あの時間を忘れる方法が あるなら

歩き方一つでも音を立てず品よく歩かれる姿はとても凛としていて、見ているこちらも背筋が正される

何も言わなくてもしなくても、ただそこにいるだけでこちらが自然と頭を下げたくなるような感覚に驚きつつも、自分から近づき丁寧に頭を下げた

「おはようございます」

柊さんの香りとは違って、お屋敷には優しい白檀の香りが漂い、柊さんに聞いたら、お父様が好まれる香りと言っていた

主人が月に数日帰国するかしないかのお屋敷でも、常にお手入れをし、変わらぬ空間を保つのもこの人数で簡単に出来ることではない

『朝食を一緒に食べなさい。』

えっ?

一夜明けても自分の声で話してくれた事だけでも嬉しかったのに、ご一緒出来るなどと思っても見なかったお誘いに戸惑いつつも断ることなど出来ない立場だ

「分かりました」

軽く頭を下げると台所の向こうにあるサンルームの方へまた静かに歩いていくお母様の背中を見つめる

一体何をすればいいの分からないなら、いっそ限られた時間を使って見させてもらおう‥‥

考えるのはそれからだ‥

冨田さんと一緒に準備した朝食をサンルームに置かれたテーブルに並べていると、柊さんが着替えを終えてやって来た


簡単な言葉なら口話でも読み取れるのだろうか?全部が手話ではない2人の会話に、柊さんは幼い頃からずっとこうした家族の時間を過ごして来たのだろうと微笑ましく思えた