壁の花がいたので婚約破棄させて連れ帰ってみた。


 シャーリーには、無理を強いてばかりだと思う。
 申し訳がない。
 医務室からようやく出て、三階に戻るシャーリーの後ろをついてくるジルグロッセにルシカとソルドがなにかしら思うところがありそうな顔をしている。
 そこに神殿仕えの女性が、木箱を持って現れた。

「初めまして、アルヴァーニュの聖女様。わたくしはジュジュと申します。明日のお衣装をお持ちしました。シャーリー様、一応サイズに問題はないか確認させてくださいませ」
「あ、はい」

 ぎっ、と睨む。
 部屋に戻ったシャーリーに、一応「おやすみ」と声をかけると「はい! おやすみなさい!」と返事をもらう。
 彼女の笑顔だけで、少しだけ安心する。

(不思議だ。彼女が微笑んでくれるだけで……俺は、こんなにも……)

 胸が痛む。
 切なくなる。
 苦しくなる。
 でも、まったく嫌ではなく安心感まであて、不思議なのだ。
 彼女と一緒に読んだ『恋愛のススメ』に書いてあった感情が、ジルグロッセの感じているモノと同一のものだと思うと――。

(恋。恋愛。愛情。……これがそうなのか。俺は彼女を……)

 愛おしいと思っているのか、と結論を出す。
 この感情がいつからあったのかを思い出すと、初めて彼女を見た時から。
 今思えばそれは一目惚れというものだったのかもしれない。

「ジルグロッセ様。ジルグロッセ様も婚約発表の礼服の確認を」
「わかった」

 予定はすでに組まれていた。
 父も無茶をする、と思うが、帝国の皇帝として九神教を一秒でも早く潰そうという実行力と冷酷さ、判断の速さを感じる。
 九神教に悩まされているこの数十年の苦労が、多少の無茶で解決するのなら帝国の権威を総動員しよう。



 翌日は朝から大忙し。
 起きてすぐに風呂に入って身を清め、朝食。
 礼服を纏って、城のバルコニーが見える広場の方から聴こえる鐘の音でソファーから立ち上がる。
 この鐘の音は城の時計塔の鐘。
 大きめのイベントがある時に鳴らされ、帝都の国民はその鐘の音で城へと集まる。
 事前に発表があることもあれば、王妃が子を産んだ時など当然鐘の音が鳴ることもある。
 今回は事前に『近々皇帝陛下よりなにか大きな発表がある』と噂が流れていた。
 数日前に『アルヴァーニュの転生者が現れた』という発表があったからだ。
 また、その前から『第三皇子ジルグロッセ様に婚約者ができた』という噂は、商人から帝都平民へも流れている。
 この鐘の音に、平民たちは胸を躍らせることだろう。
 少なくともそのような噂が飛び交っている。
 悪い発表はされない、と確信がある。
 その中のどれかで、帝都に住む者たちにめでたい祝事として公表されるだろう、と。
 帝都の端まで鐘の音は聴こえて、下町の人間まで城へ来るのは二時間ばかりかかる。
 人が集まり、出店が出て、バルコニー前はお祭り騒ぎになるだろう。
 そして人が集まるということは、面倒なトラブルも起きやすいということ。

「警備の状況は?」
「ジルグロッセ様、お部屋でお待ちください。警備は我々が……」
「ならん。シャーリーが先日誘拐されたばかりだ。結界を強化する。バルコニーへ案内しろ。『神の書』は? 到着したのならば盗難防止の結界を張る。司祭の身元はあらためているだろうな? 警備兵の配置の確認もさせろ」
「は、はい。わかりました」

 シャーリーはもう起きて、準備を始めていることだろう。
 婚約者であれば顔の一つでも見るべきだろうけれど。
 心配と不安の方が強い。
 彼女には無理ばかりさせる。
 それならば、自分のやるべきことは彼女が少しでも安心して過ごせるように守ること。
 そして、鐘の音で心を躍らせる民に安心してめでたい事柄の発表を楽しんでもらうこと。
 それがジルグロッセのできることだ。
 城のあちこちを歩き回り、結界を張り、『神の書』と司祭や神殿長の所在と状況を確認。
 神殿長は一部の司祭が九神教に寝返っていたことを深く謝罪。
 その件は、シャーリーや他の聖人聖女に謝罪を行うように言い含める。

「ジル兄様!? こんなところでなにをしているの!? おとなしく部屋で待っていたらいいじゃない!」
「アビゲイルか」

 いつもよりも白に近いドレスで駆け寄ってくるお転婆な皇女。
 むしろこんなところで警備に口出すくらいなら、シャーリーのところで一緒に過ごしなさいよと文句を言われる。
 そんなことを言われると思わず、目から鱗。
 そうか、普通の婚約者は一緒に過ごすものなのか、と。

「だが、一つでも不安要素は減らしたい。人が多く集まる以上、人に紛れてまたシャーリーが襲われるかもしれない。シャーリーだけではない。お前や父様や母様、兄様たちにも危険が及ぶかもしれん。お前がシャーリーの側にいてやればいい」
「え、ええ……? も、もう……わかったわ。確かに兄様以上に安全確保ができる人は帝都にいないものね。なんていうか過保護がすぎるというか……」
「ん?」
「なんでもないわ! わかりました! 兄様の代わりにわたくしが着飾ったシャーリーを褒めて褒めて褒めちぎってくるんだから!」
「あ、ああ」

 なんだかよくわからんがものすごくやる気に満ち溢れ、とても皇族とは思えないほどのガニ股でズン、ズンと去っていくアビゲイル。

「なぜ怒っている?」
「さあ?」

 絶対になにか知っていそうなソルドにも、軽くあしらわれる。
 理解不能だった。