「そこには壁しかないのだけど…」
「今はまだそうですが…時が来れば、ほら」
帽子屋の言葉に反応するかのように、何も無かった壁に茶色の扉が現れた。
目を瞬かせる私に帽子屋がクスクスと笑みをもらす。
「さぁ、行って下さいアリス。三月ウサギは垂れ耳のウサギなので見れば分かるでしょう」
促されるまま、扉へ向かう。
後ろを振り向くと帽子屋が手を振っていた。
ドアノブを回す。
開いた先には赤い絨毯が敷かれた床。
これまでの、どの通路とも違う場所だった。
明るいその道へと一歩を踏み出した時、後方から帽子屋の声が届く。
「気をつけてアリス、ご武運を」
扉が音も立てずに閉まった。
辺りを見渡す。
薄暗い部屋だった。
天井にはチカチカと点滅するライトが一つあり、部屋の左右に扉が設置されている。
その右側の扉の前に、黒いアリスがいた。
「アリス、あなたも三月ウサギを探しているの?」
『うーん、三月ウサギはどこかしら…こっちから探してみようかな』
会話が噛み合わない。
私の声が聞こえていなかったのかな…?
黒いアリスはそのまま、右側の扉を開けて去って行った。
取り残された私はその姿を見送った後、左側の扉へ向き直った。



