ショートカット・スウィートケーキ

 アイスティーが入ったグラスの中。氷が溶けて、カラン、と小さな音を鳴らした。

「話し戻すけど。翠、夏休みは何か予定あんの?」

 私は赤い顔を落ち着かせるように小さく息を吐いてから、顔を上げた。

「夏休みは、家族旅行がひとつ入ってるのと、あとは文化祭の実行委員になっちゃったので、それで何回か学校に行くくらいですね」
「は? 実行委員?」

 内海先輩が眉根を寄せて、その綺麗な顔を歪める。

「翠、学級委員もやってなかったっけ?」
「……やってますね」

 私が苦く笑うと、先輩は盛大な溜息を吐いた。
 入学式の日に新入生代表の挨拶をしたからだろうか。クラスメイトと担任の先生、満場一致の推薦で学級委員になってしまった。
 それから、夏休みが明けたあと、九月の終わりに東高では文化祭が開催される。それに伴って、夏休み前に各クラスから二人ずつ、文化祭準備のリーダー的な役割として実行委員を選出することになったのだけれど……。これも、あれよあれよという間に私がやることに決まってしまって、断ることができなかった。

「お人好しが過ぎるだろ」

 先輩の言葉に私は肩を竦めた。

「ま……まぁ、でも、こんなチャンスもなかなかないかなって思いますし」

 近々、実行委員同士顔合わせのための会議もあるらしい。
 他クラスの子や、先輩たちと顔見知りになれたら、それはそれで楽しいかもしれない。
 そう返せば、先輩は軽くもう一度溜息を吐いてから、

「まぁ、それが翠らしいか」

 と、笑った。それから、「でもな」と私にズィッと顔を近付けてくる。

「程よく、役割は分担しろよ。ちゃんと」
「え?」
「蓋を開けてみたら翠しか準備してねーみたいなことになるなってこと」

 お前ならやりかねん、と先輩は続ける。ジトッと細められる目に、私は口元が軽く引きつった。

「どれだけ信用されてないんですか、私」
「一年始まってたった三ヶ月で、学級委員も実行委員も押し付けられてたら信用なんてできるわけないだろ。しかも、緑化委員でさっきの水やりだろ……? どんだけ仕事抱えてんだお前は」

 うっ、と私は言葉を詰まらせた。

「緑化委員はまだそこまで仕事多くないですから……!」
「そういう問題じゃない」
「も、もういいじゃないですか。この話はおしまいですっ」
「そんなことより!」と私は先輩のほうに少しだけ身を乗り出した。
「先輩こそ、夏休み、どうするんですか?」
「俺?」

 先輩は少しだけ瞳を瞬かせる。私は、こくこくと頷いてから姿勢を戻した。
 ちょっとだけ心臓の鼓動が速くなる。

「俺は、母さんの店の手伝いかな」

 先輩の表情からは、さっきまでの意地悪な雰囲気がなくなる。穏やかな声のトーンで、先輩はアイスティーのストローをくるくるとグラスの中で回した。

「今年も、ですか?」

 もし、「デート」とか言われたらどうしよう……と、一瞬だけ不安が過っていた私は、内心、ほっとしてしまう。
 長期休みに入ると、毎年『サロン・ド・レーヴ』で清掃やレジのお手伝いをすることが先輩の定番だった。
 今年も、内海先輩のその予定は変わらないらしい。

「おー。今年はバイト代アップするって言ってもらえてるし」
「そうなんですね」
「それに、カットとかそっちももっと教えてくれるらしいから、楽しみ」

 途端に先輩の瞳が輝いたように私には見えた。
 どこか嬉しそうに表情を和らげる先輩を見ていたら、こちらの口元まで自然に緩んでしまう。

「じゃあ、夏休み明けたら、先輩の技術がもっと磨かれてるってことかぁ」
「そのときはもっと上手に切ってやるよ」

 期待しとけ、なんて、自信満々に笑う先輩の笑顔が眩しくて、私はそっと目を細めた。
 窓の外。もうすぐ夕方になるというのに、まだまだ陽は高くて、レンガの道を明るく照らしている。
 うっすらと道の向こうに蜃気楼が立っているのが見えた。
 高校生になって初めての夏休み。一体どんな日々が待っているのだろう。