章 卒
高校生活最後となる3学期が始まった。
クラスメイトたちが冬休みの思い出を語り合う中、私の胸を支配していたのは息苦しい後ろめたさだった。
あの年末、新太と体を重ねてしまったこと。
まっすぐな勇斗の告白を断っておいて、自分はそんなことをしてしまった。
どうしても、自分自身が許せなかった。
だから私は、勇斗に対して後ろめたさを抱え、気まずさを引きずったまま日々を過ごしていた。
自分一人では、その罪悪感の重さに耐えきれそうになかった。
3学期のある日の放課後。
教室に二人きりになったタイミングで、私は意を決して、親友の明里に新太の部屋で自分の気持ちを確かめるために、体を重ねてしまったことを打ち明けた。
「……それでね、わかったんだよね。あんなふうに確かめてみたけど、私の中に新太への気持ちはもう、これっぽっちも残ってなかった。本当に、何もなかった」
話し終えて、恐る恐る明里の顔を見上げた。
明里は信じられないというように目を見開いたあと、真っ赤になって激怒した。
「自分の気持ちを確かめるためだからって、なんでそこまでしなきゃいけないのよ! 自分を傷つけて安売りするような方法でしか確かめられなかったの!? 柚那のバカ!」
明里は悔しさと怒りを滲ませながら、私の肩を何度も叩いた。叩く手のひらに、私への痛切な心配がこもっているのが伝わって、胸の奥が熱くなる。
「ごめんなさい……本当に、ごめん……」
俯いて泣く私を見て、明里はため息をついた。
「でも……、気づいたならそれでもよかったと思うしかないのかな。これであのクズとは、本当に終わりなんだから」
明里はそう言って、私の体をぎゅっと強く抱きしめてくれた。彼女の冬服から、いつもの石鹸の匂いがふわりと漂って、私の凍りついていた心を優しく溶かしていくようだった。
ーーーーーーーーーー
2月に入ると体育館での卒業式の練習が始まった。
冷え切ったパイプ椅子に座り、起立や礼の所作を繰り返していると、「いよいよ本当に高校生活が終わってしまうんだ」と、寂しい実感が湧いてくる。
そして、とうとう卒業式前日の夜を迎えた。
明日で、本当に高校生活が終わる。
このまま勇斗に対して後ろめたさを持ったまま別々の進路に進み、もう二度と話せなくなるかもしれない。
そう思うと、胸の奥がぎゅっと締め付けられるように苦しかった。
夕飯と入浴を済ませて自室に戻り、ふと机の上のスマホを見ると、勇斗からメッセージが届いていた。
『柚那ー、今電話していい?』
ドクン、と心臓が激しく跳ね上がった。 少し震える指先で、私はどうにかキーボードを叩いた。
『うん。大丈夫だよ』
送信した直後、待っていたと言わんばかりに、すぐに画面が切り替わって着信音が鳴り響いた。
「……もしもし」 声が震えないように、必死に抑える。
「いきなり電話ごめん。ちょっと話したいことがあってさ」
電話の向こうの勇斗の声は、驚くほどいつも通りで、穏やかだった。
「どうしたの? 勇斗から電話なんて、珍しいから……びっくりしちゃった」
「……とうとう明日、卒業式だな」
「うん、そうだね」
「それでさ。柚那にお願いがあるんだけど」
「お願い……?」
少しの沈黙。電話越しに、勇斗が小さく息を吸い込む音が聞こえた。
「明日……俺の第二ボタン、柚那にもらってほしいんだ」
「っ……!」
予想もしていなかった言葉に、心臓が大きく跳ね上がった。
(……私に、そんな資格、あるのかな)
勇斗のまっすぐな気持ちを突き放しておきながら、自分の迷いを晴らすために、あんな軽率な行動をとってしまった。
取り返しのつかない過ちを犯した私に、彼のいちばん綺麗で真っ直ぐな気持ちを受け取る資格なんてあるのだろうか。
胸の奥で、ドス黒い罪悪感が激しく渦を巻く。
「ほ、本当に……私でいいの?」
「うん。柚那がいい」
迷いのない、まっすぐな声だった。
勇斗は少しだけ間を置いて、言葉を続ける。
「いきなり付き合ってとか、そういうプレッシャーかけるつもりはないから安心して。俺、一回柚那に振られてるしね」
語尾に、照れ隠しのような小さな笑い声が混じる。
「勇斗、それは……」
「でもさ」
私の言葉を遮るように、勇斗の声が真剣なトーンに変わる。
「俺の中で、いちばん大切な人に渡したいって思ったんだ。……だから、受け取ってくれないか?」
『いちばん大切な人』。
その言葉が、じんわりと胸の奥のやわらかい部分に染み込んでいく。
過去の呪縛に囚われ、心がすり減ってボロボロになっていた私を、勇斗はずっと側で励まし、笑わせてくれた。
彼が私に向けてくれる優しさは、いつだって温かくて、ひだまりのように心地よかった。
「……うん。私でいいなら、嬉しい」
私はスマホを握りしめ、自分でも驚くほど素直な声で頷いた。
「……そっか。よかった!」
電話の向こうで、勇斗が心底ホッと息を吐き出す気配が伝わってくる。
「じゃあ、明日。卒業式が終わったあと、また連絡するよ」
「うん、待ってるね」
通話が切れ、再び静寂が戻った部屋の中。
明日、彼から第二ボタンをもらうこと。
それで私の後ろめたさがすぐに消えるわけではないけれど。
勇斗の『いちばん大切な人』という響きが、私の中に灯った小さな明かりのように温かく広がっていく。
明日を思うと、ふと心臓がうるさいほどの音を立てて暴れ出す。 暗くなったスマホを見つめながら、私は、何度も深呼吸を繰り返した。
高校生活最後となる3学期が始まった。
クラスメイトたちが冬休みの思い出を語り合う中、私の胸を支配していたのは息苦しい後ろめたさだった。
あの年末、新太と体を重ねてしまったこと。
まっすぐな勇斗の告白を断っておいて、自分はそんなことをしてしまった。
どうしても、自分自身が許せなかった。
だから私は、勇斗に対して後ろめたさを抱え、気まずさを引きずったまま日々を過ごしていた。
自分一人では、その罪悪感の重さに耐えきれそうになかった。
3学期のある日の放課後。
教室に二人きりになったタイミングで、私は意を決して、親友の明里に新太の部屋で自分の気持ちを確かめるために、体を重ねてしまったことを打ち明けた。
「……それでね、わかったんだよね。あんなふうに確かめてみたけど、私の中に新太への気持ちはもう、これっぽっちも残ってなかった。本当に、何もなかった」
話し終えて、恐る恐る明里の顔を見上げた。
明里は信じられないというように目を見開いたあと、真っ赤になって激怒した。
「自分の気持ちを確かめるためだからって、なんでそこまでしなきゃいけないのよ! 自分を傷つけて安売りするような方法でしか確かめられなかったの!? 柚那のバカ!」
明里は悔しさと怒りを滲ませながら、私の肩を何度も叩いた。叩く手のひらに、私への痛切な心配がこもっているのが伝わって、胸の奥が熱くなる。
「ごめんなさい……本当に、ごめん……」
俯いて泣く私を見て、明里はため息をついた。
「でも……、気づいたならそれでもよかったと思うしかないのかな。これであのクズとは、本当に終わりなんだから」
明里はそう言って、私の体をぎゅっと強く抱きしめてくれた。彼女の冬服から、いつもの石鹸の匂いがふわりと漂って、私の凍りついていた心を優しく溶かしていくようだった。
ーーーーーーーーーー
2月に入ると体育館での卒業式の練習が始まった。
冷え切ったパイプ椅子に座り、起立や礼の所作を繰り返していると、「いよいよ本当に高校生活が終わってしまうんだ」と、寂しい実感が湧いてくる。
そして、とうとう卒業式前日の夜を迎えた。
明日で、本当に高校生活が終わる。
このまま勇斗に対して後ろめたさを持ったまま別々の進路に進み、もう二度と話せなくなるかもしれない。
そう思うと、胸の奥がぎゅっと締め付けられるように苦しかった。
夕飯と入浴を済ませて自室に戻り、ふと机の上のスマホを見ると、勇斗からメッセージが届いていた。
『柚那ー、今電話していい?』
ドクン、と心臓が激しく跳ね上がった。 少し震える指先で、私はどうにかキーボードを叩いた。
『うん。大丈夫だよ』
送信した直後、待っていたと言わんばかりに、すぐに画面が切り替わって着信音が鳴り響いた。
「……もしもし」 声が震えないように、必死に抑える。
「いきなり電話ごめん。ちょっと話したいことがあってさ」
電話の向こうの勇斗の声は、驚くほどいつも通りで、穏やかだった。
「どうしたの? 勇斗から電話なんて、珍しいから……びっくりしちゃった」
「……とうとう明日、卒業式だな」
「うん、そうだね」
「それでさ。柚那にお願いがあるんだけど」
「お願い……?」
少しの沈黙。電話越しに、勇斗が小さく息を吸い込む音が聞こえた。
「明日……俺の第二ボタン、柚那にもらってほしいんだ」
「っ……!」
予想もしていなかった言葉に、心臓が大きく跳ね上がった。
(……私に、そんな資格、あるのかな)
勇斗のまっすぐな気持ちを突き放しておきながら、自分の迷いを晴らすために、あんな軽率な行動をとってしまった。
取り返しのつかない過ちを犯した私に、彼のいちばん綺麗で真っ直ぐな気持ちを受け取る資格なんてあるのだろうか。
胸の奥で、ドス黒い罪悪感が激しく渦を巻く。
「ほ、本当に……私でいいの?」
「うん。柚那がいい」
迷いのない、まっすぐな声だった。
勇斗は少しだけ間を置いて、言葉を続ける。
「いきなり付き合ってとか、そういうプレッシャーかけるつもりはないから安心して。俺、一回柚那に振られてるしね」
語尾に、照れ隠しのような小さな笑い声が混じる。
「勇斗、それは……」
「でもさ」
私の言葉を遮るように、勇斗の声が真剣なトーンに変わる。
「俺の中で、いちばん大切な人に渡したいって思ったんだ。……だから、受け取ってくれないか?」
『いちばん大切な人』。
その言葉が、じんわりと胸の奥のやわらかい部分に染み込んでいく。
過去の呪縛に囚われ、心がすり減ってボロボロになっていた私を、勇斗はずっと側で励まし、笑わせてくれた。
彼が私に向けてくれる優しさは、いつだって温かくて、ひだまりのように心地よかった。
「……うん。私でいいなら、嬉しい」
私はスマホを握りしめ、自分でも驚くほど素直な声で頷いた。
「……そっか。よかった!」
電話の向こうで、勇斗が心底ホッと息を吐き出す気配が伝わってくる。
「じゃあ、明日。卒業式が終わったあと、また連絡するよ」
「うん、待ってるね」
通話が切れ、再び静寂が戻った部屋の中。
明日、彼から第二ボタンをもらうこと。
それで私の後ろめたさがすぐに消えるわけではないけれど。
勇斗の『いちばん大切な人』という響きが、私の中に灯った小さな明かりのように温かく広がっていく。
明日を思うと、ふと心臓がうるさいほどの音を立てて暴れ出す。 暗くなったスマホを見つめながら、私は、何度も深呼吸を繰り返した。
