アナベルは待ち合わせ時間の五分前にカフェの入り口についた。
すでにアナベルの1番目の妹であるミラと、父チャーリーが待っていた。ミラは元気よく手を振りながら、アナベルに抱きついた。
アナベルの今日の装いは、瞳と同じ色のワンピース。白いリボンを腰に巻いている。夏空を映し出したような爽やかさだ。以前レティシアがアナベルにプレゼントした一着でもある。そして麦わらのつばの広い帽子も被っている。真夏のご令嬢とは、彼女に相応しい。
「楽しみで早く来ちゃった!」
大きなリボンを胸元に結んだ夏の果物の色が溶けた鮮やかな黄色のワンピースに、太めのカチューシャが、彼女の底抜けに明るい性格とあっている。
チャーリーは見るからに涼しそうな麻のスーツに、白いシャツとパンツスタイルでバカンスの格好が気持ち良さそうだ。
二人の案内でカフェの個室で待っていた母と、もう一人の妹・エメとも合流する。膝の上で可愛らしいピンクのフリルワンピースを着ているエメはお人形のよう可愛らしさだ。アニーはチャーリーとペアルックスで、同じ素材の白いワンピースを着ている。
「キャンベルご夫妻の仲むずまじい様子に負けてられないと思ってね」
両親に送っていた手紙に、何度かデービッドとレティシアのエピソードも書いていた。それをアナベルの両親は、この機会に改めて夫婦時間を大切に過ごしていた。見直せる時に見直す。どんな年に、どんな時でもそれを実行できる人は強いものだ。
「ふふふ。とてもお似合いです」
アナベルが心からの言葉を送れば、照れたようにはにかむ両親。
やはり、キャンベル夫妻や己の両親のように、夫婦も仲良く共に過ごしたいと、強く思うのであった。
「ありがとうアナベル。貴女も素敵なワンピースだわ」
服を褒められ、頭の中のレティシアやメイドたちがガッツポーズをした。
家族は席に着く。まず可愛らしい料理のイラストが載るメニュー表から、それぞれ食べたいものを注文した。
アナベルが選んだのはアイスティーとウサギのパンケーキだ。夏ハーブを使ったアイスがウサギの形をしており、周りを柑橘系の果物で飾られている。
注文を終え、飲み物が届き人心地落ち着いてからチャーリーが神妙な顔つきになった。事件から不調や、変な事は起きていないかと。
チャーリーとアーニーは事件の調査を行うと並行して、通常の仕事に追われていた。両親からは逐一アナベルを気遣う手紙をもらっており、問題ないと連絡を入れていたのだが、やはり会って確かめたかったらしい。
そのまま話は、誘拐事件へと移った。
「アナベル、そのとう……ヘンリー・バーンズの事も報告はした。が、立件は難しいそうだ」
事件は隠匿されたまま解決。監禁されていた屋敷に出向いても人はいなかった。やけに白い壁や、人が使った形跡あるも、今バタバタしている状態ではまともに取り扱われないと申し訳なさそうに話された。
『大切な家族が辛い目にあって憤るのは当然だ。無理矢理結婚なんてもってのほか。しかし、証拠がないと動けないのも、我々なんだ……申し訳ない……』
誘拐に関わったとされる伯爵を逮捕した担当官は、レティシアの実の兄。甥の婚約者家族でもあり、被害を受けそうになったバーンズ家に親身に相談に乗ってくれた。彼らでも、無理だと判断されて仕舞えばお手上げである。
「……お父様、おじいさまは他の方にも同じことをしますでしょうか」
チャーリーは口を閉じ黙ると、静かに首を横に振った。
「働いている使用人たちが話してくれた。彼らはかつて、虐げられていた所をヘンリーに助けられたのだと」
使用人たちが語るヘンリーの姿は、パーキングの話に似ていた。助けられた恩義を本人を受け取ろうとせず、ならばバーンズ家族を支えようと思ったのだ、と。
『だから、アナベル様を誘拐して無理矢理結婚させようとするなんて』
絶句し、混乱していた。正直、彼の息子であるチャーリーも同じ思いである。せっかく取り戻した屋敷に滅多に家に帰らず、母と使用人との思い出ばかり。それでも短い時間の中で、不器用で優しい彼の人となりは分かっていた。何より聡明な母が、誰よりも信頼し献身的に支える彼を信じていた。
ただ、彼らの話から分かったのは、ヘンリーは絶対に他人を巻き込まない。
誘拐事件も、協力者はいても実行は本人自ら行っていた。そのスタンスは、変わらない。それでも老人が強硬策に出たのは、アナベルだったから。不器用な子だと、心配していながらその根気の強さと粘り強さを認めていた。最初ベルナルド家との婚約も最も嫌がっていながら、その内何も言わなくなった。逐一、彼女の行動とベルナルド家との様子を探る手紙が届いていた。
孫の様子を心配しているのかと思っていたが、今考えれば彼の中で何か目的があり、それにアナベルが最も近い場所にいたのではないか。そう思える。
アナベルは一つ頷くと、まっすぐ前を向いた。
「なら、事件にはしません。ただ、本人にはきちんと理由の説明頂こうと思います」
娘の発言に、チャーリーもアーニーも大きく目を見開いた。
「探し出すのかい?」
「お父様も、お母様も、本当はそう望んでいるのでしょう?」
「……人は変わる。変わってしまうの」
アニーは悲しい表情を浮かべたルト、その顔を、膝の上にいるエメが撫でた。彼女もヘンリーとの関わりは薄かったが、商家の娘だからと蔑ろにせず、アニーの母が骨折した時は、車椅子と付き人を派遣してくれた。栄養価の高い食べ物も定期的に送られてくる。『不器用で哀れだが、優しい人』だと話していた義母の姿を思い出す。彼女が信頼し、夫が気にかける彼が暴挙に出たのは信じられなかった。アナベルが言う通り、何か理由があったに違いないが、ヘンリーを追えば、今度こそ家族に被害が出る恐れもある。それは無視できない。
「けど、知りたいのです。今知らなければ、一生理解し合えない。例えできなくとも、知らないよりはマシです」
「知らない方が良いことはある。アナベル」
「引き下がったのなら、ここで追えば今度こそ手段を選ばないかもしれないわ。また貴女や、ミラもエメが危険な目にはあってほしくない」
親として、子供にこれ以上危険な目にあってほしくないのは本心だ。その心を分かっても、アナベルは納得できなかった。
ずぞぞぞぞ。
すると場に合わない音が響いた。静かに話を聞いていたミラの飲み物が底をついた。ガラスの底とストローが触れ合い、滑稽な音を立てていた。
「お母様もお父様も、心配してくれてありがとう。私もお爺様に聞きたいことがあるの。どうして、私がバーンズ家の跡取りなのか」
ミラは次期バーンズ家の当主だ。幼いながら、ずっと不思議であった。姉と婚約していたロベールは、ベルナルド家の次男だ。本来なら、ロベールがバーンズ家に婿入りするのが通りである。アナベルの婿探しの条件も、元々はそうであった。であるのに。ベルナルド家の条件を飲んだ。自分が生まれるかなど、分からないのに。
知りたい。知って話がしたい。今は怒ることしかできない。知ってから怒りたい。
「それに罪を犯しているなら、インドウ? を渡すべきよ。それが家族の責任でしょう?」
ミラの言葉に、チャーリーもアニーも驚いた。まだ六歳の娘が、難しいことをずっと考えていたとは知らなかった。
「期限付き、でしたらいかがですか。…2年。無理なら諦めます」
丁度アナベルが二十歳を迎える。子供から大人になる。区切りを付けるにはキリがいい。
アナベルの案に、ミラは手を叩いた。
「無期限で探すのも大変だし、お金ももったいないわ! 締め切りを設けて、過ぎたら諦める。さすがお姉様!」
アナベルたちの真剣な瞳に見つめられ、悩みに深く悩む2人であったが、自分の中にある疑問があるのは間違いない。チャーリーとアーニーは互いに顔を見やると、頷き合った。
「けど、必ず何かわかったら共有してちょうだい。一人で危ない目になんか合わせたくないわ」
「はい! 約束します」
ミラも大きく頷いた。彼女は全力で関わる気のようだ。
部屋の雰囲気が和み、かちゃんと飲み物の氷が陽気に溶ける音がした。
「そうと決まったらたくさん食べなきゃ! 力をつけるの!」
「たべるー!」
ミラはメニュー表をとると、次頼むドリンクを悩み始めた。姉の真似をして、母に抱っこされるエメもメニュー表を眺めようと身を乗り出した。なんとも可愛らしい光景だ。
「ありがとうございます。お父様、お母様さま。ミラ、そしてエメ、私のわがままに付き合わせてしまうわね」
「お爺様もわがまましてるんだから、追いかけるなら超えるわがまましなきゃ!」
お姉様、私たちにもありがとうでいいの、とミラはにししと歯を見せて笑う、ミラ。いつの間にか、幼い妹が頼もしく成長している。急に泣きたくなって、顔に力を入れて耐える。
「ふふん。帰ったらもっと構ってね」
「えーめーもー!」
母親の膝から、姉の元へと移るエメ。それにミラがずるい!と騒ぎ、彼女も姉に抱きついた。腕の中にある温かみに、アナベルはぎゅっと力を込めた。
抱きしめ合う娘たちに、チャーリーとアーニーは今度こそ、彼女たちの未来を守るのだと誓いを立てた。
たっぷりふかふかのパンケーキが届いてから、話はガラリと変わる。お互いの近況を、今までの夏をどう過ごしたのか話になった。
手紙で伝え合っていたが、直接会って話すのは違う。今まで体験したことを、身振り手振り加えながら話す。
ミラは夏休みの宿題はとうに終わらせていると胸を張った。
その成長を褒め、頭を撫でれば、満足そうに笑う。それを見た末妹のエメが、自身も撫でろと催促される。2人の可愛い妹に構われて、アナベルは家族と幸せな時間を送る。
カフェで時間を過ごした後は、街を散策する。
イーサンやレティシアが案内してくれた店、アナベルが好きな場所、使用人たちにおすすめされた数々……。
時間は一瞬のように過ぎた。一家は、公園中央にあるホテルにへと一度戻る。アナベルの家族がキャンベル家に泊まるのは、明日からだ。
「アナベル、こちらにあるわ」
アーニーに小声で呼ばれたアナベルは、隣の部屋へ移動する。今日ホテルまで来たのは、母に頼んでいたものを確認したかったからだ。
父にも、妹たちにも今は秘密にしている。
別室に用意された、それを見た時、アナベルはたまらず目を閉じた。悲しんでいるのではなく、事実を確認したようであった。
「……お母様、ありがとうございます。無茶を言って」
「頑張ってくれたのはデザイナーさんたち。私は……いいえ。悲観的になっちゃだめね。アナベル、これからはもっと言ってほしいわ」
「ありがとうございます」
柔らかな笑顔を浮かべる娘を、包む様に抱き留めた。
「幸せになるのよ。うんと、うんとよ。何があっても、もちろんなくても頼ってね。私たちはいつでも、アナベルの味方よ」
アナベルは父たちの元に戻り、団欒時間を過ごした。
夕飯のために一度ホテルを出て、レストランへ向かう。アイザックに教えてもらった、湖畔の景色を楽しみながら食事を楽しめる。
十九時を知らせる鐘が鳴る。
ホテルへ戻ると、サイドハウス・ノアから迎えの馬車が丁度到着していた。
アニーに抱っこされたエメに、手のひらを向ければぺちぺちと叩かれる。幼い妹は軽く音が鳴る行動を楽しいようで、何度も触れる。
「また、あした?」
「えぇ。またあしたね。十時にお迎えが来るわ」
最後にふわりと柔らかい髪の毛を撫でてあげれば、エメはやり切ったような表情を浮かべた。
また明日。
家族と抱擁を交わしたアナベルが馬車に乗る。ゆっくりと動き出した。
見えなくなるまでアナベルは手を振り、それは彼らも同じであった。
窓から見える、陽が落ちはじめた空は綺麗なグラデーションであった。
すでにアナベルの1番目の妹であるミラと、父チャーリーが待っていた。ミラは元気よく手を振りながら、アナベルに抱きついた。
アナベルの今日の装いは、瞳と同じ色のワンピース。白いリボンを腰に巻いている。夏空を映し出したような爽やかさだ。以前レティシアがアナベルにプレゼントした一着でもある。そして麦わらのつばの広い帽子も被っている。真夏のご令嬢とは、彼女に相応しい。
「楽しみで早く来ちゃった!」
大きなリボンを胸元に結んだ夏の果物の色が溶けた鮮やかな黄色のワンピースに、太めのカチューシャが、彼女の底抜けに明るい性格とあっている。
チャーリーは見るからに涼しそうな麻のスーツに、白いシャツとパンツスタイルでバカンスの格好が気持ち良さそうだ。
二人の案内でカフェの個室で待っていた母と、もう一人の妹・エメとも合流する。膝の上で可愛らしいピンクのフリルワンピースを着ているエメはお人形のよう可愛らしさだ。アニーはチャーリーとペアルックスで、同じ素材の白いワンピースを着ている。
「キャンベルご夫妻の仲むずまじい様子に負けてられないと思ってね」
両親に送っていた手紙に、何度かデービッドとレティシアのエピソードも書いていた。それをアナベルの両親は、この機会に改めて夫婦時間を大切に過ごしていた。見直せる時に見直す。どんな年に、どんな時でもそれを実行できる人は強いものだ。
「ふふふ。とてもお似合いです」
アナベルが心からの言葉を送れば、照れたようにはにかむ両親。
やはり、キャンベル夫妻や己の両親のように、夫婦も仲良く共に過ごしたいと、強く思うのであった。
「ありがとうアナベル。貴女も素敵なワンピースだわ」
服を褒められ、頭の中のレティシアやメイドたちがガッツポーズをした。
家族は席に着く。まず可愛らしい料理のイラストが載るメニュー表から、それぞれ食べたいものを注文した。
アナベルが選んだのはアイスティーとウサギのパンケーキだ。夏ハーブを使ったアイスがウサギの形をしており、周りを柑橘系の果物で飾られている。
注文を終え、飲み物が届き人心地落ち着いてからチャーリーが神妙な顔つきになった。事件から不調や、変な事は起きていないかと。
チャーリーとアーニーは事件の調査を行うと並行して、通常の仕事に追われていた。両親からは逐一アナベルを気遣う手紙をもらっており、問題ないと連絡を入れていたのだが、やはり会って確かめたかったらしい。
そのまま話は、誘拐事件へと移った。
「アナベル、そのとう……ヘンリー・バーンズの事も報告はした。が、立件は難しいそうだ」
事件は隠匿されたまま解決。監禁されていた屋敷に出向いても人はいなかった。やけに白い壁や、人が使った形跡あるも、今バタバタしている状態ではまともに取り扱われないと申し訳なさそうに話された。
『大切な家族が辛い目にあって憤るのは当然だ。無理矢理結婚なんてもってのほか。しかし、証拠がないと動けないのも、我々なんだ……申し訳ない……』
誘拐に関わったとされる伯爵を逮捕した担当官は、レティシアの実の兄。甥の婚約者家族でもあり、被害を受けそうになったバーンズ家に親身に相談に乗ってくれた。彼らでも、無理だと判断されて仕舞えばお手上げである。
「……お父様、おじいさまは他の方にも同じことをしますでしょうか」
チャーリーは口を閉じ黙ると、静かに首を横に振った。
「働いている使用人たちが話してくれた。彼らはかつて、虐げられていた所をヘンリーに助けられたのだと」
使用人たちが語るヘンリーの姿は、パーキングの話に似ていた。助けられた恩義を本人を受け取ろうとせず、ならばバーンズ家族を支えようと思ったのだ、と。
『だから、アナベル様を誘拐して無理矢理結婚させようとするなんて』
絶句し、混乱していた。正直、彼の息子であるチャーリーも同じ思いである。せっかく取り戻した屋敷に滅多に家に帰らず、母と使用人との思い出ばかり。それでも短い時間の中で、不器用で優しい彼の人となりは分かっていた。何より聡明な母が、誰よりも信頼し献身的に支える彼を信じていた。
ただ、彼らの話から分かったのは、ヘンリーは絶対に他人を巻き込まない。
誘拐事件も、協力者はいても実行は本人自ら行っていた。そのスタンスは、変わらない。それでも老人が強硬策に出たのは、アナベルだったから。不器用な子だと、心配していながらその根気の強さと粘り強さを認めていた。最初ベルナルド家との婚約も最も嫌がっていながら、その内何も言わなくなった。逐一、彼女の行動とベルナルド家との様子を探る手紙が届いていた。
孫の様子を心配しているのかと思っていたが、今考えれば彼の中で何か目的があり、それにアナベルが最も近い場所にいたのではないか。そう思える。
アナベルは一つ頷くと、まっすぐ前を向いた。
「なら、事件にはしません。ただ、本人にはきちんと理由の説明頂こうと思います」
娘の発言に、チャーリーもアーニーも大きく目を見開いた。
「探し出すのかい?」
「お父様も、お母様も、本当はそう望んでいるのでしょう?」
「……人は変わる。変わってしまうの」
アニーは悲しい表情を浮かべたルト、その顔を、膝の上にいるエメが撫でた。彼女もヘンリーとの関わりは薄かったが、商家の娘だからと蔑ろにせず、アニーの母が骨折した時は、車椅子と付き人を派遣してくれた。栄養価の高い食べ物も定期的に送られてくる。『不器用で哀れだが、優しい人』だと話していた義母の姿を思い出す。彼女が信頼し、夫が気にかける彼が暴挙に出たのは信じられなかった。アナベルが言う通り、何か理由があったに違いないが、ヘンリーを追えば、今度こそ家族に被害が出る恐れもある。それは無視できない。
「けど、知りたいのです。今知らなければ、一生理解し合えない。例えできなくとも、知らないよりはマシです」
「知らない方が良いことはある。アナベル」
「引き下がったのなら、ここで追えば今度こそ手段を選ばないかもしれないわ。また貴女や、ミラもエメが危険な目にはあってほしくない」
親として、子供にこれ以上危険な目にあってほしくないのは本心だ。その心を分かっても、アナベルは納得できなかった。
ずぞぞぞぞ。
すると場に合わない音が響いた。静かに話を聞いていたミラの飲み物が底をついた。ガラスの底とストローが触れ合い、滑稽な音を立てていた。
「お母様もお父様も、心配してくれてありがとう。私もお爺様に聞きたいことがあるの。どうして、私がバーンズ家の跡取りなのか」
ミラは次期バーンズ家の当主だ。幼いながら、ずっと不思議であった。姉と婚約していたロベールは、ベルナルド家の次男だ。本来なら、ロベールがバーンズ家に婿入りするのが通りである。アナベルの婿探しの条件も、元々はそうであった。であるのに。ベルナルド家の条件を飲んだ。自分が生まれるかなど、分からないのに。
知りたい。知って話がしたい。今は怒ることしかできない。知ってから怒りたい。
「それに罪を犯しているなら、インドウ? を渡すべきよ。それが家族の責任でしょう?」
ミラの言葉に、チャーリーもアニーも驚いた。まだ六歳の娘が、難しいことをずっと考えていたとは知らなかった。
「期限付き、でしたらいかがですか。…2年。無理なら諦めます」
丁度アナベルが二十歳を迎える。子供から大人になる。区切りを付けるにはキリがいい。
アナベルの案に、ミラは手を叩いた。
「無期限で探すのも大変だし、お金ももったいないわ! 締め切りを設けて、過ぎたら諦める。さすがお姉様!」
アナベルたちの真剣な瞳に見つめられ、悩みに深く悩む2人であったが、自分の中にある疑問があるのは間違いない。チャーリーとアーニーは互いに顔を見やると、頷き合った。
「けど、必ず何かわかったら共有してちょうだい。一人で危ない目になんか合わせたくないわ」
「はい! 約束します」
ミラも大きく頷いた。彼女は全力で関わる気のようだ。
部屋の雰囲気が和み、かちゃんと飲み物の氷が陽気に溶ける音がした。
「そうと決まったらたくさん食べなきゃ! 力をつけるの!」
「たべるー!」
ミラはメニュー表をとると、次頼むドリンクを悩み始めた。姉の真似をして、母に抱っこされるエメもメニュー表を眺めようと身を乗り出した。なんとも可愛らしい光景だ。
「ありがとうございます。お父様、お母様さま。ミラ、そしてエメ、私のわがままに付き合わせてしまうわね」
「お爺様もわがまましてるんだから、追いかけるなら超えるわがまましなきゃ!」
お姉様、私たちにもありがとうでいいの、とミラはにししと歯を見せて笑う、ミラ。いつの間にか、幼い妹が頼もしく成長している。急に泣きたくなって、顔に力を入れて耐える。
「ふふん。帰ったらもっと構ってね」
「えーめーもー!」
母親の膝から、姉の元へと移るエメ。それにミラがずるい!と騒ぎ、彼女も姉に抱きついた。腕の中にある温かみに、アナベルはぎゅっと力を込めた。
抱きしめ合う娘たちに、チャーリーとアーニーは今度こそ、彼女たちの未来を守るのだと誓いを立てた。
たっぷりふかふかのパンケーキが届いてから、話はガラリと変わる。お互いの近況を、今までの夏をどう過ごしたのか話になった。
手紙で伝え合っていたが、直接会って話すのは違う。今まで体験したことを、身振り手振り加えながら話す。
ミラは夏休みの宿題はとうに終わらせていると胸を張った。
その成長を褒め、頭を撫でれば、満足そうに笑う。それを見た末妹のエメが、自身も撫でろと催促される。2人の可愛い妹に構われて、アナベルは家族と幸せな時間を送る。
カフェで時間を過ごした後は、街を散策する。
イーサンやレティシアが案内してくれた店、アナベルが好きな場所、使用人たちにおすすめされた数々……。
時間は一瞬のように過ぎた。一家は、公園中央にあるホテルにへと一度戻る。アナベルの家族がキャンベル家に泊まるのは、明日からだ。
「アナベル、こちらにあるわ」
アーニーに小声で呼ばれたアナベルは、隣の部屋へ移動する。今日ホテルまで来たのは、母に頼んでいたものを確認したかったからだ。
父にも、妹たちにも今は秘密にしている。
別室に用意された、それを見た時、アナベルはたまらず目を閉じた。悲しんでいるのではなく、事実を確認したようであった。
「……お母様、ありがとうございます。無茶を言って」
「頑張ってくれたのはデザイナーさんたち。私は……いいえ。悲観的になっちゃだめね。アナベル、これからはもっと言ってほしいわ」
「ありがとうございます」
柔らかな笑顔を浮かべる娘を、包む様に抱き留めた。
「幸せになるのよ。うんと、うんとよ。何があっても、もちろんなくても頼ってね。私たちはいつでも、アナベルの味方よ」
アナベルは父たちの元に戻り、団欒時間を過ごした。
夕飯のために一度ホテルを出て、レストランへ向かう。アイザックに教えてもらった、湖畔の景色を楽しみながら食事を楽しめる。
十九時を知らせる鐘が鳴る。
ホテルへ戻ると、サイドハウス・ノアから迎えの馬車が丁度到着していた。
アニーに抱っこされたエメに、手のひらを向ければぺちぺちと叩かれる。幼い妹は軽く音が鳴る行動を楽しいようで、何度も触れる。
「また、あした?」
「えぇ。またあしたね。十時にお迎えが来るわ」
最後にふわりと柔らかい髪の毛を撫でてあげれば、エメはやり切ったような表情を浮かべた。
また明日。
家族と抱擁を交わしたアナベルが馬車に乗る。ゆっくりと動き出した。
見えなくなるまでアナベルは手を振り、それは彼らも同じであった。
窓から見える、陽が落ちはじめた空は綺麗なグラデーションであった。

