪いと思ったが、侍女は折角だから伺って欲しいと言う。
「アナベル様とゆっくりお話をしたいと常々話されておりましたから」
そう言われてしまったら、行かざるおえない。アナベルは彼女元へと足を運ぶことにした。
「あら! アナベル、どうしたの?」
「ソフィアにこちらにいると。日課が終わられた後に少しお時間いただいてもよろしいでしょうか」
アナベルを認めると、コロンと可愛らしい笑顔で迎えてくれた。まだ少し時間がかかると言うので、先にアナベルの要件を聞くと言ってくれたが、急にお願いしに来たのはアナベルの方だ。先に日課を優先してほしいとレティシアに伝えた。
「あらそう? じゃあ言葉に甘えちゃうわね。ありがとう」
彼女は再び植物と向き合う。一つずつ丁寧に植物を観察し、水を与え、霧吹きで潤いを足している。手伝えることはあるかと聞けば、座るよう促されてアナベルはガーデンチェアに腰を下ろして作業を眺める。
「一日中話していて疲れてない? イレール様のお話っぷりは、最初私でも驚いたもの」
「皆さま楽しいお話しばかりで、全く」
「ふふ。それは良かったわ」
会話を楽しんでいると、ソフィアが温かな飲み物を持ってきてくれた。ヴィハーン特製ブレンドのルボイスティーは、暑い夏でもさっぱり飲める。
昼間の賑やかさが嘘のような、静かで穏やかな時間が流れる。
アナベルは辺りを見渡す。
「素敵な温室です」
「ありがとう! ここは……サイドハウス・ノア建設当初はなかった場所なの。デービットから毎日のように植物や花が贈られてきてから、増築されたの」
過去を振り返るように、レティシアは目を細めた。
泣いて過ごす毎日に、いつの間にか増えていた。枯らすわけにもいかないと、少しずつ手入れを始めたが、その時間は気が紛れた。花が咲けば、息子の苦しい顔を綻ばせた。それが何より嬉しかった。思考が読めず不器用な夫が何を考えて贈っていたが今でも不明だが、精神が潰れなかった要因の一つだ。
「私ね、デービットと仲良くなったきっかけは、他の男性にしつこく迫られていたのを、彼に助けてもらったことなのよ…あの時、本当に怖かった」
当時、酷く手癖の悪い男がいた。厄介なことに侯爵家の親戚で、親の権力を後ろ盾に迫るのだ。抵抗しても力が及ばず、何人も酷い目にあった女性がいた。レティシアの大切な友人も、今でもトラウマになっている。
レティシアは優しく葉に触れ、霧吹きで葉や茎を濡らす。
「だからアナベルには、嫌な気持ちになってほしくなかった。……けど、貴女が苦しんでいる時のに、何もしてあげられなかったけれど」
あのロベールの顔を見る度に、本当は殴りたくて、平手を打ち込みたくてしょうがなかった。アナベルに「別れてしまえ」と言いたくなった。しかしそれは勝手な意見だ。
アナベルはそれでも努力していた。走り続けて来た。危うくも、真っ直ぐに。
ただの友人の母親に、一体何ができるか。手を貸すべきに貸す他、考えられなかった。それでも、他にももっとできたのではないか。レティシアはついつい考えてしまうのだ。
アナベルはゆっくり首を左右に振った。
「どうやっても、彼とは結ばれなかったと思います。確かにあの日々は苦しい時間でしたが、それは彼も同じ。結果的にロベールに非がある形で婚約が解消されただけです。皆さまには、本当に助けられてきました」
キャンベル家に来れば、息がしやすかった。家族とも仲良く接してくれた。色んなことを教えてくれた。何より、自分と真摯に向き合ってくれた。感謝する以外ない。
「ありがとうございます。毎日忙しい日々の中で、皆様と過ごす時間は本当に楽しいものでした。これからも、どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそアナベル。私たちを貴女の家族の一員にしてくれて、ありがとう」
慈愛に満ちた、ライトグリーンの瞳が細められた。
レティシアは最後の一鉢を確認すれば、ジョウロを片付けた。
「お待たせ! 私に見て欲しいものがあるのよね」
「はい。お疲れのところすみません、どうしても見ていただきたくて」
「なになに? すごく楽しみだわ」
るんるんと上機嫌なレティシアと、ソフィアを連れて部屋へと戻る途中、ポーラや明日の支度を手伝ってくれるメイド達にも声をかける。
大勢を引き連れ戻ると、アナベルの部屋には、彼女の母アニーがいた。そしてその隣には、白い布が掛けられた何かがある。
アナベルは母親に礼を伝え、ゆっくりと布を外す。
現れたものに驚いたレティシアたちは目を丸くし、その美しさに息を呑んだ。
「……アナベル、至高だわ。けど、いいの? 無理してない?」
恐る恐る伺うレティシアの瞳には、迷いないアナベルが立っている。
「むしろ、楽しみでしょうがないのです」
興奮しきったレティシアは、湧き立った感情のままにアナベルに抱きつく。
宝物の中身は、彼女の大切な想いの証であり、息子の母親としては非常に嬉しいものである。ぎゅうぎゅうと抱きしめられて少し苦しそうだが、アナベルも心のそこから笑っている。
「明日から楽しみすぎるわー!!」
「これは腕がなりますねぇ」
「うんとね! もう今夜寝れないかも!」
さあさあ。明日の夜会は、一体何が起こるのか。
果たしてアナベルが見せた物は何か。
それを知るには……明日になればわかる物だ。
我々も今晩は休むとしよう。
それでは皆さま、おやすみなさい。
良い夢を。
良い明日を。
「アナベル様とゆっくりお話をしたいと常々話されておりましたから」
そう言われてしまったら、行かざるおえない。アナベルは彼女元へと足を運ぶことにした。
「あら! アナベル、どうしたの?」
「ソフィアにこちらにいると。日課が終わられた後に少しお時間いただいてもよろしいでしょうか」
アナベルを認めると、コロンと可愛らしい笑顔で迎えてくれた。まだ少し時間がかかると言うので、先にアナベルの要件を聞くと言ってくれたが、急にお願いしに来たのはアナベルの方だ。先に日課を優先してほしいとレティシアに伝えた。
「あらそう? じゃあ言葉に甘えちゃうわね。ありがとう」
彼女は再び植物と向き合う。一つずつ丁寧に植物を観察し、水を与え、霧吹きで潤いを足している。手伝えることはあるかと聞けば、座るよう促されてアナベルはガーデンチェアに腰を下ろして作業を眺める。
「一日中話していて疲れてない? イレール様のお話っぷりは、最初私でも驚いたもの」
「皆さま楽しいお話しばかりで、全く」
「ふふ。それは良かったわ」
会話を楽しんでいると、ソフィアが温かな飲み物を持ってきてくれた。ヴィハーン特製ブレンドのルボイスティーは、暑い夏でもさっぱり飲める。
昼間の賑やかさが嘘のような、静かで穏やかな時間が流れる。
アナベルは辺りを見渡す。
「素敵な温室です」
「ありがとう! ここは……サイドハウス・ノア建設当初はなかった場所なの。デービットから毎日のように植物や花が贈られてきてから、増築されたの」
過去を振り返るように、レティシアは目を細めた。
泣いて過ごす毎日に、いつの間にか増えていた。枯らすわけにもいかないと、少しずつ手入れを始めたが、その時間は気が紛れた。花が咲けば、息子の苦しい顔を綻ばせた。それが何より嬉しかった。思考が読めず不器用な夫が何を考えて贈っていたが今でも不明だが、精神が潰れなかった要因の一つだ。
「私ね、デービットと仲良くなったきっかけは、他の男性にしつこく迫られていたのを、彼に助けてもらったことなのよ…あの時、本当に怖かった」
当時、酷く手癖の悪い男がいた。厄介なことに侯爵家の親戚で、親の権力を後ろ盾に迫るのだ。抵抗しても力が及ばず、何人も酷い目にあった女性がいた。レティシアの大切な友人も、今でもトラウマになっている。
レティシアは優しく葉に触れ、霧吹きで葉や茎を濡らす。
「だからアナベルには、嫌な気持ちになってほしくなかった。……けど、貴女が苦しんでいる時のに、何もしてあげられなかったけれど」
あのロベールの顔を見る度に、本当は殴りたくて、平手を打ち込みたくてしょうがなかった。アナベルに「別れてしまえ」と言いたくなった。しかしそれは勝手な意見だ。
アナベルはそれでも努力していた。走り続けて来た。危うくも、真っ直ぐに。
ただの友人の母親に、一体何ができるか。手を貸すべきに貸す他、考えられなかった。それでも、他にももっとできたのではないか。レティシアはついつい考えてしまうのだ。
アナベルはゆっくり首を左右に振った。
「どうやっても、彼とは結ばれなかったと思います。確かにあの日々は苦しい時間でしたが、それは彼も同じ。結果的にロベールに非がある形で婚約が解消されただけです。皆さまには、本当に助けられてきました」
キャンベル家に来れば、息がしやすかった。家族とも仲良く接してくれた。色んなことを教えてくれた。何より、自分と真摯に向き合ってくれた。感謝する以外ない。
「ありがとうございます。毎日忙しい日々の中で、皆様と過ごす時間は本当に楽しいものでした。これからも、どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそアナベル。私たちを貴女の家族の一員にしてくれて、ありがとう」
慈愛に満ちた、ライトグリーンの瞳が細められた。
レティシアは最後の一鉢を確認すれば、ジョウロを片付けた。
「お待たせ! 私に見て欲しいものがあるのよね」
「はい。お疲れのところすみません、どうしても見ていただきたくて」
「なになに? すごく楽しみだわ」
るんるんと上機嫌なレティシアと、ソフィアを連れて部屋へと戻る途中、ポーラや明日の支度を手伝ってくれるメイド達にも声をかける。
大勢を引き連れ戻ると、アナベルの部屋には、彼女の母アニーがいた。そしてその隣には、白い布が掛けられた何かがある。
アナベルは母親に礼を伝え、ゆっくりと布を外す。
現れたものに驚いたレティシアたちは目を丸くし、その美しさに息を呑んだ。
「……アナベル、至高だわ。けど、いいの? 無理してない?」
恐る恐る伺うレティシアの瞳には、迷いないアナベルが立っている。
「むしろ、楽しみでしょうがないのです」
興奮しきったレティシアは、湧き立った感情のままにアナベルに抱きつく。
宝物の中身は、彼女の大切な想いの証であり、息子の母親としては非常に嬉しいものである。ぎゅうぎゅうと抱きしめられて少し苦しそうだが、アナベルも心のそこから笑っている。
「明日から楽しみすぎるわー!!」
「これは腕がなりますねぇ」
「うんとね! もう今夜寝れないかも!」
さあさあ。明日の夜会は、一体何が起こるのか。
果たしてアナベルが見せた物は何か。
それを知るには……明日になればわかる物だ。
我々も今晩は休むとしよう。
それでは皆さま、おやすみなさい。
良い夢を。
良い明日を。

