君の隣。 〜一番愛した人の裏切り、泥沼のモラハラ彼氏。傷だらけの私を最後に救ったのは、出会って10年、ずっと私だけを思い続けてくれた「親友の元彼」でした〜

三月の半ば、桜の蕾が少しずつ膨らみ始めた春の訪れとともに、私たちは専門学校の卒業式の日を迎えた。

朝早くから着付けに向かい、色鮮やかな袴を身にまとって鏡の前に立つ。

すっきりとまとめた髪に手を触れながら、苦しかった実習や、国家試験に向けて必死に机に向かった日々を思い返し、胸の奥がキュッと締め付けられるような寂しさに包まれた。

学校へ着くと、会場は華やかな袴やスーツ姿に身を包んだ卒業生たちの熱気で溢れていた。

厳かな式典が無事に終わり、私たちはホテルの会場へと移動して立食パーティに参加した。

豪華な料理が並ぶ会場で、無事に全員揃って国家試験に合格できた喜びを分かち合う。

「柚那〜! 袴姿めちゃくちゃかわいい!! 写真撮ろう!!」

真っ先にグラスを持って駆け寄ってきたのは、優奈だった。

「ふふ、優奈もすごく似合ってる! 本当に二年間ありがとう……!」

「こちらこそだよ! 柚那が隣にいてくれたから、あの過酷な実習も乗り越えられたんだから!」

華やかな衣装のまま、愛や沙莉とも一緒にスマホのカメラへ飛びっきりの笑顔を向ける。

ふと優奈と目が合った瞬間、彼女は「大丈夫?」と口元だけで密かに語りかけてくれた。

私は「大丈夫だよ」と目配せで返し、心の中でそっと手を合わせた。

パーティが終わった後も名残惜しさは尽きず、私たちはいつものグループ——私と優奈、愛、沙莉、そして柊と悟の六人で、近くのお店へ二次会に向かった。

「国試も全員合格したし、春からは全員社会人か〜!」

悟の乾杯の音頭で始まった店内は、ニ年間一緒に過ごした思い出話で大いに盛り上がった。

私の隣に座る柊も、友人たちの前ではいつもの人懐っこい笑顔で冗談を言い合い、楽しそうに笑っている。

途中で優奈が声を弾ませてみんなに提案した。

「ねぇ、春休みに女子四人で卒業旅行行こうよ! 温泉とかさ!」

「いいね! 行こう行こう!」

「絶対良い思い出作ろう!」

愛や沙莉も大賛成し、賑やかに女子旅の予定が決まっていった。

ーーーーーーーーーー

二次会が終わり、みんなと解散したあとの帰り道。

少し冷たい夜風が吹く街並みを、私は柊と二人きりで並んで駅へと歩いていた。

昼間の賑やかさが嘘のように静まった夜道で、ふいに柊が足を緩め、私の肩をすっと自分の方へ抱き寄せてきた。

「……っ」

触れられた肩の感触に、私は一瞬身を硬くした。

かつてなら胸がキュンと跳ね上がっていたはずの動作。

けれど今の私の心は不思議なほど静かで、甘いトキメキは微塵も沸き起こらなかった。

(……やっぱり私、もう柊のこと好きじゃないんだ……)

自分の中で彼への恋心が完全に冷めていることを、触れ合う体温を通して改めて実感する。

けれど、ここで露骨に身を引けば柊はすぐに不機嫌になり、逆ギレしかねない。

私は内心の動揺を隠し、自然な態度を装って隣を歩いた。

「柚那……今日さ、ずっと思ってたんだけど」

「え……?」

「今日の袴姿、マジでめちゃくちゃ可愛かった。みんなに自慢したい反面、本当は俺だけのものにしておきたかったんだよね」

少し照れくさそうに笑いながら、柊は肩に回した手にそっと力を込めてくる。

(……こうやって自分に都合のいい時だけ優しくする。だから私は今まで、勘違いして流されてたんだ……)

冷ややかな冷静さで柊の言葉を受け止めながら、私は彼の表情を伺った。

「女子旅、楽しんできてな。……で、帰ってきたらさ、俺たちも二人で卒業旅行行こうな」

「二人で……?」

「そう。社会人になる前に、二人で特別な思い出作ろうぜ」

無邪気に微笑む彼の顔を見つめながら、私は心の中で静かに溜息をついた。

(……正直、もう好きでもない柊と二人きりで旅行なんて、行きたくもない……)

(でも……変に刺激するのはやめよう。この旅行を無事に乗り切って、社会人になってお互いの生活が落ち着いたら……人目のあるカフェで、ちゃんと別れを告げよう)

波風を立てずにこの関係を終わらせるための『最後の準備』だと自分に言い聞かせ、私は柊に向かって作り笑いを浮かべた。

「……うん。」

学生という守られた時間が、今日で終わる。

来月からは、いよいよ社会人としての新しい春が始まる。

親友たちとの思い出と、社会人になってからの『決戦の日』に向けた静かな覚悟を抱いて、私は新しい季節への一歩を踏み出していた。