「――日向陽太です。よろしくね」
黒板の前で、ひまわりみたいに笑った転校生。
教室中の女子から黄色い歓声が上がるのも無理はない。少女漫画から飛び出してきたような、抜群に整った可愛い顔をしている。
でも、私には関係のないこと。そう思って、私は窓の外へ視線を戻した。
「じゃあ日向、神楽の隣の席に座れ」
担任のその言葉に、教室内がピキッと凍りつく。
誰もが私を恐れて、半径1メートルには近づこうとしない。
だって、私の裏の顔は――この街の不良を全て束ねる暴走族『黒月(くろつき)』の最強女総長だから。
そんなこととは露知らず、日向くんはトコトコと私の隣へやってきた。そして、屈託のない笑顔を向けてくる。
「よろしくね、美月ちゃん!」
いきなりの名前呼び。ドクンと心臓が跳ね上がる。
私が睨み返す前に、キィッと椅子を引く音が教室に響いた。クラスの女子グループのリーダー格が、わざとらしいため息をついて割り込んできたのだ。
「ちょっと、陽太くん? その子には話しかけないほうがいいよ。関わらないほうが身のためだって」
クスクスと周囲から下品な笑い声が漏れる。
いつものこと。一般人の冷ややかな視線なんて、もう慣れっこだった。
けれど――。
「え? どうして?」
日向くんは困ったように首を傾げた。怯えるどころか、私の前に一歩踏み出して、女子たちをまっすぐに見つめる。
「こんなに綺麗で優しそうな子のこと、そんな風に言うの良くないと思うな。俺は、美月ちゃん仲良くなりたいよ」
「は、はあ……っ!?」
顔を真っ赤にする女子たちを置いて、日向くんは私を振り返り、照れくさそうに笑った。
授業中、私は前を向いているフリをしながら、心臓のバクバクを必死に抑えることしかできなかった。
キーンコーンカーンコーン――。
放課後を告げるチャイムが鳴り、私は逃げるように席を立った。
今日はチームの集会がある。早く特攻服に着替えて、総長としての顔に戻らなきゃいけない。
「あ、待って、美月ちゃん!」
背後から日向くんの声が聞こえたけれど、私は振り返らずに教室を飛び出した。
学校の裏門を出て、人通りの少ない路地裏へ入ったその時。
「おい、待ちやがれ、神楽ァ!」
行く手を阻むように現れたのは、隣町の凶悪チーム『狂狼(きょうろう)』の三人の不良たち。
私の正体が女総長だと知って、手柄を立てるために待ち伏せしていたらしい。
「女のくせに総長気取りかよ。おい、ちょっと痛い目見せて――」
チッと舌打ちをして、私が拳を握り込んだ、その瞬間。
「美月ちゃんに、触るな――ッ!」
ドカッ!!
鈍い音が響き、不良の一人がよろめいた。
見ると、息を切らせた日向くんが、真っ直ぐに拳を突き出している。
「日向、くん……!? なんで、ここに……」
「美月ちゃんが急いで行っちゃうから、忘れ物、届けようと思って……。そしたら、変な奴らに絡まれてるのが見えて……!」
日向くんの細い腕は、小さく震えている。
普通の一般人なら、この体格差の不良を前にしたら逃げ出すはず。
それなのに、彼は私を背中に隠すようにして、一歩前に出た。
「大丈夫だよ、美月ちゃん。俺、ちょっとは喧嘩できるから。……君のことは、俺が護る」
そう言って、不器用そうに構える彼の背中を見つめる。
「馬鹿。私のほうが、圧倒的に強いのに……」
でも、震えながらも私を護ろうとしてくれるそのまっすぐな瞳を見た瞬間、私の胸は信じられないくらい熱く跳ね上がった。
喧嘩の勝ち負けなんて、どうでもよくなっていた。
この、眩しいくらいの優しさと男気に――私の心は、完全に撃ち抜かれていた。
「――ああ、やっぱりダメだ。私、この人には一生勝てない」



