明日からサイドハウス・ノアでは大きな催しが開かれる。明日の夜はパーティーを開き、明後日はレティシアの誕生日会だ。
そして今日は、というと。バーンズ家、キャンベル家、さらにはレティシアの実家の親戚が一同に集まる特別すぎる日である。
「お初にお目にかかります、ヴィクトル様」
「はい、はじめましてアナベル。さぁ、よくかおをみせておくれ」
朝も早くサイドハウス・ノアに1番に乗り込んできたのはイーサンの曽祖父、つまりデービッドの祖父であるヴィクトル・キャンベル(付き人と共に)であった。八十八歳と高齢で、足が弱り車椅子に乗ってはいるものの、今でも諸外国を巡るほど元気なおじいちゃん。家族の集まりがあればーみんなの驚く顔も見たくてーいの一番に集合する”台風おじいちゃん”。
今朝は特に早かった。
長年勤める使用人たちやデービッドでさえ予期していなかった早朝八時来訪。ひどく驚いた顔で出迎えた孫家族を見て、ひどく愉快そうにヴィクトルは笑った。
一緒に朝食を摂った後、アナベルは台風おじいちゃんの相手を任された。ヴィクトル直々に、ひ孫の最愛の婚約者とゆっくり話したいとの願いがあった。他の親戚らも通常より到着を早めてくるのではないかとイーサンたちはその対応をしている。
いつも楽しそうに笑顔を浮かべ、穏やかに話す。細身で黒いタキシードに身を包んでいる印象はイーサンを思わせるも、年齢を感じさせない根の強さと、どこか底知れない雰囲気もある。
(イーサンから聞いた通りね)
アナベルは微笑む。こうして初めて会うのが不思議なほど、親しみがある。
「長い間、貴方様の話を伺っておりました。今までお会いできず……」
「わたしもだよ、アナベル。だけどね、どんなであいにもタイミングがある」
目を細めて笑うヴィクトル。しわくちゃな顔で、優しく言った。
「いまだからいいのさ。きがじゅくした、いまだから」
書斎に通されると、ヴィクトルは早速話し始めた。かつてデービッドとレティシアの恋路をこれでもか、と押した過去を持つ彼らは、デービッドより、イーサンの想いが露呈する恐れがあるからアナベルと会うのを自重しろと言われていた。ようやくイーサンの長い恋路が叶い、彼らのテンションは最高潮に迎えている。
ようやく会える! 色んな話をしよう、聞こう!
嬉しそうなヴィクトルは、抱えていた本を大事そうに撫でた。
「アルバムもってきたの。みてくれるかい?」
それは本ではなく、イーサンの幼少期からの写真をまとめたアルバムであった。アナベルたちはヴィクトルの横に椅子を置き、腰をかける。ヴィクトルはゆっくりページを開いた。
アナベルが小さな頃、携帯できる簡易カメラが他国で発明された。
簡易カメラには二種あり、一方は魔力使いどこでも撮影できるが、使い手を選ぶもの。もう一方は精密機械で作られた機械で誰でも使えるが、撮るものの技術がないと綺麗に写せない。その上機器が大きいため、持ち運びがしにくい。アルバムの写真は後者だ。すこし写りが荒かったり、ボケたりしている。それでも見るものを笑顔にしてしまう写真。小さなイーサンが昼寝をしていたり、母親にくっついていたり、父親の背に乗ってお馬さんごっこをしていたり。他の親戚に混じり本を読んでもらっている姿など微笑ましい写真が並んでいる。
小さな写真がある中、大きな写真もあった。こちらはかなり質が良いため、おそらく専門が撮ったものだ。キャンベル家が一堂に会した家族写真。毎年一枚必ずあった。
「からだがよわかったからね。いつも、これがさいごになってしまうんじゃないかって…」
写真を撫でながら、ヴィクトルは目を細めた。生まれたばかりの、人生すら知らない子供に先立たれる不安。どれほど恐ろしかっただろうか。その瞳に、脳裏に何を思い浮かべているか、アナベルには想像もできなかった。
すっと目線が移され、隣に座るアナベルへ向けられる。その顔は本当に、穏やかで幸せを滲ませていた。
「のぞんでいた未来が、ようやく見えたよ。ふわふわで、あまえんぼうな、ひ孫だけどね。これからどうぞ、よろしくおねがいします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
ヴィクトルとイーサンとの思い出話に花を咲かせていると、バーンズ家族とマリアンヌ夫妻と三つ子の従兄弟を、イーサンが書斎に連れて来た。
てっきりアナベルやバーンズ家について聞いているとばかり思っていた曽祖父が、イーサンの個人用アルバム──家族用とは別に、彼らはそれぞれアルバムを製作している──を広げていたのは予想外であり、慌てて自身の恥ずかしい記録から遠ざけようとした。
しかしマリアンヌが「懐かしい!」とそれを見つけてしまい、あろうことか昔話を始めてアナベルの横に座ってしまった。
マリアンヌの夫であるパトリスは、好きな人の前で格好をつけたい甥の感情がわかるため、気を使い口少なであったが、従兄弟たちは好き勝手に母親の話に口を挟む。
時間が経つごとに、伯父たちも屋敷に到着し、当然話に加わっては、より場を盛り上げていく。イーサンはその度に話を変えようとしたが最後に到着した祖父母もアルバムを持ち寄ってからは、完全に止めることはできなくなった。イーサンの祖父・イレールは、一番話好きだからである。
昼食もアフタヌーンも、サンドウィッチやお菓子類を書斎へ運び、つまみながらずっと話しこむ。
談話にはバーンズ家族も加わっていたため、アナベルの幼い頃の話を聞けたのは大変嬉しかったが、主に話題の中心になっていたイーサンは、羞恥心で息絶え絶えであった。
たまに従兄弟たちに話は飛び火したが、彼らは上手くイーサンの話に変えていく。
(なんてことを!)
イーサンが睨むも、彼らは素知らぬふりだ。
せめて、アナベルにはせめて自分から話をしたかった。彼女が引くほどではないが、今まで築いてきた印象が瓦解するのは避けたいのだ。家族が和気藹々としているのは嬉しいことだが、もうここまでにして欲しい。イーサンの心情を察して、幼いミラに彼が慰められる始末だ。
そんな思いも叶わず、夕方デービットが呼びにくるまで、15歳まで語り尽くされた。
デービッドはイーサンに1通の手紙を渡す。宛名を確認した彼はすぐに封を開き、中を確かめると立ち上がった。
「どうしたの?」
「ボンドから急ぎの手紙です。指輪ができた?らしい」
部屋にいる全員が、感嘆の言葉が発せられるのと、首を捻る動作が重なった。「できた?」とは。
「仕上げのために、アナベルと一緒に来て欲しい、とのことです」
そして今日は、というと。バーンズ家、キャンベル家、さらにはレティシアの実家の親戚が一同に集まる特別すぎる日である。
「お初にお目にかかります、ヴィクトル様」
「はい、はじめましてアナベル。さぁ、よくかおをみせておくれ」
朝も早くサイドハウス・ノアに1番に乗り込んできたのはイーサンの曽祖父、つまりデービッドの祖父であるヴィクトル・キャンベル(付き人と共に)であった。八十八歳と高齢で、足が弱り車椅子に乗ってはいるものの、今でも諸外国を巡るほど元気なおじいちゃん。家族の集まりがあればーみんなの驚く顔も見たくてーいの一番に集合する”台風おじいちゃん”。
今朝は特に早かった。
長年勤める使用人たちやデービッドでさえ予期していなかった早朝八時来訪。ひどく驚いた顔で出迎えた孫家族を見て、ひどく愉快そうにヴィクトルは笑った。
一緒に朝食を摂った後、アナベルは台風おじいちゃんの相手を任された。ヴィクトル直々に、ひ孫の最愛の婚約者とゆっくり話したいとの願いがあった。他の親戚らも通常より到着を早めてくるのではないかとイーサンたちはその対応をしている。
いつも楽しそうに笑顔を浮かべ、穏やかに話す。細身で黒いタキシードに身を包んでいる印象はイーサンを思わせるも、年齢を感じさせない根の強さと、どこか底知れない雰囲気もある。
(イーサンから聞いた通りね)
アナベルは微笑む。こうして初めて会うのが不思議なほど、親しみがある。
「長い間、貴方様の話を伺っておりました。今までお会いできず……」
「わたしもだよ、アナベル。だけどね、どんなであいにもタイミングがある」
目を細めて笑うヴィクトル。しわくちゃな顔で、優しく言った。
「いまだからいいのさ。きがじゅくした、いまだから」
書斎に通されると、ヴィクトルは早速話し始めた。かつてデービッドとレティシアの恋路をこれでもか、と押した過去を持つ彼らは、デービッドより、イーサンの想いが露呈する恐れがあるからアナベルと会うのを自重しろと言われていた。ようやくイーサンの長い恋路が叶い、彼らのテンションは最高潮に迎えている。
ようやく会える! 色んな話をしよう、聞こう!
嬉しそうなヴィクトルは、抱えていた本を大事そうに撫でた。
「アルバムもってきたの。みてくれるかい?」
それは本ではなく、イーサンの幼少期からの写真をまとめたアルバムであった。アナベルたちはヴィクトルの横に椅子を置き、腰をかける。ヴィクトルはゆっくりページを開いた。
アナベルが小さな頃、携帯できる簡易カメラが他国で発明された。
簡易カメラには二種あり、一方は魔力使いどこでも撮影できるが、使い手を選ぶもの。もう一方は精密機械で作られた機械で誰でも使えるが、撮るものの技術がないと綺麗に写せない。その上機器が大きいため、持ち運びがしにくい。アルバムの写真は後者だ。すこし写りが荒かったり、ボケたりしている。それでも見るものを笑顔にしてしまう写真。小さなイーサンが昼寝をしていたり、母親にくっついていたり、父親の背に乗ってお馬さんごっこをしていたり。他の親戚に混じり本を読んでもらっている姿など微笑ましい写真が並んでいる。
小さな写真がある中、大きな写真もあった。こちらはかなり質が良いため、おそらく専門が撮ったものだ。キャンベル家が一堂に会した家族写真。毎年一枚必ずあった。
「からだがよわかったからね。いつも、これがさいごになってしまうんじゃないかって…」
写真を撫でながら、ヴィクトルは目を細めた。生まれたばかりの、人生すら知らない子供に先立たれる不安。どれほど恐ろしかっただろうか。その瞳に、脳裏に何を思い浮かべているか、アナベルには想像もできなかった。
すっと目線が移され、隣に座るアナベルへ向けられる。その顔は本当に、穏やかで幸せを滲ませていた。
「のぞんでいた未来が、ようやく見えたよ。ふわふわで、あまえんぼうな、ひ孫だけどね。これからどうぞ、よろしくおねがいします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
ヴィクトルとイーサンとの思い出話に花を咲かせていると、バーンズ家族とマリアンヌ夫妻と三つ子の従兄弟を、イーサンが書斎に連れて来た。
てっきりアナベルやバーンズ家について聞いているとばかり思っていた曽祖父が、イーサンの個人用アルバム──家族用とは別に、彼らはそれぞれアルバムを製作している──を広げていたのは予想外であり、慌てて自身の恥ずかしい記録から遠ざけようとした。
しかしマリアンヌが「懐かしい!」とそれを見つけてしまい、あろうことか昔話を始めてアナベルの横に座ってしまった。
マリアンヌの夫であるパトリスは、好きな人の前で格好をつけたい甥の感情がわかるため、気を使い口少なであったが、従兄弟たちは好き勝手に母親の話に口を挟む。
時間が経つごとに、伯父たちも屋敷に到着し、当然話に加わっては、より場を盛り上げていく。イーサンはその度に話を変えようとしたが最後に到着した祖父母もアルバムを持ち寄ってからは、完全に止めることはできなくなった。イーサンの祖父・イレールは、一番話好きだからである。
昼食もアフタヌーンも、サンドウィッチやお菓子類を書斎へ運び、つまみながらずっと話しこむ。
談話にはバーンズ家族も加わっていたため、アナベルの幼い頃の話を聞けたのは大変嬉しかったが、主に話題の中心になっていたイーサンは、羞恥心で息絶え絶えであった。
たまに従兄弟たちに話は飛び火したが、彼らは上手くイーサンの話に変えていく。
(なんてことを!)
イーサンが睨むも、彼らは素知らぬふりだ。
せめて、アナベルにはせめて自分から話をしたかった。彼女が引くほどではないが、今まで築いてきた印象が瓦解するのは避けたいのだ。家族が和気藹々としているのは嬉しいことだが、もうここまでにして欲しい。イーサンの心情を察して、幼いミラに彼が慰められる始末だ。
そんな思いも叶わず、夕方デービットが呼びにくるまで、15歳まで語り尽くされた。
デービッドはイーサンに1通の手紙を渡す。宛名を確認した彼はすぐに封を開き、中を確かめると立ち上がった。
「どうしたの?」
「ボンドから急ぎの手紙です。指輪ができた?らしい」
部屋にいる全員が、感嘆の言葉が発せられるのと、首を捻る動作が重なった。「できた?」とは。
「仕上げのために、アナベルと一緒に来て欲しい、とのことです」

