12月25日、クリスマス当日。
明里は勇斗と過ごすため、今日のシフトには入っていなかった。
親友が彼氏と素敵な夜を過ごしているのは嬉しいはずなのに、一人で戦場のようなバイト先に向かうのは、少しだけ心細かった。
オープン準備を進めていると、バイトの後輩の男の子がニヤニヤしながら私に声をかけてきた。
「下崎さん、今日お願いしますね~。例の元カレが来るの、今日っすよね(笑)。もし本当に来たら相当やばいっすよ、その二人」
「ちょっと、なんでその話知ってんの!?」
「店長から『柚那にはあの席に近づけんなよ』って言われて、みんなで何事かとザワついてたんすよ」
「……もう、店長っ。まあいいけどさ。なんかあったらフォローしてね!」
私もつられて笑いながら明るく返したが、心臓の奥が少しだけチリチリと痛んだ。
平気なふりをするのは上手くなったけれど、本当はちっとも平気なんかじゃない。
どうかただの偶然で、あの二人じゃありませんようにと、朝からずっと祈り続けていた。
店がオープンすると、さすがはクリスマス。
店内はあっという間に満席となり、スタッフ全員が息つく暇もないほど忙しく動き回っていた。
楽しそうな笑い声、グラスが触れ合う音、店内に流れる明るい定番のクリスマスソング。
幸せそうな空気が充満する中、私だけがどこか別の空間に取り残されているような錯覚に陥りそうになる。
19時を回る頃、スタッフの一人が予約客を次々と席へと案内していた。
その頃、私は自分の担当テーブルの接客に追われ、ありがたいことに、すっかり例の予約のことは頭から抜け落ちていた。
一度デシャップにグラスを下げに戻った時だ。
先ほどの後輩が、ツンツンと私の肩を突いて耳打ちしてきた。
「……下崎さん。例の予約客、来てますよ。俺、本人たちの顔を知らないから、元カレかどうかまでは分かりませんけど」
ピタリと、息が止まった。
さっきまでかいていたはずの汗が一瞬で引き、全身の温度が急激に下がるのがわかる。
例の予約客が通されたのは、店内の奥にある半個室のエリアだった。
完全に壁で仕切られているわけではなく、すだれのようなパーテーションで区切られているだけなので、歩く角度によっては中の様子が外からでもチラリと見える作りの席だ。
接客をこなしながらも、私の頭の中ではずっと警報が鳴り響いていた。
店長が気を利かせて私の担当から外してくれている以上、あの席には近づかないのが正解だ。
そんな時、他のスタッフが作ったドリンクがデシャップにポツンと放置されているのに気がついた。
周囲を見渡しても、スタッフは皆、他のテーブルの対応やバッシングで手が離せない様子だ。
氷が溶けてグラスに水滴がつき始めているのを見て、仕方なく私がそのドリンクをトレイに乗せ、運ぶことになった。
しかし、そのドリンクの提供先へ向かうには、どうしたって例の「予約客」のテーブルの前を通り過ぎる必要がある。
ドクン、ドクンと胸の奥が激しくざわつく。
逃げ出したい。見たくない。でも、仕事だ。ここで立ち止まっているわけにはいかない。
私はトレイの縁を指が白くなるほど強く握りしめ、冷たくなった指先の感覚を確かめるようにして、ゆっくりと歩き出した。
クリスマスソングの陽気なリズムが、今の私には不協和音のように聞こえる。
半個室のパーテーションに近づくにつれ、足取りが重くなり、息をするのも苦しくなっていった。
どうか、別人であってほしい。
祈るような気持ちで、私は覚悟を決めて、その席の横へと足を進めた。
明里は勇斗と過ごすため、今日のシフトには入っていなかった。
親友が彼氏と素敵な夜を過ごしているのは嬉しいはずなのに、一人で戦場のようなバイト先に向かうのは、少しだけ心細かった。
オープン準備を進めていると、バイトの後輩の男の子がニヤニヤしながら私に声をかけてきた。
「下崎さん、今日お願いしますね~。例の元カレが来るの、今日っすよね(笑)。もし本当に来たら相当やばいっすよ、その二人」
「ちょっと、なんでその話知ってんの!?」
「店長から『柚那にはあの席に近づけんなよ』って言われて、みんなで何事かとザワついてたんすよ」
「……もう、店長っ。まあいいけどさ。なんかあったらフォローしてね!」
私もつられて笑いながら明るく返したが、心臓の奥が少しだけチリチリと痛んだ。
平気なふりをするのは上手くなったけれど、本当はちっとも平気なんかじゃない。
どうかただの偶然で、あの二人じゃありませんようにと、朝からずっと祈り続けていた。
店がオープンすると、さすがはクリスマス。
店内はあっという間に満席となり、スタッフ全員が息つく暇もないほど忙しく動き回っていた。
楽しそうな笑い声、グラスが触れ合う音、店内に流れる明るい定番のクリスマスソング。
幸せそうな空気が充満する中、私だけがどこか別の空間に取り残されているような錯覚に陥りそうになる。
19時を回る頃、スタッフの一人が予約客を次々と席へと案内していた。
その頃、私は自分の担当テーブルの接客に追われ、ありがたいことに、すっかり例の予約のことは頭から抜け落ちていた。
一度デシャップにグラスを下げに戻った時だ。
先ほどの後輩が、ツンツンと私の肩を突いて耳打ちしてきた。
「……下崎さん。例の予約客、来てますよ。俺、本人たちの顔を知らないから、元カレかどうかまでは分かりませんけど」
ピタリと、息が止まった。
さっきまでかいていたはずの汗が一瞬で引き、全身の温度が急激に下がるのがわかる。
例の予約客が通されたのは、店内の奥にある半個室のエリアだった。
完全に壁で仕切られているわけではなく、すだれのようなパーテーションで区切られているだけなので、歩く角度によっては中の様子が外からでもチラリと見える作りの席だ。
接客をこなしながらも、私の頭の中ではずっと警報が鳴り響いていた。
店長が気を利かせて私の担当から外してくれている以上、あの席には近づかないのが正解だ。
そんな時、他のスタッフが作ったドリンクがデシャップにポツンと放置されているのに気がついた。
周囲を見渡しても、スタッフは皆、他のテーブルの対応やバッシングで手が離せない様子だ。
氷が溶けてグラスに水滴がつき始めているのを見て、仕方なく私がそのドリンクをトレイに乗せ、運ぶことになった。
しかし、そのドリンクの提供先へ向かうには、どうしたって例の「予約客」のテーブルの前を通り過ぎる必要がある。
ドクン、ドクンと胸の奥が激しくざわつく。
逃げ出したい。見たくない。でも、仕事だ。ここで立ち止まっているわけにはいかない。
私はトレイの縁を指が白くなるほど強く握りしめ、冷たくなった指先の感覚を確かめるようにして、ゆっくりと歩き出した。
クリスマスソングの陽気なリズムが、今の私には不協和音のように聞こえる。
半個室のパーテーションに近づくにつれ、足取りが重くなり、息をするのも苦しくなっていった。
どうか、別人であってほしい。
祈るような気持ちで、私は覚悟を決めて、その席の横へと足を進めた。
