問われた男の人は、一瞬だけ悲しそうに眉を寄せた後で「これは失礼」と席を立つ。
そして深く頭を下げながら、私に挨拶をする。
「自分は“帽子屋”と申します。気軽に帽子屋とお呼び下さい。以後お見知りおきを、可愛いアリス」
「何で私の名前を知っているの?」
「そんな些細な事、どうでもいいのですよ。あなたはアリス、自分は帽子屋…それでいいではありませんか」
質問の答えになっていない返答を受けて、バラを持つ指に力がこもる。
見覚えのない人間に名前を知られている…それが居心地の悪さを際立たせていた。
ねっとりと絡みつくような帽子屋の視線に、私は目を逸らす。
「あの…このお花、どうぞ」
そのまま黒いハンカチに包まれた白いバラを差し出した。
帽子屋は何も言わない。
バラも受け取ってもらえない。
不思議に思いながら、恐る恐る帽子屋を見る。
彼は私の手元をじっと見つめたまま、何かを考えている様子だった。
「あの…この白いバラ、気に入らなかった…?」
「白い…バラですか」
「ええ、黒いアリスが摘んでくれた物で…あの子もお茶会に参加するの?」
「黒いアリス、摘んだバラ…お茶会…ふむ、此度はなんと懐かしい…」
帽子屋はブツブツと小声でそう言うなり、再び口を閉ざす。
しばらくの沈黙。
私が困惑していると、彼は突然ニコリと笑った。



