君の隣。 〜一番愛した人の裏切り、泥沼のモラハラ彼氏。傷だらけの私を最後に救ったのは、出会って10年、ずっと私だけを思い続けてくれた「親友の元彼」でした〜

あのケーキ屋さんでの出来事から数日。
プレッシャーで押し潰されそうだった2週間の実習もなんとか乗り切り、私はようやく解放感に包まれた週末を迎えていた。

「実習、本当にお疲れさま。ドライブ行こうぜ」

土曜日の夜、柊からのお誘いに、私は胸を弾ませながら彼の助手席へと乗り込んだ。

車は夜の街を抜け、緩やかな坂道を上っていく。
たどり着いたのは、付き合うきっかけになった、あの小高い丘の上の駐車場だった。

フロントガラス越しに見下ろす夜景は、街の灯りがきらきらと輝いていて息をのむほど美しかった。

「すごい……やっぱり綺麗だね」

「だろ? 実習が終わったら、絶対に柚那をここに連れてきたかったんだ」

ブルンと低く響いていたエンジンが切られると、同時に車内に流れていた音楽がふっと消え、しんと静まり返った。
ほのかに漂う彼の車の芳香剤の匂い。

暗闇の中で、隣に座る柊の気配が急に近く感じられて、私の胸はトクンと小さく音を立てた。

「……こっち見て?」

顎を優しくすくい上げられ、振り返った瞬間、彼の顔がすぐ近くにあった。
夜景の光をかすかに映した柊の瞳が、じっと私を見つめている。

重なる唇。
いつもより少し長くて、熱を帯びたキスに、私の頭はぼんやりとのぼせていくようだった。

「……ねぇ、ここで……柚那のこと、好きにさせて?」

耳元で囁かれたその言葉に、息が止まりそうになる。

部屋に行くわけでも、どこかのホテルに入るわけでもない。
柊の手が迷いなく動いて、ガチャリと音を立てて、私の助手席のシートが深く倒された。

「何緊張してんの? 大丈夫だって……」

倒れたシートの上で、覆いかぶさってくる柊の影。
服の中に差し込まれる手のひらの熱さと、逃げ場のない狭い車内の息苦しさに、私はキュッと自分の服の裾を握りしめた。

好きな人と結ばれるのは、本当はすごく幸せなはずなのに。
彼のテリトリーである狭い車内の中で流れていく時間は、どこか落ち着かなくて、現実感がなかった。

「……本当にかわいいな。……かわいすぎ」

熱い吐息とともに囁かれる言葉に、静かに重なっていく体温。
フロントガラスの向こうで揺れる夜景の光と、彼の息遣いだけが車内に響いていた。

ーーーーーーーーーー

どれくらいの時間が経っただろう。

事が終わったあと、柊は倒れたシートの上で、愛おしそうに私をしばらく抱きしめてくれた。

「柚那、本当にかわいかった。……よし、送っていくね」

私の頭を優しく撫でると、柊はシートを起こし、私のシートも元に戻してくれた。

エンジンがかかり、柊が少しだけ運転席の窓を開けると、ひんやりとした秋の夜風がスッと吹き込んで火照った頬を撫でた。

助手席で乱れた服を整えながら、私は流れていく夜の窓の外をじっと見つめた。

(好きな人と、特別になれたはずなのに……)

夜景を眺めていた時の、あの純粋な胸の高鳴りとは少し違う。
甘い言葉をもらって結ばれたはずなのに、胸の奥にぽっかりと冷たい風が吹き抜けるような、拭いきれない微かな虚しさが残っていた。

暗い車窓に映る自分の顔を見つめながら、私は静かに小さな息を吐き出した。