壁の花がいたので婚約破棄させて連れ帰ってみた。


「ジルグロッセ! 地下牢に魔法干渉が――」
「聞いています。調査は進めている。同時進行で[探索]を行う。いいですね?」
「……! わかった」
「[探索]」

 一階に下りると、玄関ホールに兵が集まっていた。
 その中心にいたのは次兄ミゲイル。
 内政を主に手伝っている次兄ミゲイルは、帝都の法も司っている。
 そんな彼にとって今回地下牢に魔法干渉があったことはとうに耳に入っているだろう。
 すでに臨戦態勢。
 地下牢と、その周辺は干渉強化されてもう同じ手は通用しなくなっているはず。
 だからこそ手早く“犯人”を探し出す。
 兄の許可を得て、両の手のひらを地面に向けて魔力を放つ。
 本来ならこの[探索]の魔法も魔法の干渉を阻む結界に引っかかるため、許可がなければ使えない。
 しかし、今はシャーリーを探さなければならない。
 ロドリゲスを奪還しようという九神教の勢力の人間が程度に侵入していたというのも看過できないこと。
 一秒でも早く犯人を捕らえなければ。

「――いるな」
「どこにいる?」
「地下牢の結界に触れた者にはマーキングされる。それを知らないのだろう、結界のマーキングをつけたまま、城から離れようとしている。貴族街の西に馬車で移動しているようだ。馬の数は四。馬車に乗るのは御者と犯人……もう一人は……」

 座席に倒れている人間の形を確認した。
 おそらくこれは、シャーリーのはずだ。

「犯人は二人組ということか?」
「いや、シャーリーが攫われている。この犯人の馬車に乗せられているのはシャーリーだ。帝都で魔法を使う許可を。強襲する」
「いいだろう。犯人と御者は生け捕りにしてくれ?」
「もちろん」

 やつらの考えそうなことはすぐにわかる。
 シャーリーをどう利用するか。
 百年と数十年ぶりの『知識の神アルヴァーニュの聖女』は、さぞ利用価値が多岐に渡ることだろう。
 ジルグロッセが思いつくだけでも『聖女を人質にロドリゲスを解放させる』やら『聖女を脅してロドリゲスを九柱目の神の生まれ変わりであると公表させる』やら『第三皇子の婚約者を人質に、戦線を下げさせる』やら『聖女を九神教の支配地域に連れ去り、神々の裁きを遅らせる。あるいは、回避を神々に訴えさせる』などなど……数多い。
 シャーリー本人は絶対に、それほど多種多様な利用価値が自分にあると思っていないだろう。

「[身体強化]」

 全身に魔力が行き渡る。
 兄の近衛騎士の一人が「あれほどの広範囲魔法を使ったあとなのに……」と呟く。
 そうだろう。
 普通の、貴族出身の一般騎士ならばそもそもあれほどの広範囲魔法を一人で使うこと自体が難しい。
 だが十三歳から最前線を維持し、なんなら多少土地を取り返すほどの実力を持つ帝国の第三皇子の魔力量はこんなものではない。
 身体強化を施し、一度極限までしゃがむ。
 そして、西方面に向けて――跳ぶ。
 脚を極限まで強化。
 馬車を見つけ、貴族街から出る門の直前、馬車の目の前に着地する。
 当然、ジルグロッセの質量と落下による衝撃に舗装された地面に耐えられず半径数メートルがガタガタに破損。
 湧き上がる砂煙の中から、ゆっくりと顔を上げる。
 月の光に照らされ、軽装とはいえ二メートル近い男が現れたことに馬と御者がドン引きして声を上げた。

「な、なんだ! なにをしている! 早く帝都から離れようるんだ! 止まるな!」
「見覚えがある顔だな」
「え……?」

 手を振る。
 風が巻き起こり、砂埃が散った。
 そこでようやく、ジルグロッセの姿を見たのか馬車の中にいた男が目を見開く。
 だが、ジルグロッセの姿を見たのはそこまでだ。
 ボックス馬車の天井を素手で砕き、引き裂く。
 御者の悲痛な悲鳴と、中の男の断末魔のような悲鳴。
 馬車を二つに割って、左右に投げ飛ばす。
 中の座席に寝かされていた女性を手早く確保して、顔を覗き込む。

(シャーリー)

 安堵の溜息を吐き、腰を抜かした御者と犯人の男を睨みつけた。

「[転移]の魔法は魔力消費の大きな魔法。二回使えただけでも大したものだろう。だが――」
「ひっ……ひい! お、お許しください! お許しください! 脅されたのです! 実行しないと、家族全員殺される! 人質に取られて……仕方なく……! 私も嫌だったのです!」

 土下座して、何度も何度も額を地面に叩きつける青年は若く、そして顔貌は非常に整っていた。
 御者の方を見ると歯を食いしばって、目が合うと慌てて地面に額を押しつける。
 おそらく御者は監視役。
 誰を監視するかといえば、この青年。
 青年――特殊魔法である[転移]魔法が使える人間は世界に限られた数人しかいない。
 そもそも魔力があり魔法が使えるのが貴族のみ。
 その中で特殊魔法が使えたら、国に申請して登録されるもの。
 犯人などすぐに割り出せる。
 それでも強行した――強行できたのは、なるほど、人質を取っていたのか。
 ジルグロッセのように戦場に何年も身を置いていたわけではない者からすれば、脅しに屈してしまうのは仕方ない。
 貴族として覚悟が足りないといえば、その通りではあるが。

「拘束する。抵抗、逃走は即反逆罪で処分する」
「ひいい……!」
「ぐっ……」

 青年はおとなしく拘束魔法を受け入れるが、御者は背を向けて走り出した。
 両足を疾風が切り裂き、瞬時に炎で焼いて血を止める。
 劈くような、耳を塞ぎたくなるような悲鳴。
 だが、戦場では聞き慣れた声。