成人式が無事に終わり、どこか寂しさの残る冬の夕方。
自分の部屋で成人式の写真を整理していた私は、ふと引き出しの奥にある小さな箱に手を伸ばした。
そっとフタを開けると、そこに収められていたのは、あの日もらった金色の第二ボタンだった。
手のひらに乗せると、あたたかな記憶が鮮烈に脳裏に蘇ってくる。
高校の卒業式の日、夕暮れの自販機の前。私に第二ボタンを託してくれた勇斗が、まっすぐな瞳で告げてくれたあの言葉。
『俺たちが二十歳になったときさ。もしお互いに、隣に別の彼氏や彼女がいたとしてもさ……二人で、酒飲みに行こうな』
あの日交わした、大切な約束。
私も勇斗も、無事に二十歳になった。
けれど、今の私には柊という彼氏がいる。束縛の激しい柊に内緒で二人きりで会うなんてできないし、かといって正直に話せばどんな大喧嘩になるか分からない。
そもそも勇斗には今、彼女がいるのかもしれないし、あの日の約束なんてとっくに忘れているかもしれない。
(……私っていったい、なにを期待してるんだろう。)
ボタンをケースに戻し、勝手に期待して勝手に切なくなっている自分に小さく溜息をついた。
ーーーーーーーーーー
胸の奥に小さな切なさを残したまま、数日が過ぎたある冬の夜のこと。
冷え込む自分の部屋でまったりと過ごしていると、机の上のスマホがぶるぶると小さく震え、画面を明るく照らした。
画面に浮かび上がっていたのは、思いがけない名前だった。
『勇斗』
(……え、勇斗!?)
ドクン、と胸の奥が激しく跳ね上がる。
息を整えて通話ボタンをスワイプした。
「……もしもし?」
「もしもーし! 柚那、久しぶり! 今なにしてる?」
受話器越しに響く、少し低くて変わらない彼の声。その音を聞いただけで、耳の奥がカッと熱くなった。
「今さ、将也と一緒にいるんだけど、柚那ヒマしてないかなと思って」
(勇斗に会いたい……っ)
あふれ出しそうな本音が胸を突く。三人なら……、二人きりじゃないなら大丈夫だよね……と自分に言い訳をしながら、私は声を弾ませた。
「相変わらずふたりは仲良しだね! 明日も学校だから、短い時間なら大丈夫だよ!」
「ほんと!? よし、すぐ迎えに行くわ!」
電話を切って大急ぎでコートを羽織り、自宅の前で待っていると、夜の静けさを切って見慣れない乗用車がゆっくりと近づいてきた。
目の前で車が止まると、後部座席の窓がウィーンと静かに開き、中から将也がひょっこり顔を出した。
「柚那ちゃん久しぶり〜! ほら、助手席座りなよ!」
言われるままドキドキと胸を鳴らしながら助手席のドアを開ける。
車内に踏み込んだ瞬間、ふわりと包み込んできたのは、エアコンの暖気とともに漂う、高校時代から変わらない勇斗の爽やかな匂いだった。
運転席に座る勇斗とバチッと目が合い、私は嬉しさと興奮で一気に声が弾んでしまう。
「勇斗、めっちゃ久しぶり! えっ、これ勇斗の車!? いつ免許取ったの!? てかどこ行く!?」
畳みかけるような私の質問攻めに、ハンドルを握った勇斗が楽しそうに吹き出し、目元を優しく和ませた。
「落ち着けって。そんな一気に聞くなって。免許は前に取ったし、ちゃんと俺の車だよ。行き先は走りながら考えよ」
「ちょっと、ノープランすぎでしょ!」
私が呆れたように笑うと、後部座席の将也が「あ」と声を上げて身を乗り出してきた。
「てか柚那ちゃん、なんか雰囲気変わった? あ、髪染めたんだ! 黒髪も良かったけど、茶髪もめっちゃ似合ってるじゃん。なあ?勇斗。」
将也に振られた勇斗は、すぐ隣の助手席に座る私をあらためてじっと見つめ——ふっと息を呑むように視線の動きを止めた。
それから少し照れくさそうに慌てて正面を向き直すと、耳の端をほんのり赤くしながら、ぼそりとつぶやいた。
「……お、おん。……似合ってる……」
「あはは、勇斗、照れるなって!」
楽しそうに冷やかす将也の横で、正面を向いたまま耳を赤くしている勇斗の横顔に、私の顔までカッと熱くなっていく——。
車内では、お互いの学校の様子やもうすぐ迫る国家試験の勉強のこと、バイトや高校の同級生たちの近況など、会話が弾んで途切れることがなかった。
けれど不思議なことに、「今、彼氏や彼女がいるのか」ということだけは、誰も触れなかった。
どこかのお店に入るわけでもなく、暖房の効いた車内で夜のドライブを楽しみながら、他愛もない話で笑い合う時間。
やがて私の自宅前まで戻り、勇斗が静かにブレーキを踏んだ。
「なんか、結局ドライブになっちゃったな」
勇斗が苦笑いし、私が「ううん、すごく楽しかった! 送ってくれてありがとう」とお礼を言った、その時だった。
後部座席でふっと体を乗り出してきた将也が、ニヤリと意味深な笑みを浮かべながら、とんでもない言葉を投げかけてきたのだ。
「……それで? 君たち、付き合ったりしないの?」
「……え!?」
突然の将也の不意打ちに、私と勇斗の間の空気が、一瞬で固まった。
自分の部屋で成人式の写真を整理していた私は、ふと引き出しの奥にある小さな箱に手を伸ばした。
そっとフタを開けると、そこに収められていたのは、あの日もらった金色の第二ボタンだった。
手のひらに乗せると、あたたかな記憶が鮮烈に脳裏に蘇ってくる。
高校の卒業式の日、夕暮れの自販機の前。私に第二ボタンを託してくれた勇斗が、まっすぐな瞳で告げてくれたあの言葉。
『俺たちが二十歳になったときさ。もしお互いに、隣に別の彼氏や彼女がいたとしてもさ……二人で、酒飲みに行こうな』
あの日交わした、大切な約束。
私も勇斗も、無事に二十歳になった。
けれど、今の私には柊という彼氏がいる。束縛の激しい柊に内緒で二人きりで会うなんてできないし、かといって正直に話せばどんな大喧嘩になるか分からない。
そもそも勇斗には今、彼女がいるのかもしれないし、あの日の約束なんてとっくに忘れているかもしれない。
(……私っていったい、なにを期待してるんだろう。)
ボタンをケースに戻し、勝手に期待して勝手に切なくなっている自分に小さく溜息をついた。
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胸の奥に小さな切なさを残したまま、数日が過ぎたある冬の夜のこと。
冷え込む自分の部屋でまったりと過ごしていると、机の上のスマホがぶるぶると小さく震え、画面を明るく照らした。
画面に浮かび上がっていたのは、思いがけない名前だった。
『勇斗』
(……え、勇斗!?)
ドクン、と胸の奥が激しく跳ね上がる。
息を整えて通話ボタンをスワイプした。
「……もしもし?」
「もしもーし! 柚那、久しぶり! 今なにしてる?」
受話器越しに響く、少し低くて変わらない彼の声。その音を聞いただけで、耳の奥がカッと熱くなった。
「今さ、将也と一緒にいるんだけど、柚那ヒマしてないかなと思って」
(勇斗に会いたい……っ)
あふれ出しそうな本音が胸を突く。三人なら……、二人きりじゃないなら大丈夫だよね……と自分に言い訳をしながら、私は声を弾ませた。
「相変わらずふたりは仲良しだね! 明日も学校だから、短い時間なら大丈夫だよ!」
「ほんと!? よし、すぐ迎えに行くわ!」
電話を切って大急ぎでコートを羽織り、自宅の前で待っていると、夜の静けさを切って見慣れない乗用車がゆっくりと近づいてきた。
目の前で車が止まると、後部座席の窓がウィーンと静かに開き、中から将也がひょっこり顔を出した。
「柚那ちゃん久しぶり〜! ほら、助手席座りなよ!」
言われるままドキドキと胸を鳴らしながら助手席のドアを開ける。
車内に踏み込んだ瞬間、ふわりと包み込んできたのは、エアコンの暖気とともに漂う、高校時代から変わらない勇斗の爽やかな匂いだった。
運転席に座る勇斗とバチッと目が合い、私は嬉しさと興奮で一気に声が弾んでしまう。
「勇斗、めっちゃ久しぶり! えっ、これ勇斗の車!? いつ免許取ったの!? てかどこ行く!?」
畳みかけるような私の質問攻めに、ハンドルを握った勇斗が楽しそうに吹き出し、目元を優しく和ませた。
「落ち着けって。そんな一気に聞くなって。免許は前に取ったし、ちゃんと俺の車だよ。行き先は走りながら考えよ」
「ちょっと、ノープランすぎでしょ!」
私が呆れたように笑うと、後部座席の将也が「あ」と声を上げて身を乗り出してきた。
「てか柚那ちゃん、なんか雰囲気変わった? あ、髪染めたんだ! 黒髪も良かったけど、茶髪もめっちゃ似合ってるじゃん。なあ?勇斗。」
将也に振られた勇斗は、すぐ隣の助手席に座る私をあらためてじっと見つめ——ふっと息を呑むように視線の動きを止めた。
それから少し照れくさそうに慌てて正面を向き直すと、耳の端をほんのり赤くしながら、ぼそりとつぶやいた。
「……お、おん。……似合ってる……」
「あはは、勇斗、照れるなって!」
楽しそうに冷やかす将也の横で、正面を向いたまま耳を赤くしている勇斗の横顔に、私の顔までカッと熱くなっていく——。
車内では、お互いの学校の様子やもうすぐ迫る国家試験の勉強のこと、バイトや高校の同級生たちの近況など、会話が弾んで途切れることがなかった。
けれど不思議なことに、「今、彼氏や彼女がいるのか」ということだけは、誰も触れなかった。
どこかのお店に入るわけでもなく、暖房の効いた車内で夜のドライブを楽しみながら、他愛もない話で笑い合う時間。
やがて私の自宅前まで戻り、勇斗が静かにブレーキを踏んだ。
「なんか、結局ドライブになっちゃったな」
勇斗が苦笑いし、私が「ううん、すごく楽しかった! 送ってくれてありがとう」とお礼を言った、その時だった。
後部座席でふっと体を乗り出してきた将也が、ニヤリと意味深な笑みを浮かべながら、とんでもない言葉を投げかけてきたのだ。
「……それで? 君たち、付き合ったりしないの?」
「……え!?」
突然の将也の不意打ちに、私と勇斗の間の空気が、一瞬で固まった。
