レディ・クロックの夏休み〜働き者の令嬢は、婚約破棄により「お休み」いたします?!〜

 夏休み四十六日目の朝。
 今朝のイーサンの体調は問題なく、爽快に目覚めた。
 アナベルとイーサンは予定通り、森林の小道を馬に乗りながら、朝散歩に興じていた。

 休息期間中、アナベルは朝散歩を日課にしていた。彼女の付き添いは毎日変わり、ポーラであったり、スーニーであったり、ジュリエットであったり。涼しい森林の中、木漏れ日を浴びながら歩く気持ちの良さや、動物たちが動く気配に木々から聞こえる音は面白く、散歩時間は素晴らしい経験であった。
 この体験を共有したい、イーサンと歩きたい。折角なら馬に乗って、のんびりと。その思いでアナベルは誘ったのである。彼女がこの夏初めて自ら思い付き、組んだ予定。
 今日は馬を連れて行くため、馬を世話している2人が付き添いだ。長年世話をしているアンジェイと、弟子のローランド。
 予定は、一時間ほどの川辺まで下り、小休憩を挟んだ後にまた同じ道を辿り帰路に着く。

 四人と二匹はのんびりと森林の中を歩く。

「気負わないで。彼女たちが導いてくれる。背筋を伸ばすだけでいいの」

「うん。優しい子達だものな」

 撫でてやれば、気持ち良さそうに嘶いた。アナベル救出作戦の時にも活躍してくれた彼女たち。夏休みから今まで、外出先へアナベルたちを送り届け、また迎えにきてくれた。
 頼もしい相棒だ。
 ゆらりゆらり。背中に乗って感じる、心地良いリズム。風で草木が揺れる。カパカパと蹄が土を蹴る音。遠くから聞こえてきた川音も、次第に近づいてくる。

「気持ちいい」

「うん。そうだね」

 アナベルは顔を上げる。木漏れ日が当たり、ふわりと靡く髪。その姿に、イーサンは目を細めた。
 草木に囲まれた視界が開け、ざぁっと大量の水が流れる川が現れた。


 川辺で降りて、少し休憩を取る。
 シートを取り出し広げ、アンジェイがバゲッドを出す。中には小腹を満たすサイズの小さなサンドイッチと、フライドポテト。濃く淹れたノンカフェインの紅茶がある。ジャックたちにお願いし、準備してもらったものだ。どんなに楽しいことも、途中で腹が減ったら悲しくなる。
サンドイッチはベーコンと卵が挟んでいる定番のものと、焼き魚とピクルスが挟んである変わりタネの2種類が、人数分用意されている。
馬たちには新鮮な人参。むしゃむしゃと食べている2匹の横で、4人も有り難くサンドイッチと紅茶をいただきながら話に花を咲かせる。

「そうだ。今日改めて父様たちから話があるよ。夜会についてだ」

「お、左様ですか。昨日も忙しそうでしたものね。これは賑やかになりますね」

 レティシアとデービッドから昨日話されたのは、6日後にサイドハウス・ノアで夜会を開くとの事であった。
 夏の初めに夜会を開いた以降は、のんびりと過ごすのが恒例となっていたキャンベル家も、婚約を果たしたこの夏は幾つか参加していた。
 イーサンとアナベルは夏休みを優先させるため、2人の代わりにデービッドやアナベルの両親があちらこちら出席していた。
 しかし。もの足らない、本人たちに会いたいと沢山の言葉が手紙が、なんとキャンベル家領地に住まう、イーサンの祖父母らにも届くようになっていた。
 二人への関心が高まっている。どうするか、と考えた際、サイドハウス・ノアで夜会を開き、皆を読んだ方が早いのではないか、と結論に至ったのだ。急な話であるため、予定が合わない方々には秋に改めて会うとして。この屋敷に呼べるだけ呼ぶ手はずを整えた、と。レティシアの誕生日会前日に開かれる予定だ。
 本当ならばもっと早くに話すはずが、丁度誘拐事件が起きてしまいそれどころで無くなってしまった。勝手に進めて申し訳ないと、頭を下げされてしまった。
 アナベルもイーサンも問題ない。むしろ今まで前面に立ってくれた事に感謝すれば、大人たちに「素直に甘えればいい」と返された。一週間もないが、すでに準備は整えているのだから流石である。招待状も送付済み。
 残りの期間で最後の詰め作業である。

「私たちも街に出ると、聞かれますからねぇ」

 使用人の間でも、急なイーサンとアナベルの婚約に沸き立っていたのだ。アナベルに起こった事情も相まって、好奇心の熱は冷めずにいるのだとか。

「ようやく舞踏室を活用してあげれるよ」

 サイドハウス・ノアを建てる際、とりあえず作ったものの、一度も活用されなかったサイドハウス・ノアの舞踏室。この夏ようやく日の目を見る。
 呼べる人は呼ぶと言われた招待客リストには、学園の友達や生徒会のメンバーもいた。
 残念ながら海外旅行中のニコラスはいないが、先輩や後輩たちと会えるのは楽しみだ。

「まだまだ、夏休み楽しめるね」

 イタズラっぽく笑うイーサンに、三人は笑顔で頷いた。
 キラリ。水面が激しく輝く。空を見れば、昼間を照らす陽が爛々と輝いていた。

「今日も、暑くなりそうだなぁ」

✴︎

 再びのんびりと散歩を再開し、八時前にはノアに帰宅した。
 背中に乗せてくれた馬たちにブラシをかけながら礼を伝えれば、機嫌良く鳴いてすり寄る。
 ピカピカに世話をした二人は、朝からお風呂という王様でも選ばない豪華な時間を送り、着替えたアナベルとイーサンは食堂へ。レティシアとデービッドと朝食である。

「おかえりなさい! すっきりした顔ね!」

 子供たちはレティシアに頬を包まれ、交代にムニムニと揉まれる。

「おかえり。いい時間を過ごせたようだ」

「はい! アナベルありがとう、誘ってくれて」

「こちらこそ。体調は?」

「平気。むしろ整った感じだよ」

 今朝のメニューも、目から心を充実させるラインナップ。朝の散歩のことを話しながら食事を楽しみ、お腹が膨れたアナベルたち。
 昼前、使用人たちを集めて夜会のことを告げれば、盛り上がりを見せた。1番テンションが高いのは料理人チームとポーラだ。
 夏真っ盛りのパーティーを開くのは初めてだと、今から服の腕を捲り、張り切っている。
 昼食を取り終えてから、夜会までの段取り確認……と、料理人たちが押し寄せてきた。その腕にはファッション雑誌やら子供向け絵本やら、ミステリー小説、絵画集やらが抱かれている。夜会のメニューの参考に、アナベルの話も聞きたいとのことだった。

「私も他のお宅がどんなパーティーを開いているのか、知りたいな」

「それはようございます。が…こちらのお仕事です」

 メイドたちが一斉に肩を組み壁になって、料理人たちを一旦部屋から追い出した。なんというパワーか。部屋の外での攻防を聞きながら、アナベルとイーサンはまず先の予定を済ませる事にした。
 とは言っても、ソフィアたち優秀なメイドたちの働きで1時間も掛からずに終了した。強固なメイドの盾を突破できずに項垂れる料理人たちと合流し、アイデアや昔話で花を咲かせるのであった。
 話を聞き、方向性を定めた料理人たちは、決定をデービッドたちやジャックへと報告しに向かった。
 仕事を終えたアナベルとイーサンは、庭師であるマーガレットに誘われ、大きな花束を一緒に花瓶に生けたり、遊戯室で彼女たちとトランプに興じる。ポーカーフェイスであるマーガレットに翻弄されていると、チャリと扉が開き、デービッドが現れた。彼は一枚の紙を掲げ、少し興奮が溢れている。手の紙を認めたイーサンが、勢い良く立ち上がった。

「ようやく取れたよ」

「ありがとうございます!」

 紙を受け取ったイーサンは目を輝かせた。
 一体なんだろうか。聞けば、あまりにも想定外の言葉がでてきた。

「漁業権」