例の「予約客」の席の前を通り過ぎる際、私はトレイを持つ手にぐっと力を込め、意を決して半個室の中へ視線を向けた。
すだれ状のパーテーションの隙間から見えた女性は、こちらに背中を向けて座っていたが、その後ろ姿や巻き髪の雰囲気に、嫌な見覚えがあった。
向かいに座る男性も、俯き加減でメニューを見ているため表情までは窺えない。けれど、その肩のラインや、どこか居心地の悪そうに纏う空気は、ひどく見慣れたものだった。
(……やっぱり、ただの偶然なんかじゃない)
ドリンクを別のテーブルへ配膳し、空のグラスを下げてデシャップへ戻る際。
どうしても確かめずにはいられず、私はもう一度だけ、足音を殺してその席を盗み見た。
――その瞬間だった。
ふと顔を上げた男性と、真正面から視線がぶつかった。
……新太だった。
周囲のクリスマスソングが、一瞬だけ遠のいたような気がした。
新太は私と目が合った途端、ビクッと肩を震わせ、まるで幽霊でも見たかのように目を見開いた。そして、すぐに気まずそうにフイッと顔を逸らした。
間違いない。
やっぱり知っていて、わざわざ元カノのバイト先を選んで予約したんだ。
その後は、店長が私が彼らのテーブルに近づかずに済むように配慮してくれたおかげで、直接接客をすることはなかった。
けれど、ホールを歩きながら遠目に見えた二人の様子は、恋人同士の甘いクリスマスとは程遠く、どこか異様だった。
新太は終始居心地が悪そうに俯いて、ほとんど言葉を発していない。対する梨花は、時折わざとらしく大きな笑い声を上げたり、こちらの存在を意識するように、見せつけるような満足げな笑みを浮かべていた。
私を傷つけ、追い詰めて、その惨めな姿を確認するためだけに、梨花はわざわざ新太をここに連れてきたのだろう。そして新太は、それに渋々従ったのだ。
ドクドクと脈打つ心音と共に、やり場のない怒りと、それ以上の情けなさが込み上げてきた。
結局、二人はコースのデザートが終わると逃げるように足早に席を立った。
対照的に、梨花は最後まで勝ち誇ったように彼に腕を絡ませて、そのまま店をあとにした。
嵐のような営業が終わった、深夜の終礼のあと。
テーブルを拭きながら片付けをしている私に、店長がポツリと言った。
「お疲れさま。……あの二人さ、本当にうまくいってんのかな。遠目から見てたけど、男の方は女に終始威圧されてるっていうか、全然楽しそうじゃなかったぞ」
布巾を動かす手を止め、私は少しだけ考える。
少し前までの自分なら、「まだ私に気持ちがあって、あんなに居心地が悪そうにしているのかな」なんて考えて、馬鹿みたいに心が揺らいだりしたのかもしれない。
けれど、今日見た新太の姿は、ただただ情けなく映った。
店長の言葉を聞いても、私の心にはさざ波ひとつ立たない。自分でも驚くほど、ただただ冷え切っていた。
目が合った時、顔を逸らしたあの姿を見て、ようやく腑に落ちたのだ。
あそこにいたのは、私が好きだった『優しかった新太』じゃない。
私へのマウントを取るためだけに来た梨花の我が儘を、ただ黙って受け入れ、渋々ついてくるだけの『見知らぬ誰か』だ。
私の胸を締め付けていた執着も、未練も、悲しみも。
今の私は、もう彼に対して一ミリも何も感じていない。
まるで、張り詰めていた糸がプツリと切れたように。
私の心の中にあった新太への想いは、あの瞬間、この店で完全に消え去っていた。
すだれ状のパーテーションの隙間から見えた女性は、こちらに背中を向けて座っていたが、その後ろ姿や巻き髪の雰囲気に、嫌な見覚えがあった。
向かいに座る男性も、俯き加減でメニューを見ているため表情までは窺えない。けれど、その肩のラインや、どこか居心地の悪そうに纏う空気は、ひどく見慣れたものだった。
(……やっぱり、ただの偶然なんかじゃない)
ドリンクを別のテーブルへ配膳し、空のグラスを下げてデシャップへ戻る際。
どうしても確かめずにはいられず、私はもう一度だけ、足音を殺してその席を盗み見た。
――その瞬間だった。
ふと顔を上げた男性と、真正面から視線がぶつかった。
……新太だった。
周囲のクリスマスソングが、一瞬だけ遠のいたような気がした。
新太は私と目が合った途端、ビクッと肩を震わせ、まるで幽霊でも見たかのように目を見開いた。そして、すぐに気まずそうにフイッと顔を逸らした。
間違いない。
やっぱり知っていて、わざわざ元カノのバイト先を選んで予約したんだ。
その後は、店長が私が彼らのテーブルに近づかずに済むように配慮してくれたおかげで、直接接客をすることはなかった。
けれど、ホールを歩きながら遠目に見えた二人の様子は、恋人同士の甘いクリスマスとは程遠く、どこか異様だった。
新太は終始居心地が悪そうに俯いて、ほとんど言葉を発していない。対する梨花は、時折わざとらしく大きな笑い声を上げたり、こちらの存在を意識するように、見せつけるような満足げな笑みを浮かべていた。
私を傷つけ、追い詰めて、その惨めな姿を確認するためだけに、梨花はわざわざ新太をここに連れてきたのだろう。そして新太は、それに渋々従ったのだ。
ドクドクと脈打つ心音と共に、やり場のない怒りと、それ以上の情けなさが込み上げてきた。
結局、二人はコースのデザートが終わると逃げるように足早に席を立った。
対照的に、梨花は最後まで勝ち誇ったように彼に腕を絡ませて、そのまま店をあとにした。
嵐のような営業が終わった、深夜の終礼のあと。
テーブルを拭きながら片付けをしている私に、店長がポツリと言った。
「お疲れさま。……あの二人さ、本当にうまくいってんのかな。遠目から見てたけど、男の方は女に終始威圧されてるっていうか、全然楽しそうじゃなかったぞ」
布巾を動かす手を止め、私は少しだけ考える。
少し前までの自分なら、「まだ私に気持ちがあって、あんなに居心地が悪そうにしているのかな」なんて考えて、馬鹿みたいに心が揺らいだりしたのかもしれない。
けれど、今日見た新太の姿は、ただただ情けなく映った。
店長の言葉を聞いても、私の心にはさざ波ひとつ立たない。自分でも驚くほど、ただただ冷え切っていた。
目が合った時、顔を逸らしたあの姿を見て、ようやく腑に落ちたのだ。
あそこにいたのは、私が好きだった『優しかった新太』じゃない。
私へのマウントを取るためだけに来た梨花の我が儘を、ただ黙って受け入れ、渋々ついてくるだけの『見知らぬ誰か』だ。
私の胸を締め付けていた執着も、未練も、悲しみも。
今の私は、もう彼に対して一ミリも何も感じていない。
まるで、張り詰めていた糸がプツリと切れたように。
私の心の中にあった新太への想いは、あの瞬間、この店で完全に消え去っていた。
