檻の外へー極道なんて、大嫌いー


「……若。お客様です。傘下の橘組の若頭が、今月のシノギの報告とご挨拶に上がっておりますが」
静まり返った私室に、再び若頭直属の部下が恐る恐る入室してきた。
橘組といえば、うちの傘下の中でもかなりの武闘派として知られる有力組織だ。その若頭がわざわざ本邸まで出向いてきているのだから、普通ならこちら側の若頭である若が応接室で出迎えるのが筋である。
だが、ベッドの傍らに座り、絞った濡れタオルでお嬢の額の汗を拭っていた若は、こちらを振り向きもしなかった。
「大樹。お前が代わりに接客しろ」
「……は?」
俺は思わず間の抜けた声を漏らしてしまった。
「いや、若。相手は橘組の若頭です。俺が代理で応対しては角が立ちますし、何より若ご自身が出向かない正当な理由が……」
「『体調不良』とでも言っておけ。俺はここを動かん」
ピシャリと言い放つその背中からは、「これ以上俺に話しかけるな、妹の安静の邪魔だ」という強烈なオーラが放たれていた。
入り口で待機している部下も、完全に引きつった顔で俺に助けを求めるような視線を送ってきている。
「……はぁ。承知いたしました」
俺は深いため息をつき、ひどく重い足取りで応接室へと向かう羽目になった。
これこそが、裏社会で『死神』と恐れられる男の、完全なる職務放棄の始まりだった。