君には勝てない



(――神楽。あの一般人のガキ、面拝まれて『狂狼』に目をつけられてるぞ)

昨日の深夜、集会のあとに副総長の蒼汰から告げられた言葉が、頭の中で何度もリフレインしていた。
私のせいで、ただ忘れ物を届けようとしてくれただけの陽太くんが、危ない目に遭う。そんなこと、絶対に許されるはずがない。

だから私は今日の朝、登校中の陽太くんを待ち伏せして、半ば強制的に私のマンションへ引っ張り込んだ。
ひとまずはここが一番安全だから。私のクラスメイトには指 一本触れさせない。

「……ん、……う」

カーテンの隙間から差し込む朝の光が眩しくて、私はうっすらと目を覚ました。
いつもなら、殺風景な自分の部屋のベッドで一人、気だるい朝を迎えるはずだった。
だけど――鼻先をくすぐる、信じられないくらい香ばしい匂いで、私の意識は一気に叩き起こされる。

だし巻き卵と、炊きたてのご飯、それから……お味噌汁の匂い?

私はベッドから飛び起きると、寝癖を雑に手ぐしで直しながら、慌ててリビングのドアを開けた。

「あ、美月ちゃん! おはよう」

キッチンからひょっこり顔を出した陽太くんを見た瞬間、私は危うくその場にへたり込みそうになった。

貸してあげた私の男物の大きすぎる白Tシャツを着て、首からは、親友の莉子がふざけて置いていったうさぎの耳付きピンクエプロンを下げている。
おまけに、手には菜箸。

……待って。何その生き物、破壊力が星座を突き抜けてるんだけど……!

「勝手にキッチン借りちゃってごめんね。お礼に朝ご飯作ったんだ。ちょうど今、盛り付けるところだよ」

「あ、う、うん……ありがと……」

暴走族の集会なら、何百人の男を前にしても堂々と演説できるのに、今の私は蚊の鳴くような声しか出せない。
食卓に並べられたのは、信じられないくらい綺麗な黄金色のだし巻き卵と、ツヤツヤのご飯。

「はい、美月ちゃんの分。召し上がれ!」

陽太くんはエプロン姿のまま私の正面の席に座って、嬉しそうに手を合わせた。
促されるまま、私は箸をつけてだし巻き卵を口に運ぶ。
じゅわっと上品な出汁の味が広がって、めちゃくちゃに美味しい。

「……美味しい」

「本当!? よかったぁ、口に合わなかったらどうしようって緊張しちゃった」

ふにゃりと胸がすくような笑顔を浮かべる陽太くん。
本当に、昨日不良相手にこぶしを振るっていた男の子と同じなんだろうか。

「あのさ、陽太くん」

「ん? なぁに、美月ちゃん」

「あんた、料理できるんだね」

「うん、両親が共働きで忙しかったから、自分の分は自分で作ってたんだ。……美月ちゃん、普段あんまりちゃんと食べてないでしょ? 冷蔵庫の中、栄養ドリンクと冷凍食品しかなかったよ」

痛いところを突かれて、ウッと息が詰まる。
総長の仕事や喧嘩で忙しくて、自分の食生活なんて完全に二の次だった。

「だから、俺がここにいる間は、美月ちゃんの健康管理も俺の役目ね!」

男らしく胸を張ってみせる陽太くん。
底抜けに明るい彼の笑顔を見ていると、深夜に蒼汰から言われた警告の重みなんて、一瞬で吹き飛んでしまいそうになる。

「……私の心配より、自分の心配しなよ。あんた、狂狼に狙われてるんだからね」

照れ隠しで、わざとぶっきらぼうに言うと、陽太くんは少しだけ表情を真剣なものに変えた。
お味噌汁のお椀を置いて、私の目をまっすぐに見つめてくる。

「分かってる。でも、俺、全然怖くないよ。だって美月ちゃんが『護る』って言ってくれたでしょ? ……俺ね、美月ちゃんのこと信じてるから」

「っ……!」

嘘偽りのない、まっすぐなトパーズ色の瞳。
裏の世界で、裏切りや騙し合いばかりを見てきた私にとって、彼の言葉は眩しすぎて直視できなかった。

喧嘩なら、どんな大男が相手でも一歩も引かない自信がある。
なのに、この可愛い一般人の男の子の、たった一言のセリフで、私の防壁は粉々に打ち砕かれてしまう。

ダメだ。朝から心臓がもたない……!

ご飯を喉に詰め込みそうになりながら、私は確信していた。
同じ屋根の下にいる限り、私はこの陽太くんという『太陽』に、一生勝てる気がしないのだと。