七月初旬のある土曜日。
珍しいことに、紫苑兄様と玲央兄様の休みが重なった。
西園寺グループの中核企業で社長を務める紫苑兄様は普段から仕事に追われているし、玲央兄様も全国ツアーや地方ロケで家を空けることが多いため、兄妹三人で出掛ける機会など一年に何度あるか分からない。
だから私は楽しみにしていた。
しかし、その期待は紫苑兄様おすすめのレストランへ到着して十分ほどで消え去ることになる。
「六花、椅子は俺が引くから待って。」
「ありがとうございます、紫苑兄様。」
私が席に着こうとした瞬間、紫苑兄様が慌てて椅子を引く。
すると向かい側から玲央兄様が鼻で笑った。
「過保護すぎんだろ。椅子くらい一人で座れるだろ、このブス。」
「玲央、お前は黙ってろ。」
「は?事実だろ。」
「六花は世界で一番可愛い。」
「兄さん目が悪いんじゃないのか?病院行け。」
二人は会うたびにこんな調子。
それでも昔は慣れていたのだけれど。
最近は少しだけ違う。
道明寺家へ行ったり。
陽菜と話したり。
ショッピングモールへ行ったり。
少しずつ外の世界を知った今の私には、このやり取りが以前より窮屈に感じられるようになっていた。
アペリティフとアミューズを楽しんだ後に、オードブルが運ばれてくる。
「オマール海老とキャビアのジュレ寄せでございます。ごゆっくり。」
透明なコンソメジュレの中に、鮮やかな赤色のオマール海老と黒真珠のようなキャビアが閉じ込められていて、それだけで一つの芸術作品として完成している。
……とても美味しそう。
けれど
「六花、苦手な食材は入ってないか?」
「大丈夫です。」
「本当に?」
「はい。」
「交換してほしかったら言えよ。」
「ありがとうございます。」
紫苑兄様が心配する。
「おいブス。」
玲央兄様が呼ぶ。
「だからブスじゃないです!」
「ナイフの持ち方変だぞ。」
「えっ。」
「貸せ。」
玲央兄様は私の手首を掴むと強引に角度を直した。
「こうだ。」
「ありがとうございます。」
「まったく。これだからバカは。」
口は悪い。
けれど、実際には私のことを良く見てくださっている。
昔からそうだった。
私が困っていると必ず助けてくれる。
ただし助けた後に必ず暴言が飛んでくる。
そんな兄。
料理はどれも素晴らしかった。
魚料理も。
肉料理も。
デザートも。
間違いなく一流だった。
けれど、私はフォークを動かしながら別のことを考えていた。
この前、フードコートで蓮様が買ってきてくださったパスタ。
翼様のとんかつ定食。
碧様の天津飯。
あの時の賑やかな空気。
大勢の人たち。
子供の笑い声。
フライドポテトの匂い。
そして、自分の知らない世界を見た時のわくわくする気持ち。
ふと、思ってしまう。
また行きたいな。
フードコート。
目の前には一人三万円以上するフレンチのコース料理が並んでいるというのに。
私はなぜか、あの日食べた千円もしないパスタのことばかり思い出していた。
「六花?」
紫苑兄様が不思議そうに首を傾げる。
「どうかした?」
「いえ。」
私は慌てて首を振った。
まさか。
『またフードコートへ行きたいです』
なんて言ったら。
紫苑兄様は卒倒するかもしれない。
玲央兄様は確実に『バカかお前は』と言うだろう。
だから私は何も言わなかった。
けれど、胸の奥では、以前の私なら絶対に抱かなかったはずの気持ちが、少しずつ大きくなっていた。
珍しいことに、紫苑兄様と玲央兄様の休みが重なった。
西園寺グループの中核企業で社長を務める紫苑兄様は普段から仕事に追われているし、玲央兄様も全国ツアーや地方ロケで家を空けることが多いため、兄妹三人で出掛ける機会など一年に何度あるか分からない。
だから私は楽しみにしていた。
しかし、その期待は紫苑兄様おすすめのレストランへ到着して十分ほどで消え去ることになる。
「六花、椅子は俺が引くから待って。」
「ありがとうございます、紫苑兄様。」
私が席に着こうとした瞬間、紫苑兄様が慌てて椅子を引く。
すると向かい側から玲央兄様が鼻で笑った。
「過保護すぎんだろ。椅子くらい一人で座れるだろ、このブス。」
「玲央、お前は黙ってろ。」
「は?事実だろ。」
「六花は世界で一番可愛い。」
「兄さん目が悪いんじゃないのか?病院行け。」
二人は会うたびにこんな調子。
それでも昔は慣れていたのだけれど。
最近は少しだけ違う。
道明寺家へ行ったり。
陽菜と話したり。
ショッピングモールへ行ったり。
少しずつ外の世界を知った今の私には、このやり取りが以前より窮屈に感じられるようになっていた。
アペリティフとアミューズを楽しんだ後に、オードブルが運ばれてくる。
「オマール海老とキャビアのジュレ寄せでございます。ごゆっくり。」
透明なコンソメジュレの中に、鮮やかな赤色のオマール海老と黒真珠のようなキャビアが閉じ込められていて、それだけで一つの芸術作品として完成している。
……とても美味しそう。
けれど
「六花、苦手な食材は入ってないか?」
「大丈夫です。」
「本当に?」
「はい。」
「交換してほしかったら言えよ。」
「ありがとうございます。」
紫苑兄様が心配する。
「おいブス。」
玲央兄様が呼ぶ。
「だからブスじゃないです!」
「ナイフの持ち方変だぞ。」
「えっ。」
「貸せ。」
玲央兄様は私の手首を掴むと強引に角度を直した。
「こうだ。」
「ありがとうございます。」
「まったく。これだからバカは。」
口は悪い。
けれど、実際には私のことを良く見てくださっている。
昔からそうだった。
私が困っていると必ず助けてくれる。
ただし助けた後に必ず暴言が飛んでくる。
そんな兄。
料理はどれも素晴らしかった。
魚料理も。
肉料理も。
デザートも。
間違いなく一流だった。
けれど、私はフォークを動かしながら別のことを考えていた。
この前、フードコートで蓮様が買ってきてくださったパスタ。
翼様のとんかつ定食。
碧様の天津飯。
あの時の賑やかな空気。
大勢の人たち。
子供の笑い声。
フライドポテトの匂い。
そして、自分の知らない世界を見た時のわくわくする気持ち。
ふと、思ってしまう。
また行きたいな。
フードコート。
目の前には一人三万円以上するフレンチのコース料理が並んでいるというのに。
私はなぜか、あの日食べた千円もしないパスタのことばかり思い出していた。
「六花?」
紫苑兄様が不思議そうに首を傾げる。
「どうかした?」
「いえ。」
私は慌てて首を振った。
まさか。
『またフードコートへ行きたいです』
なんて言ったら。
紫苑兄様は卒倒するかもしれない。
玲央兄様は確実に『バカかお前は』と言うだろう。
だから私は何も言わなかった。
けれど、胸の奥では、以前の私なら絶対に抱かなかったはずの気持ちが、少しずつ大きくなっていた。

