章 低迷
季節は巡り、柊と付き合い始めてから1年が経とうとしていた。
専門学校2年生へと進級した私たちは、周りの友達と同じように、少しずつ将来に向けた就職活動を意識し始めていた。
あの過酷だった秋の実習では自信を失いかけたけれど、「違う環境なら自分に合う場所が見つかるかもしれない」と思い直し、私は自宅近くのクリニックへ就職研修の応募をした。
一方で柊も、男性職員を積極的に募集しているという少し大きめのクリニックへ研修に行くことが決まっていた。
研修期間は1週間。
慣れない現場で朝から夕方まで気を張り詰め、最終日に院長先生から「無事に内定だよ」と声をかけられた時は、ホッと肩の力が抜けるほどの達成感に包まれた。
LINEで確認すると、柊も無事に内定をもらえたようだった。
ーーーーーーーーーー
研修期間が明け、久しぶりに登校した朝。
ガラリと教室のドアを開けると、生徒の姿はまだまばらだった。
親友の優奈も今日から研修に入っているため、教室には話す相手もおらず、どこか静まり返っている。
自分の席で授業の準備をしていると、後ろから足音が近づいてきた。
「柚那ー、おはよ」
振り返ると、1週間ぶりに見る柊が立っていた。
「あ……柊! おはよう。内定、おめでとう!」
「ありがとな。柚那も内定よかったじゃん。まぁ覚えること多くて疲れたけど、なんとか終わってよかったわ」
そう言って笑う柊と「お互いお疲れさま」と声を掛け合い、久しぶりに彼と交わす会話に心がじんわりと和んでいた。
けれど、すべての授業が終わった放課後のことだった。
帰り支度を整えている私のもとへ、柊が荷物を抱えてやってきた。
「今日さ、学校終わったら俺ん家来なよ」
当たり前のようなトーンで言われたその誘いに、私は一瞬、言葉に詰まってしまった。
正直に言えば、この1週間の慣れない緊張続きで、私の心と体は限界に近いほど疲れ切っていた。
内定が決まってホッとした今、今日は真っ直ぐ自宅へ帰ってゆっくり体を休めたいというのが本音だった。
「ごめんね、柊……。ちょっと研修で気が張ってて疲れちゃってて……今日は帰って休もうかなって」
申し訳なさそうにそう伝えると、さっきまで柔らかかった柊の表情が、一瞬でピキッと硬まった。
「……は? 久しぶりに会えたのになんで?」
「え……?」
低い声で詰問するように言われ、私は思わず目を見開いた。
「別に俺ん家来て休めばいいじゃん。ベッドもあるし、横になってればいいだろ」
「でも、今日は自分の家でゆっくりしたくて……ごめんね?」
自分の体調を分かってもらおうと優しく断りを入れたつもりだったけれど、柊はあからさまに不機嫌な顔をして、鼻で冷たく笑った。
「はぁ……マジで意味わかんねぇ。もういいわ」
「……え、柊?」
私が引き止める間もなく、柊はガタッと音を立てて鞄を担ぐと、私を一目も見ようとせずに背を向けて教室を出て行ってしまった。
バタン、と響くドアの閉まる音。
優奈もいない静かな教室に、ぽつんと一人取り残された私は、冷え切った空気の中で立ち尽くしていた。
(なんで……? 私、そんなに酷いこと言ったのかな……)
「疲れてるから今日は帰るね」とちゃんと理由を伝えたのに、こちらの体調なんて気にも留めてくれない。
自分の都合通りにならなかっただけで、あんな不機嫌な態度をとられてしまうなんて。
1年付き合ってきて見えてきた、彼の小さな「身勝手さ」。
胸の奥に落ちた不協和音が、静かに、けれど確かにざわめき始めていた。
季節は巡り、柊と付き合い始めてから1年が経とうとしていた。
専門学校2年生へと進級した私たちは、周りの友達と同じように、少しずつ将来に向けた就職活動を意識し始めていた。
あの過酷だった秋の実習では自信を失いかけたけれど、「違う環境なら自分に合う場所が見つかるかもしれない」と思い直し、私は自宅近くのクリニックへ就職研修の応募をした。
一方で柊も、男性職員を積極的に募集しているという少し大きめのクリニックへ研修に行くことが決まっていた。
研修期間は1週間。
慣れない現場で朝から夕方まで気を張り詰め、最終日に院長先生から「無事に内定だよ」と声をかけられた時は、ホッと肩の力が抜けるほどの達成感に包まれた。
LINEで確認すると、柊も無事に内定をもらえたようだった。
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研修期間が明け、久しぶりに登校した朝。
ガラリと教室のドアを開けると、生徒の姿はまだまばらだった。
親友の優奈も今日から研修に入っているため、教室には話す相手もおらず、どこか静まり返っている。
自分の席で授業の準備をしていると、後ろから足音が近づいてきた。
「柚那ー、おはよ」
振り返ると、1週間ぶりに見る柊が立っていた。
「あ……柊! おはよう。内定、おめでとう!」
「ありがとな。柚那も内定よかったじゃん。まぁ覚えること多くて疲れたけど、なんとか終わってよかったわ」
そう言って笑う柊と「お互いお疲れさま」と声を掛け合い、久しぶりに彼と交わす会話に心がじんわりと和んでいた。
けれど、すべての授業が終わった放課後のことだった。
帰り支度を整えている私のもとへ、柊が荷物を抱えてやってきた。
「今日さ、学校終わったら俺ん家来なよ」
当たり前のようなトーンで言われたその誘いに、私は一瞬、言葉に詰まってしまった。
正直に言えば、この1週間の慣れない緊張続きで、私の心と体は限界に近いほど疲れ切っていた。
内定が決まってホッとした今、今日は真っ直ぐ自宅へ帰ってゆっくり体を休めたいというのが本音だった。
「ごめんね、柊……。ちょっと研修で気が張ってて疲れちゃってて……今日は帰って休もうかなって」
申し訳なさそうにそう伝えると、さっきまで柔らかかった柊の表情が、一瞬でピキッと硬まった。
「……は? 久しぶりに会えたのになんで?」
「え……?」
低い声で詰問するように言われ、私は思わず目を見開いた。
「別に俺ん家来て休めばいいじゃん。ベッドもあるし、横になってればいいだろ」
「でも、今日は自分の家でゆっくりしたくて……ごめんね?」
自分の体調を分かってもらおうと優しく断りを入れたつもりだったけれど、柊はあからさまに不機嫌な顔をして、鼻で冷たく笑った。
「はぁ……マジで意味わかんねぇ。もういいわ」
「……え、柊?」
私が引き止める間もなく、柊はガタッと音を立てて鞄を担ぐと、私を一目も見ようとせずに背を向けて教室を出て行ってしまった。
バタン、と響くドアの閉まる音。
優奈もいない静かな教室に、ぽつんと一人取り残された私は、冷え切った空気の中で立ち尽くしていた。
(なんで……? 私、そんなに酷いこと言ったのかな……)
「疲れてるから今日は帰るね」とちゃんと理由を伝えたのに、こちらの体調なんて気にも留めてくれない。
自分の都合通りにならなかっただけで、あんな不機嫌な態度をとられてしまうなんて。
1年付き合ってきて見えてきた、彼の小さな「身勝手さ」。
胸の奥に落ちた不協和音が、静かに、けれど確かにざわめき始めていた。
