クラスの弟くん、私の前ではお兄ちゃん




「悪かったな、急に呼び出して」



担任であり、生徒会顧問でもある佐々木先生にそう言われて、僕は確認していた資料から目を離す。


佐々木先生は口数は少ないけど、ちゃんと生徒に寄り添ってくれる素敵な先生だ。


この高校は成績上位の生徒が生徒会の役員になることになっていて、本当は絶対に入りたくはなかったけど、佐々木先生がいたから生徒会に入ることに承諾したまである。



「いえ、この仕事ができるのは生徒会長の僕だけなので。それに、特に予定もなかったので大丈夫です」



僕がそう言って微笑むと、先生は少し安心したように表情を崩した。



「そうか。じゃあ、気をつけて帰るんだぞ」



そう言って先に教室を出た先生に挨拶をして、自分も帰ろうとカバンを持ったとき、ふとあることを思い出す。



「あれ、そういえば古典の課題って…」



肩にかけようと持ち上げていたカバンをもう一度机におろして中を確認すると、危惧していた通りカバンの中に課題は入っていなかった。



あっぶな……古典の先生、課題には厳しいからなぁ…。


…教室、まだ空いてるかな。



そう思いながら、生徒会室の上階にある教室を目指していると、誰もいないはずの教室から聞き覚えのある声が聞こえてくる。



「これ、終わるかなぁ…終わらないよなぁ」



こ、この声もしかしてっ……。



まさかと思って気づきれないように後ろのドアから教室を覗き見ると、やっぱり思っていた通りの子がいた。


僕が、ずっと片思いしていた女の子が。



                         *  *  *



「え、えっと、四宮…さん?」


「はいっ、四宮ですが……!」



初めて交わす言葉がこんなもので良かったのか、と後悔しつつ、四宮さんの返事が可愛くてそんな事どうでもよくなる。


少しためらったけど、四宮さんは多分僕のことを嫌っていないと信じて隣の席に腰を下ろす。


そんな僕に驚いたのか、四宮さんは少し目を見開いたけど、すぐに僕のとなりに座り直してこっちに体を向けてくれる。



…あぁ、ダメだ。


こんなちょっとした仕草も全部好きでたまらない。



「四宮さんは自主勉中?」



自分の気持ちを悟られないように、クラスメイトに話すのと変わらない調子でそう聞いてみる。



「あ、ううん。今日提出だった課題を、その、家に忘れてきちゃって…」



恥ずかしかったのか、少しずつ目線が低くなっていって、心なしか耳も少し赤い。



ほんとかわいい。


なんでこんなにかわいいんだ。



「犬飼くんは、なにか忘れ物?」



気持ちを切り替えるかのようにぱっと顔を上げてそう聞いてくる四宮さん。


彼女に話しかけられているということだけでも幸せで、広角が上がりそうになるのを我慢して言葉を返す。



「うん。でも、四宮さんが勉強頑張ってるみたいだし、僕も勉強していこうかな」



もしかしたらこの言葉で自分のことを意識してくれるんじゃないか。


そう期対して、少し体を傾けて四宮さんに目を合わせてみる。



残念ながら期待してた反応はもらえなかったけどね。



「私、邪魔じゃない…?大丈夫?」



申し訳なさそうに眉を下げる姿を見て少し焦った。


言いたいことは伝わらなかったみたいだけど、こんなふうに人のことを一番に考えてしまうところも好きだ。



「大丈夫だよ。それに僕、数学得意だよ。四宮さんに教えてあげられるよ?」



少し前に、四宮さんが友達と数学が苦手で授業についていけないと話しているのを聞いたことがあったから、一か八かそう言う。


すると、本当に困っていたのか、今にも飛びついてきそうな勢いでこっちに身を乗り出してきて、心拍数が一気に跳ね上がった。



「ほっ、ほんとに!?私数学が本当に苦手で課題も全然進まなかったから、教えてもらえるとすごく助かる…」


「そう言ってもらえてよかった!僕の方こそ邪魔だったらどうしようかと思ったよ」



平静を装いながらそう言って微笑むと、四宮さんは僕の顔を見てピタリと動きが止まる。



「……?四宮さん?」



僕の顔、なにかついてるのかな……。


ま、まさか、お昼に食べた焼きそばパンのソースが口についてた…!?



焦って確認しようとすると、四宮さんのほうが先に口を開く。



「あっ、ごめんなさい!じゃあ、ここ、教えてもらってもいいですか…?」


「はーい。ここはね……」



結局さっきの間は何だったのかはわからなかったけど、なにかついていたなら四宮さんなら絶対に言ってくれるはずだから大丈夫だろう、と思い直して四宮さんが指さす問題に意識を向けた。



                         *  *  *



「お、終わった……!!」


「お疲れ様、四宮さん。よく頑張ったね」



そう言いながら、満足げにプリントを眺めている四宮さんにアメちゃんを差し出す。


どこにでもあるようなアメなのに、彼女はそれを物珍しそうに眺めて、本当に嬉しそうに頬張る。



「じゃあ、それ提出しに行こっか。職員室だよね?」



幸せそうな表情をずっと見ていたいところだけど、もう六時だ。


これ以上遅くなると四宮さんが変な男に捕まるかも知れないから、早く帰さないと。


…というか、僕が家まで送っていけばいいんじゃないか?


そしたら四宮さんは安全だし、僕もまだ四宮さんと一緒に入れて幸せだ。