壁の花がいたので婚約破棄させて連れ帰ってみた。


 巨人が名乗る。
 魔法ではない。
 黄金の光が降り注ぎ、男とも女ともわからない巨人は目を開けることなく名乗りを上げる。
 知識の神、アルヴァーニュ。
 これが……。

『答えましょう。ジルグロッセ・ドゥロッテ・ロゲオスが捕らえた男は――』

 息を呑む音が聞こえる。
 皇族からは、巨人の透けた顔しか見えない。
 だが、声はよく響く。
 頭の中に直接語りかけられている。
 ジルグロッセが捕らえたあの男は、本物なのか?
 もしも本物なのなら、神々の裁きはどうなるのか。
 処刑してもいいのか。
 神々に問いたいことはたくさんある。
 だが――今一番知りたいこと。
 そして、それが世界の命運を決定づける。

『ロドリゲス・クセスではありません。その男は、ロドリゲス・クセスを六年前に殺害し、成り代わった男。本当の名をアガゼッド・モークといいます。元々影武者として働いていた上、臆病な性格のロドリゲスは重鎮たちの前にも滅多に姿を現さず、側近たちも気づきませんでした。しかし、成り代わったあともロドリゲスを名乗り、ロドリゲス同様贅沢な暮らしをする反面、開いた戦端を閉じようとしなかったため同罪と看做します。世界を混乱に陥れ、我々神の生まれ変わりを騙った罪は重い。それに追従していた信者たちも同罪と看做します。近く、かの者たちには、神たちより直接裁きが下るでしょう。ロドリゲスの名を騙るアガゼッド・モークについては、人の法で裁くがいいでしょう』

 先程まで、空気や大地が震えるほどの歓声が上がっていた広場が恐ろしいほど静まり返っていた。
 いつも賑やかな帝都でも、生唾を飲み込む音すら聞こえないのは異様な光景。
 靡く長い髪の光の巨人は手を掲げて目を閉じる。

『他になにか質問はある?』

 まるで久しぶりに人類に会えたことを喜ぶかのような微笑みと問いかけ。
 皇帝がその問いかけにハッと我に返る。

「ち……知識の神、アルヴァーニュよ! それはつまり、ロドリゲスに成り変わった男については、我ら帝国柄神の名の下に裁きを下してもよい、ということでお間違いないか!?」
『よろしくてよ。帝国の皇帝よ。長い間、我ら神の代わりに神を騙る者たちと戦い、世界を守ってくれたことに礼を言います。そしてジルグロッセ・ドゥロッテ・ロゲオスよ。わたくしの聖女と幸せになってくださいね。質問は終わりかしら? それでは、わたくしは神界に帰ります。わからないことがあれば、シャーリーを通して神の書に問いなさい。可愛い可愛い、わたくしの生徒たち。知識を求めることに貪欲になってね』

 アルヴァーニュが両手を大きく掲げる。
 光が降り注ぎ、空が一際眩しく輝き誰しもが悲鳴をあげて腕で顔を覆う。
 目を開くと、光の巨人は消えていた。
 魔法では到底不可能な事象ばかりが起こる。
 これが――神の力。

「偽者だったのか」
「い、いや、しかし……アルヴァーニュ様のおっしゃる通りならば、本物のロドリゲスは……」
「生きていればそれなりの高齢ではありましたからね。しかし……主人であったはずの者を殺して入れ替わるとは。ずいぶんと大胆なことをしたものですね」

 兄たちと皇妃が小声で話す。
 曝け出された真実に眉を顰めた。
 ジルグロッセはまだ、それから目が逸らせない。
 奇跡を目にした。
 想像以上の返答。
 だがすぐにハッとして、シャーリーの方を見る。
 ふら、と膝から崩れ落ちそうになったシャーリーを慌てて抱き止めて、顔を覗き込む。

「シャーリー!」
「だ……大丈夫です。なんだか、疲れてしまって」
「すぐに部屋に……」
「大丈夫です、一人で立てます」
「ならん」
「えっ」

 そう言ってシャーリーの膝下に腕を通して持ち上げる。
 横向きに抱いて、誰かがなにかを言う前に幕の内側に引く。
 女官や侍女を通り過ぎ、控えていたルシカとともに三階に一直線。
 神力を使うと、聖人と聖女は精神的にも肉体的にも激しく疲労すると聞いたことがある。
 シャーリーには何度も何度も無茶をさせた。

「……ジルグロッセ様……」
「喋らなくていい。寝てもいい」
「……わかりました。それじゃあ……このまま、眠らせていただき、ます……ありがとうございます……。……あの、でも、寝る前に……一つだけ」
「なんだ」

 階段を上り、シャーリーの顔を見ぬままに答える。
 力の抜けた声。
 やはり相当に疲弊している。
 申し訳がない。

「私は、お役に立てましたか?」
「――!?」
「これでジルグロッセ様は……もう戦わなくても、大丈夫に、なりますよね……?」

 声が出せず、一瞬だけ立ち止まりかけ、しかし唇を一つに強く結び、立ち止まることなく階段を上り続ける。
 飲み込む言葉はいくつもあった。
 一つも声にできないほど、たくさん。
 でも一つだけは答えなければ。

「見事な働きだった。帝国国民一同、君に感謝をしている」
「……よかった」
「無論、俺も。心から君に……感謝している」
「はい」

 胸にもたれかかるシャーリーを、抱き直す。
 唇を強く噛み、込み上げるものに耐えた。
 こんな気持ちは生まれて初めてで、どう表現していいのかわからない。
 彼女に出会ってからあまりにも多くの感情を、怒涛のように浴びている。

(恋とは恐ろしいものだ)