君の隣。 〜一番愛した人の裏切り、泥沼のモラハラ彼氏。傷だらけの私を最後に救ったのは、出会って10年、ずっと私だけを思い続けてくれた「親友の元彼」でした〜

スマホの画面に表示された『勇斗』の名前を指先で見つめ、私は意を決してメッセージを送信した。

『勇斗、久しぶり。急にごめんね……今度、ご飯行けたりする……?』

送信ボタンを押すと、返事はすぐに届いた。

『久しぶり! 飯いいね! いつ行く?』

変わらないテンポの良い返信に、少しだけ勇気をもらいながら、私は次の文字を打ち込んだ。

『いつが空いてる? 二十歳の約束覚えてる……? 遅くなっちゃったけど叶えられるかな……?』

送信ボタンを押すと、胸が壊れそうなほど激しく鳴り響いた。返事はすぐに来るだろうか。迷惑だと思われるだろうか。

そんな不安に苛まれる暇もなく、わずか数分後、画面が切り替わって勇斗からの着信を告げた。

「……っ!」

息をのんで、震える手で通話ボタンをスライドさせて耳に当てる。

「もしもし、柚那?」

受話器の向こうから聞こえてきたのは、少し懐かしく、落ち着いた勇斗の声だった。

「あ……勇斗……。LINE、見た……?」

「おう、見た見た。……どうした急に。俺が忘れてると思った?」

少し得意げに、けれど優しい声が受話器の向こうから響く。

「あたりまえだろ、全然遅くねーよ。いつでも付き合うよ」

私の身に何が起きたかなど何も知らない彼のフランクで変わらないトーンに、緊張で張り詰めていた心がふっと解けていくのが分かった。

そうして私たちは日程を合わせ、週末に会う約束を交わした。

約束の日までの数日間、柊からのLINEや電話が何度も届いていた。
画面を見るのも恐ろしく、返信などは一切せずに無視していたけれど、通知音を切っていても、ふとスマホを見るたびに溜まっていく未読バナーを見るだけで身体が震えた。
いつ家やクリニックの前に現れるか分からない恐怖に、生きた心地がしなかった。

ーーーー

約束の週末。
勇斗は「家まで車で迎えに行くよ」と言ってくれ、自宅のすぐ近くで待っていてくれた。

助手席に乗り込むと、ラフな私服姿の勇斗が少し照れくさそうに笑った。

「久しぶり、柚那。どこ行く? 適当に居酒屋でも入るか」

「うん、そうだね」

勇斗が連れて行ってくれたのは、賑やかな大衆居酒屋だった。周りの客の話し声や乾杯の音で満たされた店内。その喧騒が、かえって私の緊張をほぐしてくれた。

注文したドリンクが届き、小さくグラスを合わせる。

「あ、そういえばさ」

一口飲んだ勇斗が、苦笑いを浮かべながら言った。

「俺さ、二十歳になってから気づいたんだけど……酒飲めなかったわ! 全然飲める体質じゃなかった」

「えっ、本当!? 勇斗、すごく強そうなのに!」

「だろ? 一杯飲んだだけで顔真っ赤になって眠くなっちゃってさ。だから今日もソフトドリンク」

おかしそうに笑う勇斗。高校の頃と変わらない無邪気で温かい笑顔に、私の心に刺さっていた毒が少しずつ抜けていくようだった。

「ふふ、そっか……。……あ、勇斗、私と会ってるの彼女さんに怒られない……?」

「いるわけないだろ」

勇斗は呆れたように笑いながら、ウーロン茶を口に含んだ。

「ずっとフリーだよ」

その言葉に、自分でも驚くほど胸の奥がホッと安堵するのを感じた。

「そっか。勇斗かっこいいから、意外かも」

「お前なぁ……」

照れくさそうに笑う勇斗の姿に、私まで自然と笑みがこぼれた。

それから私たちは、仕事のことや高校の友達のことなど、他愛もない雑談に花を咲かせた。

(……いつ、切り出そう)

勇斗の変わらない優しい笑顔を前にして、私は胸の内でずっと葛藤していた。
せっかく『二十歳の約束』を叶えるために来てくれた勇斗に、ストーカーや暴力なんていう重すぎる相談をして、迷惑じゃないだろうか。
大切にしたかったはずの楽しい空気を、私のせいでぶち壊してしまうのが怖かった。

言い出すタイミングを見つけられないまま、時間だけが過ぎていく。

(どうしよう……なんて言えば……)

焦りと緊張で喉が渇き、誤魔化すようにグラスへ手を伸ばした、そのふとした拍子だった。
上着の袖が少しだけ捲れ上がり、右腕に残る痕が覗いてしまった。

あの日、柊に強く掴まれてできた生々しい痕。
腫れこそ引いたものの、痛々しく濃い青紫色に変色したアザと、爪の傷がはっきりと残っていた。

「……っ」

勇斗の視線が、私の腕でぴたりと止まった。

楽しそうだった勇斗の表情から、一瞬で笑顔が消え去る。

「……柚那。どうした、それ」

低く、静かな声。
私が慌てて袖を引っ張って隠そうとすると、勇斗はテーブル越しに私の手をそっと止めた。

「……事故とか転んだ傷じゃないよな。それ、誰にやられた」

勇斗の真っ直ぐな瞳の奥に、見たこともないほど静かで激しい色が宿っていく。
周りの声が、遠くへ吹き飛んでいくようだった。

私は居酒屋の喧騒の中で、ぽつりぽつりと、付き合っていた人と別れたこと、そして駐車場で待ち伏せされて強く腕を掴まれたことを、かいつまんで話した。

短くかいつまんだだけの話だったが、その内容のあまりの深刻さに、勇斗は固く口を結び、悔しそうに拳を握りしめていた。

「……柚那。場所、変えようか」

「え……?」

「こんなガヤガヤしたところで話す内容じゃない。……俺の家でよければ、移動しないか? 男の部屋が怖かったら、静かなカフェでもいいし」

私の恐怖や気持ちを一番に優先してくれる言葉。
私は小さく首を振り、「勇斗の家がいい」と静かに答えた——。