「なんだかあの子たち、いい雰囲気なのよねぇ」
隣を歩く妻の笑顔に、より美しい輝きが増していく。理由は明白であったがデービッドが敢えて問えば、「息子とアナベルの仲がより良くなっているのが嬉しいの」と、彼女はウキウキと声を潜めて話し始めた。
アナベルとイーサン、そしてキャンベル夫妻は、保養地区郊外にある植物園に来ている。
王立研究所が運営する、大陸全土から果ての島国まであらゆる植物が集められた広大な施設。今は夏の終盤から咲く花が目玉の企画が打ち出されている。その花が大好きなレティシアが『是非アナベルにも見てほしいの』と誘い、今日四人は訪れたのだ。
遊びに行くならば植物園の気分を盛り上げようともなり、衣服でも着飾っている。
アナベルは、明るい色で細かに構成されたモリス柄のハイウエストのワンピースドレスで、王道のクラシカルなファッションを着こなしている。
イーサンは同じ柄が裏地に使われたカジュアルジャケットに、麻のシャツとズボンで軽やかさも演出。
レティシアはシンプルなシックワンピースドレスに、大きな柄の植物のスカーフや靴下、髪飾りで衣装のアクセントに取り入れた遊び心タイプでお洒落を楽しんでいる。デービッドは妻に習い、小物でおしゃれしている。
四人が揃い歩けば、華やかさが勝り目を引く。やはり出かけ先に合わせたコーデは、見る側も楽しい気分になる。
植物園は大きなガラスの建造物で、中は9つ、外は3つのエリアに分かれている。
アナベルたちがいるのは第二エリア。目的の花は第五エリアにある。目当てを求めて、全てを見ようと急いでは折角の植物園を楽しめない。時間はあるのだからと、時折レティシアが植物の解説をしながらゆっくり歩いて進んでいく。終園時間が来たら、また来ればいいのだ。
今は前をイーサンとアナベルが歩き、少し後ろに離れて夫妻がついていく。
大好きな植物を見る中で、レティシアは時々にやけそうになるのを必死に耐えている。そこでデービッドがレティシアに輝く笑顔の訳を聞いたのだ。
すると最近のアナベルとイーサンの仲が縮まったような、側から見れば大変もどかしく、辛辣なポーラから言わせれば奇行が増えた、そんな距離感の話題となる。
アナベルがふとした時に、イーサンのその横顔を見つめていたり、指をちょんちょんと突いている。アナベルの謎行動は意図しているのかわからないが、使用人たちから頻繁に報告が上がるぐらいには仲に変化が起こっているようなのだ。
デービッドも、アナベルの中で何かが変わってきているのを感じている。
気の許せる、頼れる友人の触れ合いだったものが、確かな愛しさを持った距離へと変わりつつある気配。
前に目をやれば観葉を楽しむ息子と、かわいい婚約者が腕を組んで並んでいる。彼女の、イーサンの腕を取る仕草が、時折浮かべる笑顔が、今までのそれとは違う。
基本受動的であった彼女であった彼女にとっては、非常に良好な反応だ。
だが息子にとって良い変化かは分からない。彼女の心が指す感情が必ずしも男女の愛とは限らないのだ。友愛かもしれないし、極限な安心感かもしれない。
『別に構いません。それが、アナベルに想いを捧げない理由にならない』
子供の頃、病弱で屋敷で篭りがちであまり関わりがなかったせいなのか。それとも生来の気質か。
他人と自分を無闇に比較しない息子は、良くも悪くも前向きで割り切りが良い。彼は、すでに婚約者がいたアナベルに対し、コツコツと信頼を積み重ねてきたのだ。細い体で、いつ身に付けた胆力があるというのか。流石の根気に、彼の想いを知る者は全員度肝を抜かれた。
しかしその態度は、ようやく念願の婚約者になっても変わらない。
『彼女は義務で愛そうとするでしょう。それは嫌です。アナベルの感情を蔑ろにしたくない』
ただ努力すると、このことはすでにアナベルにも伝えているとイーサンは言っていた。
折角手に入れたチャンスを棒に振っているように思え何かと関わりたくなるが、外野がとやかく言うのは、大きな間違いが起こりやすい。
引き続き見守ることに徹するべきだとなった。そもそも恋愛に親が出る幕は過ぎている。後は野となれ山となれ。恋路の屍であれば拾ってやるのが務めである。
そう考えているが、アナベルが1人になりたいと話した時は少し心配したのも事実。
『大丈夫よ。何よりあの2人だもの。むしろ喧嘩ができる方が健全よ』
長年二人を見守っていたレティシアが言う通りであった。保養地区のスパへ泊まりに出掛け帰って来れば、イーサンとアナベルは夕闇会たる本音の会を開いていた。様子を遠くから見守っていたジャックたちから聞いた話では、ピリついた時間もあった気配はあったが、最後はお互い落ち着いていたと。まだ若い二人は腹を割って話し合い、着地して見せたのは流石に感心した。腰よりも低い幼い子たちが、いつの間にか心も体も成長していた。同時にもっと感情的に振る舞ってもいいのではないかとも思い、人の感情はなかなか一致しきれないなどと思いを馳せた。
イーサンとアナベルを見ていると、かつて自身にもあった若い時間、特に恋に患っていた時期を思い出す。
✴︎
デービッドとレティシアの出会いは、十五歳でのパーティーだ。
幼少期から付き合いがあった訳ではない。レティシアは王立騎士団の一族であるため王都の屋敷で、デービッドは国境近くにある領地の屋敷で暮らしていた。
二人の運命が交わったのは王立の中等学園から。通う学園が同じであったのがきっかけだったが、クラスも違い関わりなんてなかった。学園内やパーティーで顔を見かける程度。
デービッドにとって、太陽よりも明るい雰囲気を纏い、豪快で元気なレティシアはとても興味深い存在であった。
デービッドにとって、レティシアは興味深い対象であった。
レティシアは、王城に努める父や長兄から、キャンベル家のご子息のとびきりの優秀さの話は聞き及んでいた。知り合いのパーティーでも、その奇妙で年相応でない振る舞いなどの噂は耳に届いていた。
同じ学園に通うようになり、本人のその奇抜さと優秀さのバランスに面白く感じていたのだ。
『その言い方ってないと思うわ。他の方に言えば変な噂になって明日から1人になるわよ』
パーティーでのある出来事をきっかけに初めて会話した時、デービッドはレティシアへの言葉を間違えた、
終わったと立ち尽くす彼であったが、レティシアは日頃の観察で彼の人付き合いに難があると察していた彼女は、その予想があったのが少し面白く感じ豪快に笑って見せた。
それからレティシア嬢とデービッド青年は、クラスが違っても話をする仲になった。友人として日々過ごす中で次第に、曖昧で、模索しながら、距離を縮めたり、危うくした、未熟すぎる想いを募らせていった。
若かった、なんて言葉では片付けられない気恥ずかしさと懐かしさに見舞われる。
レティシアも思い出していたのか、緑色の瞳が細められた。息子に引き継がれた、美しい瞳は光を受けてエメラルドのように煌めく。
「あの子が生まれてもうすぐ十八年。結婚してからだと…私たち、ずいぶん長く一緒にいるのね」
「……飽きたかい?」
少し不安を滲ませて聞けば、目を丸くするとレティシアは大きく笑って否定する。
「貴方ほど毎日のようにおかしな人、滅多にいないわよ! 愛おしくて敵わないわ!」
『貴方っておかしな人ね!』
昔と重なる。出会った時から大分大人びたが、変わらない麗しい顔。この笑顔が見れる度に、胸が熱くなる。嬉しくてしょうがない。
デービッドは再び息子に目をやる。周囲のやきもきした気持ちなんぞ気にかけず、イーサンは隣の彼女に夢中である。
「やはり親子なのかなぁ」
夫の呟きに、レティシアは「そりゃ親子よ!」と答えた。
レティシアが大好きな花は、ルミルヒという魔法の花。
大きさ様々な白や桃、青などの風船のような丸い花弁。夜は花が開き夜の光を雌しべに蓄積されて、朝を迎えると花弁が閉じて夜中に溜めた光がほんのり光続ける。枯れ始めに雄しべの花粉が風に乗って飛んでいく。
幻獣種の灯りとして使われたり、医療の現場でも活躍する。
高さは人の背丈ほどあり、淡く灯るぷくぷくと大きい風船は、愛らしく見応えがある。
「素敵ですね……!」
「でしょう! 昔ここで見てからもうずっと大好きで…。鈴蘭とも桔梗とも違うでしょ?このまん丸加減と光の灯し具合が本当に可愛くて。大好きなこの花のモチーフの家具やアイテムを見ると、衝動買いしたくなってしまうのよ」
頬に手を添えて困り顔を浮かべるレティシア。彼女が求めてしまうのも分かる。改めてルミルヒを見たアナベルは、そのシルエットに、ある記憶が重なった。長い茎に大きな丸い花弁。
(あれ、この花って)
隣に立つイーサンにこっそり目を向ければ、察した彼は静かに瞼を下ろし、上げる。デービッドがレティシアへの誕生日プレゼントに贈るブローチ、そのモチーフの一つになっていた。チラリとデービッドを伺えば、素知らぬ顔でのんびりと植物を観賞している。
「気に入っているなら買えばいいのに」
「もう! あなたが言うと制限なくなるからダメよ。あぁだけど本当に今年も綺麗に咲いたわね」
なんてレティシアに話を振って、和やかだ。
イーサンとアナベルは密かに笑い合った。
✴︎
植物を隅々まで堪能した四人は、馬車に揺れながら屋敷に戻る。
アナベルとイーサンはお土産を眺めていた。季節ごとで植物が変わるステンドグラスを模した、半透明デザインのブックマーク。まるで本物のように煌びやかなそれに、二人は学園の生徒会室を思い出した。そこで、自分たちだけでなく、生徒会の仲間たちへの贈り物としても購入したのだ。
生徒会長のニコルや、敬愛する先輩エズメからよく手紙が届く。
ニコルは婚約者家族と一緒に海外へ旅行中。夜会に参加できないことをひどく残念に思っているため、夏休みを開けたら絶対にプチパーティーを企画しようと楽しい誘いがあった。
エズメは婚約者と夏が明けたら結婚式を開くため、その準備が忙しいとのこと。しかし夜会は心から楽しみにしていると、嬉しい言葉をもらった。彼女も秋に入ったら、遊ぶ約束をすでに取り付けられている。
夜会で渡せるかわからないが、素敵なお土産を用意できたのは大変嬉しい。さらに喜んでもらえるなら僥倖である。
他にも、植物園限定のお菓子や、なんと花や観葉植物もお土産だ。
家族には植物園で育てた花の種から採った美容用のオイルだ。乳化しており、さらりとした肌触りのオイルは夏でもベタつくことなく使えそうな一品だ。口に入っても安全だと言うのが、幼い妹たちにも良さそうだと選択した。
「アナベルが選んだんだ。絶対気に入ってもらえるよ」
アナベルはしっかり頷く。美容系のアイテムは人を選ぶが、日頃母や妹たちの使っている美容品は熟知している。成分もイーサンに確認してもらい、アレルギー成分は無いことは確認できている。気に入ってもらえればとても嬉しい。
「明日は何時に待ち合わせ?」
「十一時に駅前のカフェで待ち合わせよ」
明日の予定は決まっている。アナベルの家族が、保養地区で観光する日だ。 一日見て回りたい家族の案内役を、夏の間色んな場所を知ったアナベルが胸を張って買って出たのだ。
待ち合わせ場所は、妹のミラが街のガイドブックを読み、「いきたい!」と強く願っていたカフェだ。リボンやぬいぐるみ、フリルをメインアイテムに、ピンクを基調に店内を設えた可愛さ満点のお店である。
家族とは一度夜に別れ、そして明後日皆サイドハウス・ノアに合流、数日一緒に過ごす予定になっている。そこには、領地に住まうイーサンの祖父母や曽祖、マリアンヌ家族、またレティシアの家族なども集まることになっている。
「楽しんでくるんだよ」
「はい。ありがとうございます」
デービッドの言葉に、アナベルは笑顔で頷いた。
明日もまた楽しみだ。アナベルは大事な宝物を優しく両手で包み込んだ。
隣を歩く妻の笑顔に、より美しい輝きが増していく。理由は明白であったがデービッドが敢えて問えば、「息子とアナベルの仲がより良くなっているのが嬉しいの」と、彼女はウキウキと声を潜めて話し始めた。
アナベルとイーサン、そしてキャンベル夫妻は、保養地区郊外にある植物園に来ている。
王立研究所が運営する、大陸全土から果ての島国まであらゆる植物が集められた広大な施設。今は夏の終盤から咲く花が目玉の企画が打ち出されている。その花が大好きなレティシアが『是非アナベルにも見てほしいの』と誘い、今日四人は訪れたのだ。
遊びに行くならば植物園の気分を盛り上げようともなり、衣服でも着飾っている。
アナベルは、明るい色で細かに構成されたモリス柄のハイウエストのワンピースドレスで、王道のクラシカルなファッションを着こなしている。
イーサンは同じ柄が裏地に使われたカジュアルジャケットに、麻のシャツとズボンで軽やかさも演出。
レティシアはシンプルなシックワンピースドレスに、大きな柄の植物のスカーフや靴下、髪飾りで衣装のアクセントに取り入れた遊び心タイプでお洒落を楽しんでいる。デービッドは妻に習い、小物でおしゃれしている。
四人が揃い歩けば、華やかさが勝り目を引く。やはり出かけ先に合わせたコーデは、見る側も楽しい気分になる。
植物園は大きなガラスの建造物で、中は9つ、外は3つのエリアに分かれている。
アナベルたちがいるのは第二エリア。目的の花は第五エリアにある。目当てを求めて、全てを見ようと急いでは折角の植物園を楽しめない。時間はあるのだからと、時折レティシアが植物の解説をしながらゆっくり歩いて進んでいく。終園時間が来たら、また来ればいいのだ。
今は前をイーサンとアナベルが歩き、少し後ろに離れて夫妻がついていく。
大好きな植物を見る中で、レティシアは時々にやけそうになるのを必死に耐えている。そこでデービッドがレティシアに輝く笑顔の訳を聞いたのだ。
すると最近のアナベルとイーサンの仲が縮まったような、側から見れば大変もどかしく、辛辣なポーラから言わせれば奇行が増えた、そんな距離感の話題となる。
アナベルがふとした時に、イーサンのその横顔を見つめていたり、指をちょんちょんと突いている。アナベルの謎行動は意図しているのかわからないが、使用人たちから頻繁に報告が上がるぐらいには仲に変化が起こっているようなのだ。
デービッドも、アナベルの中で何かが変わってきているのを感じている。
気の許せる、頼れる友人の触れ合いだったものが、確かな愛しさを持った距離へと変わりつつある気配。
前に目をやれば観葉を楽しむ息子と、かわいい婚約者が腕を組んで並んでいる。彼女の、イーサンの腕を取る仕草が、時折浮かべる笑顔が、今までのそれとは違う。
基本受動的であった彼女であった彼女にとっては、非常に良好な反応だ。
だが息子にとって良い変化かは分からない。彼女の心が指す感情が必ずしも男女の愛とは限らないのだ。友愛かもしれないし、極限な安心感かもしれない。
『別に構いません。それが、アナベルに想いを捧げない理由にならない』
子供の頃、病弱で屋敷で篭りがちであまり関わりがなかったせいなのか。それとも生来の気質か。
他人と自分を無闇に比較しない息子は、良くも悪くも前向きで割り切りが良い。彼は、すでに婚約者がいたアナベルに対し、コツコツと信頼を積み重ねてきたのだ。細い体で、いつ身に付けた胆力があるというのか。流石の根気に、彼の想いを知る者は全員度肝を抜かれた。
しかしその態度は、ようやく念願の婚約者になっても変わらない。
『彼女は義務で愛そうとするでしょう。それは嫌です。アナベルの感情を蔑ろにしたくない』
ただ努力すると、このことはすでにアナベルにも伝えているとイーサンは言っていた。
折角手に入れたチャンスを棒に振っているように思え何かと関わりたくなるが、外野がとやかく言うのは、大きな間違いが起こりやすい。
引き続き見守ることに徹するべきだとなった。そもそも恋愛に親が出る幕は過ぎている。後は野となれ山となれ。恋路の屍であれば拾ってやるのが務めである。
そう考えているが、アナベルが1人になりたいと話した時は少し心配したのも事実。
『大丈夫よ。何よりあの2人だもの。むしろ喧嘩ができる方が健全よ』
長年二人を見守っていたレティシアが言う通りであった。保養地区のスパへ泊まりに出掛け帰って来れば、イーサンとアナベルは夕闇会たる本音の会を開いていた。様子を遠くから見守っていたジャックたちから聞いた話では、ピリついた時間もあった気配はあったが、最後はお互い落ち着いていたと。まだ若い二人は腹を割って話し合い、着地して見せたのは流石に感心した。腰よりも低い幼い子たちが、いつの間にか心も体も成長していた。同時にもっと感情的に振る舞ってもいいのではないかとも思い、人の感情はなかなか一致しきれないなどと思いを馳せた。
イーサンとアナベルを見ていると、かつて自身にもあった若い時間、特に恋に患っていた時期を思い出す。
✴︎
デービッドとレティシアの出会いは、十五歳でのパーティーだ。
幼少期から付き合いがあった訳ではない。レティシアは王立騎士団の一族であるため王都の屋敷で、デービッドは国境近くにある領地の屋敷で暮らしていた。
二人の運命が交わったのは王立の中等学園から。通う学園が同じであったのがきっかけだったが、クラスも違い関わりなんてなかった。学園内やパーティーで顔を見かける程度。
デービッドにとって、太陽よりも明るい雰囲気を纏い、豪快で元気なレティシアはとても興味深い存在であった。
デービッドにとって、レティシアは興味深い対象であった。
レティシアは、王城に努める父や長兄から、キャンベル家のご子息のとびきりの優秀さの話は聞き及んでいた。知り合いのパーティーでも、その奇妙で年相応でない振る舞いなどの噂は耳に届いていた。
同じ学園に通うようになり、本人のその奇抜さと優秀さのバランスに面白く感じていたのだ。
『その言い方ってないと思うわ。他の方に言えば変な噂になって明日から1人になるわよ』
パーティーでのある出来事をきっかけに初めて会話した時、デービッドはレティシアへの言葉を間違えた、
終わったと立ち尽くす彼であったが、レティシアは日頃の観察で彼の人付き合いに難があると察していた彼女は、その予想があったのが少し面白く感じ豪快に笑って見せた。
それからレティシア嬢とデービッド青年は、クラスが違っても話をする仲になった。友人として日々過ごす中で次第に、曖昧で、模索しながら、距離を縮めたり、危うくした、未熟すぎる想いを募らせていった。
若かった、なんて言葉では片付けられない気恥ずかしさと懐かしさに見舞われる。
レティシアも思い出していたのか、緑色の瞳が細められた。息子に引き継がれた、美しい瞳は光を受けてエメラルドのように煌めく。
「あの子が生まれてもうすぐ十八年。結婚してからだと…私たち、ずいぶん長く一緒にいるのね」
「……飽きたかい?」
少し不安を滲ませて聞けば、目を丸くするとレティシアは大きく笑って否定する。
「貴方ほど毎日のようにおかしな人、滅多にいないわよ! 愛おしくて敵わないわ!」
『貴方っておかしな人ね!』
昔と重なる。出会った時から大分大人びたが、変わらない麗しい顔。この笑顔が見れる度に、胸が熱くなる。嬉しくてしょうがない。
デービッドは再び息子に目をやる。周囲のやきもきした気持ちなんぞ気にかけず、イーサンは隣の彼女に夢中である。
「やはり親子なのかなぁ」
夫の呟きに、レティシアは「そりゃ親子よ!」と答えた。
レティシアが大好きな花は、ルミルヒという魔法の花。
大きさ様々な白や桃、青などの風船のような丸い花弁。夜は花が開き夜の光を雌しべに蓄積されて、朝を迎えると花弁が閉じて夜中に溜めた光がほんのり光続ける。枯れ始めに雄しべの花粉が風に乗って飛んでいく。
幻獣種の灯りとして使われたり、医療の現場でも活躍する。
高さは人の背丈ほどあり、淡く灯るぷくぷくと大きい風船は、愛らしく見応えがある。
「素敵ですね……!」
「でしょう! 昔ここで見てからもうずっと大好きで…。鈴蘭とも桔梗とも違うでしょ?このまん丸加減と光の灯し具合が本当に可愛くて。大好きなこの花のモチーフの家具やアイテムを見ると、衝動買いしたくなってしまうのよ」
頬に手を添えて困り顔を浮かべるレティシア。彼女が求めてしまうのも分かる。改めてルミルヒを見たアナベルは、そのシルエットに、ある記憶が重なった。長い茎に大きな丸い花弁。
(あれ、この花って)
隣に立つイーサンにこっそり目を向ければ、察した彼は静かに瞼を下ろし、上げる。デービッドがレティシアへの誕生日プレゼントに贈るブローチ、そのモチーフの一つになっていた。チラリとデービッドを伺えば、素知らぬ顔でのんびりと植物を観賞している。
「気に入っているなら買えばいいのに」
「もう! あなたが言うと制限なくなるからダメよ。あぁだけど本当に今年も綺麗に咲いたわね」
なんてレティシアに話を振って、和やかだ。
イーサンとアナベルは密かに笑い合った。
✴︎
植物を隅々まで堪能した四人は、馬車に揺れながら屋敷に戻る。
アナベルとイーサンはお土産を眺めていた。季節ごとで植物が変わるステンドグラスを模した、半透明デザインのブックマーク。まるで本物のように煌びやかなそれに、二人は学園の生徒会室を思い出した。そこで、自分たちだけでなく、生徒会の仲間たちへの贈り物としても購入したのだ。
生徒会長のニコルや、敬愛する先輩エズメからよく手紙が届く。
ニコルは婚約者家族と一緒に海外へ旅行中。夜会に参加できないことをひどく残念に思っているため、夏休みを開けたら絶対にプチパーティーを企画しようと楽しい誘いがあった。
エズメは婚約者と夏が明けたら結婚式を開くため、その準備が忙しいとのこと。しかし夜会は心から楽しみにしていると、嬉しい言葉をもらった。彼女も秋に入ったら、遊ぶ約束をすでに取り付けられている。
夜会で渡せるかわからないが、素敵なお土産を用意できたのは大変嬉しい。さらに喜んでもらえるなら僥倖である。
他にも、植物園限定のお菓子や、なんと花や観葉植物もお土産だ。
家族には植物園で育てた花の種から採った美容用のオイルだ。乳化しており、さらりとした肌触りのオイルは夏でもベタつくことなく使えそうな一品だ。口に入っても安全だと言うのが、幼い妹たちにも良さそうだと選択した。
「アナベルが選んだんだ。絶対気に入ってもらえるよ」
アナベルはしっかり頷く。美容系のアイテムは人を選ぶが、日頃母や妹たちの使っている美容品は熟知している。成分もイーサンに確認してもらい、アレルギー成分は無いことは確認できている。気に入ってもらえればとても嬉しい。
「明日は何時に待ち合わせ?」
「十一時に駅前のカフェで待ち合わせよ」
明日の予定は決まっている。アナベルの家族が、保養地区で観光する日だ。 一日見て回りたい家族の案内役を、夏の間色んな場所を知ったアナベルが胸を張って買って出たのだ。
待ち合わせ場所は、妹のミラが街のガイドブックを読み、「いきたい!」と強く願っていたカフェだ。リボンやぬいぐるみ、フリルをメインアイテムに、ピンクを基調に店内を設えた可愛さ満点のお店である。
家族とは一度夜に別れ、そして明後日皆サイドハウス・ノアに合流、数日一緒に過ごす予定になっている。そこには、領地に住まうイーサンの祖父母や曽祖、マリアンヌ家族、またレティシアの家族なども集まることになっている。
「楽しんでくるんだよ」
「はい。ありがとうございます」
デービッドの言葉に、アナベルは笑顔で頷いた。
明日もまた楽しみだ。アナベルは大事な宝物を優しく両手で包み込んだ。

