ーーー社会人1年目の春。
夜。
仕事を終えて部屋でスマホを見る。
今日は湊の国家試験の合格発表の日。
少し緊張しながら。
電話をかける。
数コール。
「もしもし。」
聞き慣れた声。
「湊……どうだった?」
「無事合格」
その瞬間ほっとする。
絶対に受かるだろうとは思ってた。
でも本人の口から聞いて安心する。
「合格おめでとう!」
思わず笑顔になる。
「ありがとう」
湊も少しだけ笑った。
「よかったぁ……」
改めて胸をなで下ろす。
学生の頃からずっと隣で見てきた。
寝る時間も削って勉強して。
実習して。
何度も壁にぶつかって。
それでも諦めなかった。
その努力を知っているから。
自分のことみたいに嬉しかった。
「やっと終わったね」
「まぁ…まだ研修始まるけどな」
「それでも!ほんとにお疲れさま」
「ありがと」
他愛もない話をする。
病院のこと。
仕事のこと。
最近食べたご飯の話。
笑い合う。
“戻ったかもしれない”
ほんの少しだけそう思った。
「そうだ。」
湊が口を開く。
「……ん?」
「CAの件、ちゃんと考えた?」
戻りかけてた空気が変わる。
「俺が卒業したら辞めるって話」
「プロポーズの返事も」
「そろそろ聞かせて」
胸が締め付けられる。
「……まだ、考えてる」
正直に答えた。
「はぁ。考えることある?」
「CA辞めれば終わる話だろ?」
「湊……。」
「俺は莉桜が心配だから言ってる」
「結婚するならなおさら」
「男がいる環境なんて必要ない」
「……でも私。」
「前にも話したよね」
「仕事は続けたい。」
「安心してもらえる方法を、」
「一緒に考えたいって。」
少しの沈黙。
「……だから方法なんてない」
「辞めれば全部終わる」
「それだけ」
静かな声だった。
怒鳴っているわけじゃない。
でも。
その言葉はあの日と。
何ひとつ変わっていなかった。
電話が切れる。
静かな部屋。
スマホを握ったまま。
動けない。
変わるって信じたかった。
国家試験が終わって。
自分も医者になる夢を叶えたら。
わかってくれると信じてた。
昔みたいに笑い合えるって。
そう思ってた。
でも違った。
変わらなかったんじゃない。
変わる気がなかったんだ。
窓の外を見る。
春の夜風が。
静かにカーテンを揺らした。
それでも私はまだ。
「別れよう」
その一言だけは。
どうしても言えなかった。
