潤はやがて大通りまで出ると、足を止めた。
私を抱えて、きっと重いだろうに。
潤は愚痴一つ零さず、涼しい顔でここまで歩いてきた。
「潤さん、私もう降ります」
「うん、大丈夫。それよか、片手上げられる?」
「手?」
「あのタクシー捕まえてほしい」
行き交う車のテールランプに照らされた、潤の顔。
視線の先を辿ると、一台のタクシーがこちらにむかって走ってきていた。
私が手を上げると、タクシーが目の前に停まった。
潤は私を抱えたまま後部座席に乗り込み、そっとシートに座らせた。
タクシーのおじさんは、ミラー越しに血で汚れた私をじろりと見た。
『シート汚すなよ』とでも言いたげな顔つき。
「どこまで?」
たしかに。
どこに行くんだろう。
「おっちゃん、ちょっと待ってな。んー、どこだっけ。住所……」
スマホを忙しなくスクロールさせる潤。
「ダメだ、出ねー」
私の方を振り返る。
「ユキんちまでの道、案内できる?」
「ユキさんち?」
……ユキの家、だと?
「え、ユキさんの家に行くんですか?今から?なんで?」
「休めるところ行くって言ったろ」
「いや、でも。……っていうか私、ユキさんのマンションの鍵持ってきてませんし」
「それなら心配ご無用」
ふっと不敵に笑った潤。
背広ポケットから出てきたのは、黒くて丸い形をしたプラスチックの塊。
それを指先でぷらぷらと揺らし、得意げに見せびらかした。
「な、なんで潤さんが持ってるんですか?」
「さっきカナコちゃんの部屋上がったときに取った」
呆気に取られる私。
ふと、タクシーのおじさんの痛い視線に気が付く。
『早く言えよ』そんな目がバックミラー越しにビシビシと飛んでくる。
「そこをまっすぐに、次の信号を左折してください……」
私はもう観念して、通い慣れたユキの自宅マンションまで案内した。


