昼の十二時。
皇帝が人前に出るため、ファーのついた赤いマントを纏い、王杖を片手にゆっくりとバルコニーへと赴く。
その背後には長兄イガルダ、次兄ミゲイルが続く。
次に皇妃と、皇女アビゲイルがバルコニーへと出て笑顔と手を振る。
沸き起こる歓声。
想像以上に多くの民が集まっており、シャーリーが固まっている。
「大丈夫か?」
「は、は、はい。ちょっと、さすがに緊張してしまいまして。で、でも、大丈夫ですっ。……こんなに人がいて、歓声が上がっていると、地面も空気も震えるんですね……」
「そうだな」
シャーリーの感覚として揺れに驚いているのかもしれない。
だが、戦場の“揺れ”はこれよりももっと凄まじい。
怒号と雄叫びによる空気も、数百の馬が駆ける地面も。
だがそんなもの、シャーリーは知らなくていいだろう。
「ロゲオス帝国の親愛なる我が民よ! 今日はよくぞ集まってくれた!」
風の魔法に声を乗せ、集まった数万の民に向かって話し始める皇帝。
皇帝の肉声に、一際大きな歓声が上がる。
肌にビリビリとした感覚を与えるほどの、声。
隣のシャーリーを見ると、今までのものと比べ物にならない歓声に目を大きく見開いている。
(可愛らしい)
素直にそう思うことができるようになった。
これが恋だと自覚できたから。
「殿下、聖女様、もう少し手前へお願いいたします。間もなく出番でございますので」
「は、ひひっ」
「大丈夫か?」
「はひっ」
ダメそうに見える。
進行サポートの女官に幕の後ろへ促されて、数歩近づく。
だが、シャーリーの両手と両足が同時に動いている。
よく転ばないな、と思いながらも背中を片手で支えてやった。
その間にも皇帝が両手を広げて「皆にめでたいニュースがある! 我が息子、第三皇子ジルグロッセにこの度婚約者ができた! 結婚の予定は来年! 今日は我が愛しき民に新たな娘を紹介しよう! 彼女はティヴァロニ王国、シャレルット子爵家のご令嬢!」と紹介が続く。
だんだんシャーリーの顔色が緊張からか、白くなる。
「本当に大丈夫か?」
「え、あ、え、う、あ」
「大丈夫でございますよ。シャーリー様は集まっている民に手を振っていただければ。笑顔は……できたら、で」
「は、は、はひい」
女官ですら心配し始めた。
皇帝が「では、こちらへ」と幕の後ろのジルグロッセたちに声をかける。
その瞬間に、新たな結界を三種類張った。
物理、魔法、その両方を無効化する三種類。
しかし、それらの危険から守れたとしても、シャーリーの緊張まではジルグロッセになんとかしてやれない。
表情が、固まり切っている。
可哀想に思いつつ、背に手を当ててバルコニーへ出た。
皇帝と皇妃の間に招かれて、シャーリーが青い顔で垂直に手を挙げてブンブン振る。
皇妃が口元に手を当てて「緊張しているの、なんて可愛いのかしら」と呟きながらシャーリーの頭を撫でた。
いつの間にか皇妃もかなりシャーリーを気に入っているようだ。
シャーリーの姿を見た国民からは、世界すべてが揺れるような歓声を贈られる。
皇帝が手を挙げると、ゆっくり歓声は静まっていく。
「そして、彼女がジルグロッセの婚約者となった経緯は予想している者もすでに多くいることだろう! 彼女、シャーリー・シャレルットは数百年待ち望まれ続けた『知識の神、アルヴァーニュの転生者』なのだ! 今日、今からそれを証明するとともに、長年世界を混乱に陥れ続けてきた九神教の教祖、『戦神オーディールの生まれ変わり』と豪語してきたロドリゲス・クセスの正体を、この場で暴こう! 神殿長! 大司祭!」
「「はっ」」
皇帝の呼びかけで、シャーリーの後ろから神殿長と大司祭が入ってくる。
大神殿に設置されていた『神の書』を台車に乗せてバルコニーの中央に押す。
ミゲイルが水と風の複合魔法で映像と音声を上空に映し出す。
「シャーリー。できそうか?」
「や、り、ま、す」
「そ、そうか?」
いや、やってもらわねばならないのだが、それでも今のシャーリーの状況を見るととても――できそうには見えない。
だが責任感の強いシャーリーは左手と左足を同時に出しながら、『神の書』に歩み寄る。
ハラハラするジルグロッセは、背中に手を添えるしかできない。
「やり、ますっ」
「………………頼む」
気合いを入れるシャーリー。
その様子に、本当に無理をさせていると思う。
だが、どれほど心苦しくても彼女に縋るしかない。
「――任せてください」
顔を上げる。
先程までの固い声とは違う。
自信に満ちた優しい声色。
ジルグロッセが見たのは彼女の笑顔。
泣きそうになるほどの美しい笑顔。
眩しくて、愛しくて、神聖で。
「知識の神、アルヴァーニュ様。どうか無知な我ら人類に真実をお与えください」
最初に聞くことは決まっている。
皇帝がコクリ、と頷いたのを見て、シャーリーは同じく頷いて『神の書』に手を翳す。
「ジルグロッセ様が捕らえた男は、ロドリゲス・クセスですか?」
シャーリーが問う。
普通の人間には『神の書』の文字は読めない。
だが、次の瞬間『神の書』が未だかつてないほどに輝く。
バルコニーを覆うほどの巨大な半透明な光の巨人が、姿を現した。
誰しもが目を見開き、光の滝を纏うその巨人を見上げる。
『愛しい我らが無知な子ら。久しぶりですね。わたくしは知識を司る神、アルヴァーニュ』
皇帝が人前に出るため、ファーのついた赤いマントを纏い、王杖を片手にゆっくりとバルコニーへと赴く。
その背後には長兄イガルダ、次兄ミゲイルが続く。
次に皇妃と、皇女アビゲイルがバルコニーへと出て笑顔と手を振る。
沸き起こる歓声。
想像以上に多くの民が集まっており、シャーリーが固まっている。
「大丈夫か?」
「は、は、はい。ちょっと、さすがに緊張してしまいまして。で、でも、大丈夫ですっ。……こんなに人がいて、歓声が上がっていると、地面も空気も震えるんですね……」
「そうだな」
シャーリーの感覚として揺れに驚いているのかもしれない。
だが、戦場の“揺れ”はこれよりももっと凄まじい。
怒号と雄叫びによる空気も、数百の馬が駆ける地面も。
だがそんなもの、シャーリーは知らなくていいだろう。
「ロゲオス帝国の親愛なる我が民よ! 今日はよくぞ集まってくれた!」
風の魔法に声を乗せ、集まった数万の民に向かって話し始める皇帝。
皇帝の肉声に、一際大きな歓声が上がる。
肌にビリビリとした感覚を与えるほどの、声。
隣のシャーリーを見ると、今までのものと比べ物にならない歓声に目を大きく見開いている。
(可愛らしい)
素直にそう思うことができるようになった。
これが恋だと自覚できたから。
「殿下、聖女様、もう少し手前へお願いいたします。間もなく出番でございますので」
「は、ひひっ」
「大丈夫か?」
「はひっ」
ダメそうに見える。
進行サポートの女官に幕の後ろへ促されて、数歩近づく。
だが、シャーリーの両手と両足が同時に動いている。
よく転ばないな、と思いながらも背中を片手で支えてやった。
その間にも皇帝が両手を広げて「皆にめでたいニュースがある! 我が息子、第三皇子ジルグロッセにこの度婚約者ができた! 結婚の予定は来年! 今日は我が愛しき民に新たな娘を紹介しよう! 彼女はティヴァロニ王国、シャレルット子爵家のご令嬢!」と紹介が続く。
だんだんシャーリーの顔色が緊張からか、白くなる。
「本当に大丈夫か?」
「え、あ、え、う、あ」
「大丈夫でございますよ。シャーリー様は集まっている民に手を振っていただければ。笑顔は……できたら、で」
「は、は、はひい」
女官ですら心配し始めた。
皇帝が「では、こちらへ」と幕の後ろのジルグロッセたちに声をかける。
その瞬間に、新たな結界を三種類張った。
物理、魔法、その両方を無効化する三種類。
しかし、それらの危険から守れたとしても、シャーリーの緊張まではジルグロッセになんとかしてやれない。
表情が、固まり切っている。
可哀想に思いつつ、背に手を当ててバルコニーへ出た。
皇帝と皇妃の間に招かれて、シャーリーが青い顔で垂直に手を挙げてブンブン振る。
皇妃が口元に手を当てて「緊張しているの、なんて可愛いのかしら」と呟きながらシャーリーの頭を撫でた。
いつの間にか皇妃もかなりシャーリーを気に入っているようだ。
シャーリーの姿を見た国民からは、世界すべてが揺れるような歓声を贈られる。
皇帝が手を挙げると、ゆっくり歓声は静まっていく。
「そして、彼女がジルグロッセの婚約者となった経緯は予想している者もすでに多くいることだろう! 彼女、シャーリー・シャレルットは数百年待ち望まれ続けた『知識の神、アルヴァーニュの転生者』なのだ! 今日、今からそれを証明するとともに、長年世界を混乱に陥れ続けてきた九神教の教祖、『戦神オーディールの生まれ変わり』と豪語してきたロドリゲス・クセスの正体を、この場で暴こう! 神殿長! 大司祭!」
「「はっ」」
皇帝の呼びかけで、シャーリーの後ろから神殿長と大司祭が入ってくる。
大神殿に設置されていた『神の書』を台車に乗せてバルコニーの中央に押す。
ミゲイルが水と風の複合魔法で映像と音声を上空に映し出す。
「シャーリー。できそうか?」
「や、り、ま、す」
「そ、そうか?」
いや、やってもらわねばならないのだが、それでも今のシャーリーの状況を見るととても――できそうには見えない。
だが責任感の強いシャーリーは左手と左足を同時に出しながら、『神の書』に歩み寄る。
ハラハラするジルグロッセは、背中に手を添えるしかできない。
「やり、ますっ」
「………………頼む」
気合いを入れるシャーリー。
その様子に、本当に無理をさせていると思う。
だが、どれほど心苦しくても彼女に縋るしかない。
「――任せてください」
顔を上げる。
先程までの固い声とは違う。
自信に満ちた優しい声色。
ジルグロッセが見たのは彼女の笑顔。
泣きそうになるほどの美しい笑顔。
眩しくて、愛しくて、神聖で。
「知識の神、アルヴァーニュ様。どうか無知な我ら人類に真実をお与えください」
最初に聞くことは決まっている。
皇帝がコクリ、と頷いたのを見て、シャーリーは同じく頷いて『神の書』に手を翳す。
「ジルグロッセ様が捕らえた男は、ロドリゲス・クセスですか?」
シャーリーが問う。
普通の人間には『神の書』の文字は読めない。
だが、次の瞬間『神の書』が未だかつてないほどに輝く。
バルコニーを覆うほどの巨大な半透明な光の巨人が、姿を現した。
誰しもが目を見開き、光の滝を纏うその巨人を見上げる。
『愛しい我らが無知な子ら。久しぶりですね。わたくしは知識を司る神、アルヴァーニュ』



