『サロン・ド・レーヴ』から歩いて五分ほどのカフェ。そこの窓際の一席に、私と内海先輩は向かい合って座っていた。
首の後ろを直接、空調の涼しい風が撫でていく。
「あ、美味い」
フルーツタルトを一口頬張った先輩は、瞳を輝かせてその表情を緩めた。
先輩のその顔を見ていると、『甘いものが好き』という言葉は本当だったんだなって毎回思う。
「本当ですか? よかった」
私はレアチーズケーキにフォークを通した。
「先輩、今日もありがとうございました。また切るの上手になりました?」
少しだけ軽くなった毛先。私が軽くそれを指で摘まんで見せると、先輩は軽く笑った。
「今回そんなに短くしたわけじゃないから、上手いも下手もねぇよ」
「いやいや、そんなことはないです」
前より手際も良くなっているし、何よりここのラインが綺麗だし、と毛先を軽く指でなぞるように触ると、内海先輩は「うるせぇな」と軽く私を睨んだ。
でも、少しだけ耳たぶが赤くなっているのが見えて、照れているのだと分かるから、怖くない。私は、チーズケーキを口に運びながら、緩みそうになる唇を誤魔化した。
「で?」
「うん?」
突然、「で?」と内海先輩が軽く目を細めて私のことを見るから、意味が分からなくて首を傾げた。
「なんですか?」
「なんですか、じゃねぇよ。あいつとは、どうなったんだよ」
――加納千昭。
先輩からその名前が飛び出して、私は飲もうと手を伸ばしていたアイスティーが入ったグラスを、勢い余って倒しそうになってしまった。慌ててそれを両手で支える。心臓がバクバクとうるさい。嫌な汗が額に滲んで、私は平静を装うように苦笑いを浮かべた。
「どうって……別にどうもなってないですけど」
「ふーん? 四月はあんなに騒いでたのにな? 『まさかの学校一緒だったんですぅ』って」
先輩が私の口調を誇張して真似するから、思わずムッとしてしまう。
「そんな言い方してないですよ」
「でも、言ってただろ?」
「まぁ、それは言いましたけど!」
だって、言いたくもなるだろう。
千昭とは、あの告白事件以降ずっと気まずかった。中学卒業後は、家が近くても高校が違えば顔を合わせる機会も減るだろうって思っていた。
千昭の第一志望は違う高校だって聞いていたし……。
それなのに、まさか、入学式の日に千昭の姿を同じ体育館で見つけるなんて思わないじゃないか……!
「で、でも、運よくクラスは離れてますし。関わることもほとんどないので」
私たち一年生は全部で八クラスある。私は二組で、千昭は五組だった。間に二クラスも挟んでいるおかげで、合同授業でもほぼほぼ一緒になることはないし、廊下で見かけることもほとんどない。
それを内海先輩に言えば、先輩は「ふぅん」とタルトの桃を頬張りながら相槌を打った。あんまり興味がなさそうな返事に、私は少しだけ身を乗り出して先輩に顔を寄せる。
「そんなことよりも、私は内海先輩が同じ学校だったことのほうが衝撃でした」
「え? ああ……」
内海先輩の唇の端がニヤりと上がる。
「あのときの翠、最高に面白かったな」
思い出し笑いをするように肩を揺らす。
「ほんっと、先輩、意味分かんないですからね! 私が東高受験するって言ったときも、何も言わなかったし! それこそ、内海先輩が『翠は東高が合いそうだけど』とか言って……!」
「翠が聞かなかっただけだろ、俺がどこの高校通ってるとか」
「だって、それは……」
「っていうか、いつまで俺のこと『内海先輩』って呼ぶわけ? 慣れないんだけど。前みたいに、『内海くん』のほうが落ち着くって言ってんじゃん」
今度は先輩のほうから私に顔を近付けてきた。からかうように細められる目。
私は、ぐっと息を飲み込んだ。自分の顔が色んな意味で熱くなる。
「だ……だって、私、内海先輩が年上だって、ずっと知らなかったんですもん……!」
仕方ないじゃないですか、と言い返せば、ついに先輩は堪えきれないと言わんばかりに声を出して笑った。
そう。私は、中学二年生のときに初めて内海先輩に出会い、高校の入学式の日に先輩と話すまでずーっと、内海先輩は同い年だとばかり、勝手に思い込んでいたんだ。
首の後ろを直接、空調の涼しい風が撫でていく。
「あ、美味い」
フルーツタルトを一口頬張った先輩は、瞳を輝かせてその表情を緩めた。
先輩のその顔を見ていると、『甘いものが好き』という言葉は本当だったんだなって毎回思う。
「本当ですか? よかった」
私はレアチーズケーキにフォークを通した。
「先輩、今日もありがとうございました。また切るの上手になりました?」
少しだけ軽くなった毛先。私が軽くそれを指で摘まんで見せると、先輩は軽く笑った。
「今回そんなに短くしたわけじゃないから、上手いも下手もねぇよ」
「いやいや、そんなことはないです」
前より手際も良くなっているし、何よりここのラインが綺麗だし、と毛先を軽く指でなぞるように触ると、内海先輩は「うるせぇな」と軽く私を睨んだ。
でも、少しだけ耳たぶが赤くなっているのが見えて、照れているのだと分かるから、怖くない。私は、チーズケーキを口に運びながら、緩みそうになる唇を誤魔化した。
「で?」
「うん?」
突然、「で?」と内海先輩が軽く目を細めて私のことを見るから、意味が分からなくて首を傾げた。
「なんですか?」
「なんですか、じゃねぇよ。あいつとは、どうなったんだよ」
――加納千昭。
先輩からその名前が飛び出して、私は飲もうと手を伸ばしていたアイスティーが入ったグラスを、勢い余って倒しそうになってしまった。慌ててそれを両手で支える。心臓がバクバクとうるさい。嫌な汗が額に滲んで、私は平静を装うように苦笑いを浮かべた。
「どうって……別にどうもなってないですけど」
「ふーん? 四月はあんなに騒いでたのにな? 『まさかの学校一緒だったんですぅ』って」
先輩が私の口調を誇張して真似するから、思わずムッとしてしまう。
「そんな言い方してないですよ」
「でも、言ってただろ?」
「まぁ、それは言いましたけど!」
だって、言いたくもなるだろう。
千昭とは、あの告白事件以降ずっと気まずかった。中学卒業後は、家が近くても高校が違えば顔を合わせる機会も減るだろうって思っていた。
千昭の第一志望は違う高校だって聞いていたし……。
それなのに、まさか、入学式の日に千昭の姿を同じ体育館で見つけるなんて思わないじゃないか……!
「で、でも、運よくクラスは離れてますし。関わることもほとんどないので」
私たち一年生は全部で八クラスある。私は二組で、千昭は五組だった。間に二クラスも挟んでいるおかげで、合同授業でもほぼほぼ一緒になることはないし、廊下で見かけることもほとんどない。
それを内海先輩に言えば、先輩は「ふぅん」とタルトの桃を頬張りながら相槌を打った。あんまり興味がなさそうな返事に、私は少しだけ身を乗り出して先輩に顔を寄せる。
「そんなことよりも、私は内海先輩が同じ学校だったことのほうが衝撃でした」
「え? ああ……」
内海先輩の唇の端がニヤりと上がる。
「あのときの翠、最高に面白かったな」
思い出し笑いをするように肩を揺らす。
「ほんっと、先輩、意味分かんないですからね! 私が東高受験するって言ったときも、何も言わなかったし! それこそ、内海先輩が『翠は東高が合いそうだけど』とか言って……!」
「翠が聞かなかっただけだろ、俺がどこの高校通ってるとか」
「だって、それは……」
「っていうか、いつまで俺のこと『内海先輩』って呼ぶわけ? 慣れないんだけど。前みたいに、『内海くん』のほうが落ち着くって言ってんじゃん」
今度は先輩のほうから私に顔を近付けてきた。からかうように細められる目。
私は、ぐっと息を飲み込んだ。自分の顔が色んな意味で熱くなる。
「だ……だって、私、内海先輩が年上だって、ずっと知らなかったんですもん……!」
仕方ないじゃないですか、と言い返せば、ついに先輩は堪えきれないと言わんばかりに声を出して笑った。
そう。私は、中学二年生のときに初めて内海先輩に出会い、高校の入学式の日に先輩と話すまでずーっと、内海先輩は同い年だとばかり、勝手に思い込んでいたんだ。


