壁の花がいたので婚約破棄させて連れ帰ってみた。


 ジルグロッセの質問に対して、シャーリーが考え込む。
 そして、ソルドやルシカをちらちらと見てから、顔を赤にして目をギュッと瞑る。
 ジルグロッセでなくとも、あれは可愛いと思う。
 
「えっと、えっと……ジルグロッセ様が……疲れておられると思ったから」
「それは」
 
 それ自体は事実だろう。
 実際、『神々の裁き』以降ジルグロッセのもとには南部の被害状況が絶えず届き続け、生き延びた一部の人間の保護とその把握、対処、今後の南部の禁止区域について、隣接する国々の対処など、やることが山積み。
 平均睡眠時間は三時間弱。
 ソルドを始めとして、多くの部下が心配していた。
 
「そうですね。せっかくシャーリー様がいらっしゃっているのですから、本日はお休みされてはいかがですか?」
「いや、だが……」
「そういたしましょう! ジルグロッセ様! 私もいっぱい休ませていただきました!」
「砦の中を案内して、兵たちにお声がけください。この砦の兵たちは聖女様を目にする機会もございませんし」
「はい、そうですね。私もジルグロッセ様の部下の方にお会いしてみたいです」
「……わかった」
 
 安堵するソルド。
 ルシカとともに、応接間を出てまずは訓練場に向かうジルグロッセとシャーリーを追う。
 ソルドの言う通り、兵たちはシャーリーに声をかけられて緊張して直立不動。
 顔を真っ赤にして、しかし中には「シャーリー様のおかげで、定期的にシャワーを浴びて清潔に生活できます! ありがとうございます!」と頭を下げる。
 他にも「シャーリー様のおかげで食事が毎日おいしいです!」や「シャーリー様のおかげで家族が無事に避難できて無事でした!」などの礼が飛び交う。
 対して、シャーリーはずいぶん驚いた顔をしていた。
 それでもやはり、自分の意見が多くの兵を助けていたと知ったシャーリーは嬉しそうに微笑む。
 重要な施設が多いため、それ以外だとシャーリーの助言で作られたシャワー施設ぐらい。
 シャーリーはそれも自分の助言が活かされていて、嬉しいと言ってくれた。
 
「ただ、君のおかげでだいぶ改善されたこの砦も、今しばらくしたら破棄されることになりそうでな」
「え! そうなのですか? なぜですか?」
「崩落した土地が近いため、この砦も含めて立入禁止区域にしなければ崩落箇所からこちらまで広がってきた場合危険だからだ。資料の運び出しが厄介で燃やすしかないだろうな」
「燃やすんですか!?」
「表に出せないものが多すぎる。精査は近々始まる予定だが、君に読ませられそうな内容はない」
 
 キッパリ言い切るジルグロッセに、ソルドもルシカも眉尻を下げた。
 この砦に置かれている資料は、九神教が行ってきた非道な実験や作戦が書き残されている。
 ルシカや、帝都の屋敷に飼われているアンダー、ルカ、ジュリのような。
 読ませられない内容、と言われてさすがのシャーリーも「戦争関係の内容だからですよね」と肩を落とす。
 
「でもちょっと読んでみたいですね」
「君は本当になんでも読むな」
「はいっ」
「気分が悪くなるぞ」
「えーっ、で、でも」
「資料が残ることや、読まれることで傷つく人間もいる」
「……そうなのですね」
 
 人を傷つけてまで読みたいとは言わないのは、さすがだ。
 ちゃんと諦めてくれたようで一安心。
 それになにより、ジルグロッセはシャーリーに「楽しい気持ちになれるものを読んでほしい」と言う。
 
「君が読んでいて笑顔になれるようなものを」
「あ……ありがとうございます」
 
 そうして気がつくと、砦の屋上に来ていた。
 途端に、シャーリーに向き直ると片膝をつくジルグロッセ。
 ギョッとするソルドとルシカ。
 突然なにを――。
 
「婚約発表は行われたが、今後様々な勉強パーティーなどに時間を取られる。今夜は泊まって行って構わないが、明日には帝都に帰ってほしい」
「う……。会いに来てご迷惑、でしたか?」
「違う。嬉しかった。嬉しかったが……君を守りきれなかったらと思うとつらい。今後一緒にいる時間は増える。君の休暇について頼んだから、大方アビゲイルあたりはパーティーへの出席をせがまれるだろう。俺もパーティーは苦手だが……」
「あ、ああ……私も言われました……」
 
 戦争は終わる。
 敵国が消滅したのだ、終わるしかない。
 終われば帝都に帰る。
 帰ればなにをするのか。
 
「正直俺は戦場以外を知らない。今後戦う以外のことを覚えなければならない。その時に、君のような知識人が隣にいてくれるのは、本当に心強いと思う」
「私も。皇族のしきたりなどまだまだ覚えることがたくさんあって……ジルグロッセ様に教えていただくことも多いかもしれません」
 
 顔を見合わせて、二人は笑い合う。
 そして跪いたまま、ジルグロッセがシャーリーの手を取った。
 
「こんな俺だが、どうか結婚してほしい。生涯君の隣にいたい。君を壁の花になどさせないと約束するので、どうか」
「はい。もちろんです」
 
 即答。
 驚いたように目を見開くジルグロッセ。
 だが、すぐに見たこともないほどに優しい表情になり立ち上がる。
 シャーリー・シャレルットは、二度と壁の花にはならないだろう。
 彼女には砦の屋上に、寄り添って立つ人がいる。
 真っ青な空の下で、壁などない。
 
「私、明日には帰ります。でも、その時はジルグロッセ様も一緒に帰りましょうね。資料は今日これから一緒に精査しましょう!」
「…………」
 
 諦めてなかった。