レディ・クロックの夏休み〜働き者の令嬢は、婚約破棄により「お休み」いたします?!〜

 サイドハウス・ノアでの夜会と、レティシアの誕生日会が間近に迫る。
 今日はソフィアたち使用人と共に準備の手伝いだ。誕生日会の進行と不備がないかの最終確認である。

『折角なんだもの。バーンズご家族も、お友達もみんなを誘いたいわ』

 キャンベル家の誕生日会は、毎年身内のみが集まっていたが、今年は息子のかわいい婚約者に、その家族も参加する。レティシアの友人たちや、職員、ノア男爵といった普段なら仲良くしている人たちも招待したいと、最愛の妻に願われれば、断るような夫ではない。
 温室で開かれる誕生日。彼女が好む花々を取り寄せ、大好きな家族も友達も呼び、彼女の好きでいっぱいな空間を作り上げるのだ。これには皆張り切っている。

「毎年だけどさ。今年はすごいよ」

「ご希望を答えたいのです。分かります」

 長年レティシアに付き添うソフィアが低い位置で拳を握り、じっくり頷いた。冷静沈着な彼女も、主人に応えたい強さが滲み出ている。リストを確認すれば、当たり前だが何も問題ないことがわかり、一同安堵に胸を撫で下ろした。
あとは当日晴れることを祈るばかりだ。

「ポーラに呪いでも教えてもらおう」

「そうね」

 手伝いも終わってしまい、他にも仕事がないかと聞いたが、一斉に顔を横に振られてしまう。夏休みも残り少なっているのだから、ゆっくり過ごすよう二人は部屋を出された。
 するとキャンベル家の魔女、ポーラが現れた。夫妻から午後のお茶会の誘いである。

「さ、アフタヌーンにしましょう!」

 サイドハウス・ノアでのアフタヌーンティーは、レティシアの温室で開かれた。
日差しを浴びて生き生きと育つ植物に囲まれて。目をキラキラと輝かせて、 一つずつ堪能する。アナベルは口の中に広がる幸福の味に、時折瞼を閉じながら、感動に震えていた。
 王都の店が休みであるキャンベル家の元パティシエ、タイスが作ってくれた。夏休みをテーマに、季節の果物が練りこまれたスコーンに、手製のクロワッサンに夏野菜とスパイスの効いた鶏肉が挟まれたサンドウィッチ、トマトの旨味が詰め込まれたガスパチョの、塩味はしっかりと腹を満たす。その味に、海に見立てたジュレのプチパフェや、動物や絵画の夏の思い出が可愛らしいイラストになって描かれたマカロン、レモンパウダーがパチパチと口の中で弾ける飴細工の施されたショートケーキ、などの甘みが引き立つ、最高の組み合わせである。

「秋になったらアナベルの侍女を本格的に選ばないと。それともバーンズ家から誰か連れてくる?」

 上がった話は、アナベルの侍女についてである。なんともありえない話なのだが、アナベル専属のメイドはいないままであった。今まではバーンズ家かベルナルド家、どちらかの使用人がサポートしてくれていた。アナベルの両親や妹からは侍女については何度か提案されていたのだが、アナベルが組む予定が緻密であったため、気をつかわせたくないと答えを先延ばしにした。
 そして何より、アナベル自身が大してそのことを気にしていなかったのだ。
 今後より活躍していくならば、侍女の支えは力になる。レティシアたちにそれはもう力説され、熱く語られた。腕が立つ者であれば、出かけ先の護衛にもなる。ソフィアという長年支えられてきた力強い存在を持つレティシアがいう言葉には、重みがあり過ぎた。

「すでに雇い入れると決定した人もいるよ。『是非アナベル様付きに』って突撃してきてね」

 驚いたアナベルはビー玉のように目を丸くする。名指しで、それもキャンベル家に来る知り合いは思いつかない。一体誰だろうか。

「王都に戻ったら引き合わせるよ。大丈夫、アナベルも信頼するだろう」

「はい。楽しみです」

 アナベル侍女問題についてだが、実はキャンベル家使用人の中から誰か付けるかと話し合ったことが何度もある。誰もが名乗りを上げ、しかし「もっと相応しい人物が良いのではないか」という話になり平行線を辿った。結局新しい人を雇った方が良いと結論に至ったのだ。
 雇い入れの求人は出し、応募をかけている。秋始めから面接をする予定だ。
 どれだけ求人が来るかは不明で、すこし不安もあるアナベルではあるが新しく出会える人にら期待もあった。

(そうだわ)

 アナベルはようやく、夏からずっと聞きたかったことを聞くことにした。

「もしよろしければ、キャンベル家での雇い入れる条件などありましたら教えていただけませんか?」

 キャンベル家の雇用条件。人柄も良く、仕事に真面目で、突出した才能を活かせる彼らを探し出すのは容易ではなかったはずだ。
 アナベルの質問に、デービッドとレティシアは瞬きを繰り返した。

「アナベル様。それはデービッド様方の条件、と言うことでよろしいでしょうか。何分、ご領地との条件も変わっておりまして」

「変わっている?」

 キャンベル家領地での募集要項には、好きな物・事の紹介が必ずあると言う。面接者は現領地運営をしているイレールーイーサンの祖父、つまりはデービッドの父。爵位を早々に息子に譲り、玩具会社も運営している。その内容と人柄次第では、使用人ではなく会社で雇い入れることもあるそうなのだ。アナベルも話を聞いたことがあった。

「いや、あれはお爺様が好きでされてることだから。ひい爺様の時は、ひい婆様が最終的に面接をして、必ず銃の撃ち合いをしていたって聞いてるからね」

 そもそも当主夫妻が面接する自体珍しいのだ。他は家政婦か執事長が担当する。キャンベル家では当主によって変えている。
 では、デービッドとレティシアはどうか。夫妻も面接の際は、執事長とメイド長と共に面接に出席している。いるのだが、デービッドもレティシアも悩み込んでしまい、アナベルは狼狽えてしまう。てっきり明確な判断基準があるだと思っていた。

「特に無い、かな。雇用条件に合っていれば」

「そうねぇ。話をしていて、合う合わないはわかるし。犯罪歴もないならねぇ」

 首を捻る二人から出た答えは、当たり障りのないものであった。
 となれば人をみる目がありすぎるのだろう。
 
「そうなのですか? 私は何かに夢中になっている人を積極的に雇っているのかと」

 イーサンの言葉に、三人は顔を見合わせた。
 料理を作るのが人生。植物で家を飾るのが得意。おしゃれに夢中。温泉探しの末に大陸を巡る、など、深度はあれど誰もが何かに夢中になっている物事があるのだと。イーサンはずっと考えていたらしい。
 すると「アイザックからは、その傾向が確かに強いかもしれませんね」と、ナルシスのフォローが入る。

「偶然だったんだ……」

 イーサンの呟きにアナベルも頷くしかない。
 その時々に必要な人が来てくれたら、それは必然である。まぁ他の貴族と比べると大した噂のないキャンベルに来る時点で、変わり者であるに違いないが。

「あら、なら運命っていいましょ? 私たちの出会いみたいに」

 デービッドが固まった。あからさまに動揺している。いく年経とうと、まだ己の甘い展開には慣れていないらしい。

「流石レティシア様です」

 デービッドは鉄仮面の分類に入る当主。その表情を変えさせるのは、圧倒的に夫人であるレティシアである。
 主人の代わりに自信満々な笑みを浮かべる侍女に、レティシアはからからと笑う。

「もうソフィアったら! だからアナベルも、まずは面接に来てくれた方々と会ってみましょ。お互いが合うと感じる瞬間があるわ」

「母さんとソフィアも、その瞬間があったのですか?」

息子の問いに、三十年近い付き合いのある女主人と、侍女は顔を見合わせた。しっかり頷くと、一言。

「そうね。あったわ」

「はい。ございました」

 力強く応えたのだった。過去端々でレティシアとソフィアの思い出話を聞かせてもらったが、一から聞いたことはない。ぜひ聞かせて欲しいと子供達に請われたレティシア。昔話を今話すのは照れくさい、けど今度必ず話してくれる約束を、子供達と結ぶ。
 ちなみに父親にナルシスとジャックとの付き合いを聞けば、デービッドは2人が優しいからだと、一度落ち着かせるためか、お茶を啜りながらデービッドは言う。
 簡単にまとめてしまえば、誰にも出会いがある、訳だ。
 アナベルの侍女となる女性は一体どんな人だろう。考えるだけで、ワクワクしてくる。

「楽しみだね。新しい出会い」

「そうね。ワクワク、して来たわ」

 アナベルの返答に、イーサンが目を輝かせる。最近アナベルが非常に楽しそうに未来を描いている。時間にしっかりしているところは変わらないが、以前よりものびのびとしている。
 隣に座るイーサンがニコニコと笑いはじめ、アナベルが不思議そうな顔をする。それも次第にやわらぎ、いつの間にか彼女も笑っていた。

 そんな二人に、さらに隣で頬を緩ませる妻の姿を、デービッドは感じていた。