財閥令嬢の私が、三つ子の不良御曹司に世界を教えられるなんて

【side 紫苑】


午後11時を回った頃、ようやく俺は本社での仕事を終え、西園寺邸へ戻ってきた。

今日の商談はかなり重要な案件だったため朝からほとんど休む暇もなく、普段なら帰宅した瞬間に自室へ直行したくなるほど疲れていた。

しかし、どれほど忙しい日であろうと、どれほど重要な仕事があろうと、俺には毎日欠かさない習慣がある。

六花の顔を見ることだ。

正直に言えば、それが一日の楽しみだった。

だから俺はネクタイを緩めながら玄関ホールを抜けた。

すると、

どこか聞き慣れたバイオリンの音色が聞こえてくる。

六花だ。
六花がまだ起きているんだ。

もうこんな時間だし、寝ていたら六花の部屋に入って寝顔だけでも見ようと思っていた。

しかし、六花の声が聞けるなら、それに越したことはない。

自然と口元が緩む。

しかし数歩進んだところで違和感を覚えた。

音がおかしい。

技術的な話ではない。

六花は昔からバイオリンが上手で、ショパンコンクールでは金賞の常連だ。

音程も安定しているし、表現力もある。

だが今聞こえてくる演奏には感情がなかった。

いや、正確には感情しかなかった。

心ここにあらずというべきか。

ただ機械的に弓を動かしているような単調な音だった。

俺は少しだけ眉をひそめる。