君に始めて出会った時のことを君は覚えていないでしょう。
私が死にたくて死にたくて、たまらなかったその時に助けてくれたことを。
彼に会ったのは余命宣告をされた次の日だった。
みんなみたいに運動ができる体になるんだと私は思っていた。
ダルイとか、無理とか、そんなことをみんなが言ってる体育が、私はいつかできると思っていた。
小学校六年間はずっと見学で、元気な日にやってみてもすぐに息が上がる。運動会で出れない私を見て、かわいそうと言われるのが嫌だった。
中学校に上がったら少しはできるようになる、そう言われると信じて病院に行った。
でもそんな淡い期待は来なかった。
小さい頃からお世話になる、年齢不詳のメガネのお医者さんは、すごく言いにくいんですが、とつけた後に言った。
「余命は後一年です」
隣に座っていたお母さんはボロボロと涙を流した後、声を上げて泣いた。私はただ俯くことしかできなかったのに。
家でお父さんも同じように声を上げて泣いた。
こんなにもお母さんとお父さんを苦しめるくらいなら、私っていない方がましだ、そんな考えがふいに浮かんだのはその日の夜だった。
次の日は土曜日で休みの日だった。私は少しでも余生を楽しみたいと言って、海辺に電車に揺られて向かった。
私はそこに行って、崖から落ちようと思っていた。
私は電車やバスを乗り継ぎ、目的地に着いた。
観光客はそれほど多くない場所を選んだからか誰もいなかった。
私は崖に引きつけられていくように、ゆっくりと歩いて落ちる寸前まで来た時。
「危ない!」
誰かの声が聞こえた。温かくて優しい声なのに、力強い言葉だった。
私はなぜがあっ、と言いぼっとしていたように見せかけて、近くのベンチに座った。
「気をつけてください」
彼は私にそう言ってくれた。
それと同時に身勝手で軽率な行動だったと思う。今まで私の病気を一番に考えて、色んなことを我慢して私に時間を費やしてくれたお母さんやお父さん。私のために車を出してくれたり、美味しい食べ物を何度も作ってくれたおじいちゃんやおばあちゃん。仕事だとしても、いつも優しく長生きさせようと努力してくれる主治医の先生。他にもお世話になっている人は山ほどいる。
だから私はその人たちに恩返しをする。それをしなきゃいけないんだって、そう彼は気づかせてくれた。
彼は持っていたカメラで撮影を続けた。マスクに帽子姿の私は、バレないようにそっと彼を見ていた。
少しするとクーラーボックスを持った男の人が現れた。どうやら彼はその人を「お父さん」と呼んでいたから父子の関係なんだろう。
私はそのまま盗み聞きを続けた。二人は色々な話をしていた。彼の好きな場所、通っている学校、趣味。
そんなことを知ってどうするのか。私に大切なことを気づかせてくれた彼と一緒に残りの時間を過ごしたい。心の底から本当にただそう思っただけ。私って単純だから。
私は家に帰ってその学校に転校したいと言った。
私は家を引っ越すことになるから、正直無理だと思っていた。それならなんとかしようと考えていたけれど、両親はいいよ、と軽くOKをしてくれた。
ただし、と両親はおばあちゃんの家に住むことを条件にしてなら、と続けた。おばあちゃんの家は彼が住む地区だから、住所を変更すれば、家を引っ越す必要もないからだというのだ。
私はもちろん大丈夫、と言い転校の手続きが始まった。
中学二年が始まる四月。私は桜が咲くきれいな公園に向かっている歩いていた。時間はまだ六時。
坂を下ると、だんだんピンク色の桜が見えてくる。
そう言えば私の名前の由来は、桜みたいにみんなを幸せにできる人になってほしいと願いが込められているらしい。私はその名前通りにみんなを幸せにできているのだろうか。
桜の木の下にカメラを持った一人の人がいた。絶対に彼だ。
ドキドキと、効果音がなりそうな心臓で私は彼の元へと向かう。そして君に話しかける。
「ねえ、君。カメラ好きなの?」
彼は私の方を振り返る。やっと出会えた。
一週間後には学校が始まり、まさかの同じクラスで、隣の席になった。
そこからも展開は早かった。私たちは付き合ったのだ。
でも良くないことが起こったのは、デートの日だった。
いつもより体調良くなかったのは気づいていた。けれどどうしても行きたかったから、無理やり家を出た。だけど、そのせいで彼の大切なカメラを壊してしまった。
私はもうどうすれば良いのか分からなった。
私が死にたくて死にたくて、たまらなかったその時に助けてくれたことを。
彼に会ったのは余命宣告をされた次の日だった。
みんなみたいに運動ができる体になるんだと私は思っていた。
ダルイとか、無理とか、そんなことをみんなが言ってる体育が、私はいつかできると思っていた。
小学校六年間はずっと見学で、元気な日にやってみてもすぐに息が上がる。運動会で出れない私を見て、かわいそうと言われるのが嫌だった。
中学校に上がったら少しはできるようになる、そう言われると信じて病院に行った。
でもそんな淡い期待は来なかった。
小さい頃からお世話になる、年齢不詳のメガネのお医者さんは、すごく言いにくいんですが、とつけた後に言った。
「余命は後一年です」
隣に座っていたお母さんはボロボロと涙を流した後、声を上げて泣いた。私はただ俯くことしかできなかったのに。
家でお父さんも同じように声を上げて泣いた。
こんなにもお母さんとお父さんを苦しめるくらいなら、私っていない方がましだ、そんな考えがふいに浮かんだのはその日の夜だった。
次の日は土曜日で休みの日だった。私は少しでも余生を楽しみたいと言って、海辺に電車に揺られて向かった。
私はそこに行って、崖から落ちようと思っていた。
私は電車やバスを乗り継ぎ、目的地に着いた。
観光客はそれほど多くない場所を選んだからか誰もいなかった。
私は崖に引きつけられていくように、ゆっくりと歩いて落ちる寸前まで来た時。
「危ない!」
誰かの声が聞こえた。温かくて優しい声なのに、力強い言葉だった。
私はなぜがあっ、と言いぼっとしていたように見せかけて、近くのベンチに座った。
「気をつけてください」
彼は私にそう言ってくれた。
それと同時に身勝手で軽率な行動だったと思う。今まで私の病気を一番に考えて、色んなことを我慢して私に時間を費やしてくれたお母さんやお父さん。私のために車を出してくれたり、美味しい食べ物を何度も作ってくれたおじいちゃんやおばあちゃん。仕事だとしても、いつも優しく長生きさせようと努力してくれる主治医の先生。他にもお世話になっている人は山ほどいる。
だから私はその人たちに恩返しをする。それをしなきゃいけないんだって、そう彼は気づかせてくれた。
彼は持っていたカメラで撮影を続けた。マスクに帽子姿の私は、バレないようにそっと彼を見ていた。
少しするとクーラーボックスを持った男の人が現れた。どうやら彼はその人を「お父さん」と呼んでいたから父子の関係なんだろう。
私はそのまま盗み聞きを続けた。二人は色々な話をしていた。彼の好きな場所、通っている学校、趣味。
そんなことを知ってどうするのか。私に大切なことを気づかせてくれた彼と一緒に残りの時間を過ごしたい。心の底から本当にただそう思っただけ。私って単純だから。
私は家に帰ってその学校に転校したいと言った。
私は家を引っ越すことになるから、正直無理だと思っていた。それならなんとかしようと考えていたけれど、両親はいいよ、と軽くOKをしてくれた。
ただし、と両親はおばあちゃんの家に住むことを条件にしてなら、と続けた。おばあちゃんの家は彼が住む地区だから、住所を変更すれば、家を引っ越す必要もないからだというのだ。
私はもちろん大丈夫、と言い転校の手続きが始まった。
中学二年が始まる四月。私は桜が咲くきれいな公園に向かっている歩いていた。時間はまだ六時。
坂を下ると、だんだんピンク色の桜が見えてくる。
そう言えば私の名前の由来は、桜みたいにみんなを幸せにできる人になってほしいと願いが込められているらしい。私はその名前通りにみんなを幸せにできているのだろうか。
桜の木の下にカメラを持った一人の人がいた。絶対に彼だ。
ドキドキと、効果音がなりそうな心臓で私は彼の元へと向かう。そして君に話しかける。
「ねえ、君。カメラ好きなの?」
彼は私の方を振り返る。やっと出会えた。
一週間後には学校が始まり、まさかの同じクラスで、隣の席になった。
そこからも展開は早かった。私たちは付き合ったのだ。
でも良くないことが起こったのは、デートの日だった。
いつもより体調良くなかったのは気づいていた。けれどどうしても行きたかったから、無理やり家を出た。だけど、そのせいで彼の大切なカメラを壊してしまった。
私はもうどうすれば良いのか分からなった。



